12:千里の道も一歩から(3)
中に入ると、ふんわりと温かい空気が二人を包んだ。外気に触れていたため、知らないうちに体が冷えていたのだろう、暖炉のゆったりとした炎が身に染みた。
「お待ちしておりました、王子殿下」
アイラが穏やかな空気にほっとしていると、少し低い女性の声がした。前を見るとそこには、背の低いふくよかな女性の姿があった。中年頃だろうか、白髪混じりの頭ではあるが、身なりや立ち振る舞いから品の良さが感じられた。
「やあ、カルメラ。いつも急でごめんね、今日もよろしく頼むよ」
「いえ、とんでもないです。なんでもお任せくださいませ」
カルメラと呼ばれたその女性は、深々とお辞儀をした後、すうっとアイラの方を見た。その視線に気づいたのだろう、シオンがアイラを紹介した。
「この子が、あー……妻の、アイラだよ。今日はこの子のドレスもお願いしたいと思ってね」
「はじめまして、カルメラ様。アイラと申します」
シオンは少し気恥ずかしそうではあるが、嬉しそうに微笑みながら自分の妻だと言い、アイラもそれに続いて挨拶をした。
「はじめまして、アイラ姫。私のことはカルメラで構いませんよ」
「ありがとうございます……その、よろしくお願いいたします」
親しみ深く返したカルメラに、アイラもほっとしたように笑みを浮かべて礼を言うが、いきなり呼び捨てにはできなかったのだろう、曖昧に言葉を終えた。そんな様子を見たカルメラは、少し目を見開いた後嬉しそうに笑った。
「お美しい姫ですね、これは私も腕が鳴ります」
「そうなんだよ、どんなドレスも彼女の前ではくすんでしまいそうなんだ。彼女が誰よりも美しくなれるようなデザインを頼むよ」
アイラは突然始まった二人のやりとりを聞いて、恥ずかしそうに頬を赤くしながら俯いた。否定したいが、そんな隙も与えないくらいに二人は、どんなデザインがいいかで盛り上がっている。
「美しいシルバーの髪をお持ちですので、深いブルーやグリーン……いえ、ワインレッドなんかもお似合いかと」
「そうだよねえ、でもあんまり大人っぽ過ぎるのもなあ、心配なんだよね」
大人っぽいではなく、もうとっくに成人も結婚適齢期も過ぎた大人なんですがと思いながらも、アイラは蚊帳の外だ。
「そうですね、では装飾は煌びやかに入れるとして、あまりラインは見えないデザインにしましょうか」
「うん、そうだね、その方向で頼むよ」
シオンが真剣な顔をして強い口調で言った。ああ、デザインまで決められていくとアイラは思いながらも、特にこだわりはないからいいかと意見することを諦めた。
「アクセサリーもデザインしてしまってよろしいですか?」
「うん、ありがとう。金額に糸目は付けないから」
とんでもないことを言っていると、アイラは止めに入ろうとするが、そんな隙はもちろんない。カルメラも、ええ分かりましたと深く頷いてしまっている。
そんなに盛り上がって作ってしまって、衣装負けしたらどうするのかとアイラはぼんやり思う。そして、どんなものでも構わないが、どうかあまり目立たないのにしてくださいと、そっと念を送ってみる。
「王子殿下はどのようなデザインにいたしますか?」
「ああ、俺はなんでもいいよ。アイラちゃんのデザインに適当に合わせて作っておいて」
王子を見たくて、王子と話したくて社交界に出る人が大半だろうに、そんな適当に決めてしまっていいわけないのでは、とアイラは思った。
おまけにお揃いのデザインになるらしい。嬉しいけれども、気恥ずかしいような、なんとなくくすぐったいような複雑な気持ちになった。
「ではアイラ様、サイズを測らせていただいても?」
「えっ、あ、はい!大丈夫です!」
ずっと輪の外で悶々と考えていたアイラだが、突然話しかけられたため驚いて返事をした。そうか、オーダーメイドで作るのだからサイズを測られるのは当たり前か。
ずっと小さい頃はそんな風にドレスも作ったが、もう随分とそんな機会はなかったため、アイラは少しだけ緊張していた。
「ではこちらへどうぞ」
そんなアイラの緊張を他所に、カルメラはさくさくと部屋の奥に誘導してきた。その勢いに、どことなく逃げ出したい気持ちにもなったが、ここまで来て引き返すのも変だろうと、アイラは大人しく言われるがままに従った。
入った先の部屋は、明るいシャンデリアが吊り下げられた、外観からは分からないほど開けた場所だった。銀の装飾がついた大きめの鏡も目の前にどんと置かれており、圧巻という他ないほどだ。
「さあアイラ様、失礼しますね」
そう言うと、ふいにアイラの脇から手を入れてウエストをぐっと掴まれた。唐突に脇腹を掴まれたアイラは、小さく叫び声を上げてしまうが、もちろんそんな事で止めてくれるはずもない。
「まあ、年頃の女の子がこんなに細いウエストなんて、もう少し食べても問題ないと思いますよ」
「そう、でしょうか……?」
なんて返事をして良いのかとアイラは曖昧な返答をするが、それにも気にせず次々に体を触っていく。
「あらまあ、でも出るところはしっかりしてますね。これはどんなドレスも着られますよ」
本当に作りがいがあるわ、と嬉しそうにしているカルメラに、アイラはうっすらと乾いた笑いを返す。そして、もうどうにでもなれ、そんなことを思いながら遠い目をするだけだった。
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