11:抜け落ちた記憶(2)
まあまあと座らせられ、目の前にビスケットを置かれてとりあえず落ち着いたアイラではあるが、急いで来たため未だ息は上がっていた。
いつもゆったりと生活しているから運動不足かもしれないと自らを少し恥じたが、それどころではなかったと思い出してシオンをぐっと見た。
「どうしたのアイラちゃん、いつになく慌てて、」
「シオン様、もうすぐ新茶の時期です!」
見つめられたシオンは何があったのかと聞くが、アイラはその言葉を聞いていないかのように遮った。
「うん、そうだね……え?あ、アイラちゃん紅茶好きだっけ?なんか欲しいのあった?なんでも好きなの買っていいよ」
遮られたシオンは、だからどうしたと聞きたかったが、必死に考えとりあえずの結論を付けてアイラに笑いながら言ってみた。
「ちが、違います!紅茶は好きですが……そんな事じゃあございません!」
やっぱり違ったかとシオンは思った。違ったかもしれないけれど結論を言わないアイラにも責任がある。まあいいかとシオンは思い直し、とりあえず続きの言葉を待とうと頷くに留めた。
「あの、新茶の時期ということは、そろそろですよね、社交界のシーズン……」
「…………………………あ」
そう言われたシオンは、そう言えばそうだったと思い出した。あまりに忘れていて、記憶から抜け落ちていたため素っ頓狂な声が出てしまったが、たしかにアイラが慌てるのも分かると頭の片隅で、どこか納得してしまっていた。
「まさか、シオン様、本当に忘れていらっしゃいました……?」
そんな様子を見たアイラは、訝しげな表情をしながら恐る恐る聞いた。その視線に気まずさを覚えたシオンは、すっと目を逸らしたが、アイラは逃さなかった。
「シオン様?」
「……………………ごめん」
シオンは降参と両手を上げて言った。それを見たアイラは、口を押さえて深刻そうな顔をした。
「でもまあ、あれだよ、俺は何にも心配してないよ。実技も座学も完璧だって講師の人たちも自慢してたしね」
「あれはあくまで模擬です」
アイラはいつになくはっきりと言った。仲良くなったと同時に、強気な側面も見えてきた気がする。ここまで強気になれるなら、なんだってできる気がするが。まあそんなところも可愛いから良いのだけれど、とシオンは一人思う。
「……ごめんって。でもほら、はじめは重たくないところからと思って、まずは公爵家の誕生祝いにしておいたから大丈夫だよ。インフラ事業を担っている一家なんだけどね、待望の跡取りが産まれたから盛大にお祝いしたいんだって。王家からも顔を出したかったから、ちょうどいいかなと思って」
元気付けようと思ってシオンはそう言ったが、アイラの表情はいまだに暗いままだ。
「万が一近しい公爵家で粗相があったら……私はこれから先、どんな顔をしてこの国で生きていけば良いのですか……!」
もう悪い想像しか膨らんでいないようで、両手で顔を覆い悲劇だと言わんばかりの面持ちで嘆いている。それと反対にシオンは、これから先の未来まで考えてくれてるんだと嬉しく思った。ポジティブだ。
「大丈夫だよ、比較的親しくしている一家だし、主催者も気の良い人だから、無理だと思ったら途中で抜け出そう。俺も隣にいるから、ね?」
「……………………本当ですね?」
そこまで言うと、アイラも多少は納得できたのか、顔から両手を離してシオンの方を見た。その目はまだ訝し気ではあるが、先ほどよりは回復しているだろう。
「うんうん、本当だよ。社交界も一ヶ月後だし、今日からゆっくり慣れていこうか」
「一ヶ月後ですね……分かりました、がんばります」
ため息を吐きながらも、アイラは覚悟を決めたように一人頷いて言った。
「そうだね、まずは慣れるために……どうしようか、手でも繋いでみる?」
シオンはそう言って、きらりと効果音が聞こえるような笑顔で、アイラに手を差し出した。その行動にアイラは顔を赤くして固まってしまったが、それを見たシオンは嬉しそうにニコニコ笑いながら手を引っ込める事はない。
「うん?嫌かな?」
ここで引いたら今までと同じだと、シオンは少しもの寂しそうな表情で再度追い詰めた。
「…………うっ、あの、無理です……まだ」
アイラは目を逸らしながら申し訳なさそうにそう答えたのだが、シオンはそれに気を悪くする事もなくふっと笑いながら手を引いた。
「うんうん、そうだね。まだ無理だよね、まだ、ね」
無理だとはなから否定するのではなく、まだと言ってもらえた事が嬉しかったのだ。これも一つの成長だとシオンはニコニコと笑っている。
「そうだねえ、でもパーティーの間はだいたい腕を組んでなきゃいけないからね」
「……が、がんばります!」
頑張るとかそんな問題なんだろうかとシオンは思いはしたが、まあ悪気は全くないのだろうと分かっているため、そうだねと笑顔で返しておいた。
「じゃあ、今日は練習の一つとして、一緒に庭の散歩でもしようか。なるべく隣でね」
あくまでもアイラのペースに合わせるよと言った雰囲気を醸し出して、シオンはそう言った。それを分かっているアイラも、否定することなく静かに頷いた。アイラ自身も嫌なわけではないのだ。隣を歩くことも、話すことも、近寄ることも。ただ体が否定するだけで。
とは言え、いつまでもそんな事を言ってはいられないと、アイラも気合を入れ直して重たい口を開いた。
「改めて、よろしくお願いします……」
「うん、できることは何でもするよ」
こうして、社交界デビューに向けての特訓が始まったのだった。
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