11:抜け落ちた記憶(1)
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木漏れ日が差し込む部屋の中。机の上には、丁寧に入れられたアールグレイの紅茶と小さなクッキーが置かれている。アイラはその紅茶を一口飲み、幸せそうにクッキーを食べて、ほっと一息ついて思った。
なんて穏やかな日常。
約一ヶ月前、シオンと色々あった頃は正直生きた心地もしなかったが、というよりどうやって生活していたのかいまいち覚えていないが、今はそれが嘘の様に平和で静かで幸せな生活を送っていた。
以前であれば、自分だけこんなゆったりしていて良いのか、何かしなければと四苦八苦していたが、こんなにゆっくりしているのはアイラだけではない。シオンも同じだった。
「ティータイムが終わったら、ささっと書類確認終わらせて、お散歩でもしようかな。運動も大事よねー」
アイラは鼻歌混じりにそう言うと、また紅茶を一口飲んで幸せそうに微笑んだ。
仕事を引き受ける引き受けないでも一悶着あったが、ここに関してはシオンの方が折れて、いくつかアイラに仕事を引き継いでくれるようになった。
元々はシオン一人で、騎士団の仕事が終わった後に事務仕事まで抱えていた事から、疲労もあり上手く回っていなかったのだが、事務仕事だけなら多すぎる量ではなかった。
そのため、毎日サボらず捌いていけば特段負担になることもなく、またアイラもコツコツとやる仕事は好きだったため、何の問題もなく引き継ぎは完了した。
そんなアイラの働きにより、シオンもある程度自由時間が増えた。おまけに、騎士団の方からも、王位を継ぐなら、騎士団長は別の人物を立ててくれと言われ、後任育成のために何人かに今まで引き受けていた仕事を振ったため、その分の暇もできた。
そんな状況から、アイラとしても気兼ねなく日常を楽しむことができ、シオンも色々な疑問が解決したことから引っかかりなくアイラと接することができているため、お互いに平和な日々を送れていた。
ただ、それは、大事な事を忘れているからなのだが。
そう、二人はお互いの問題が解決したがために忘れているのだ。社交界に出なければならないと言う事に。
「ああ、そう言えば来月は新茶の時期ね。今年の新物はどうかなー、この時期がいつも、待ち遠しい、のよね、、、、あれ?」
アイラはふと思い出した。この国に来る前のアイラであれば、ただ新茶の時期でしかなかったが、新茶が出ると言うことは新しいシーズンの幕開けでもある。
新しいシーズンの幕開けと言うことは、人員の配置変更があったり、立場が変わったりする。もちろんそれは、王族貴族も同じだ。と言うことは、それをふまえてのご挨拶を兼ねて社交界へのお誘いも増えてくる。
「あれ、私もしかして、とっても大事な事を忘れているのでは……?でも、いや、何も言われてないけれど、もしかして、もしかして、これ、シオン様もすっかり抜けているのでは……??」
さっきまでの鼻歌は何処とやらに消え去り、穏やかな日常もガラガラと崩れ去り、アイラはさーっと血の気が引いた気がした。
もう無かったことにしてしまおうか、聞いていなかったし参加しなくていいとかにしてしまおう、そうしよう。一瞬だけアイラはそう思ったが、それで万が一、シオン様の責任とかになってしまったら申し訳ない。サポート役を引き受けると言ったからには、スケジュール管理もできていなければいけない気もする、そう思い直した。
アイラは責任感は強かった。
「こんな事してる場合じゃないわ……シオン様のところへ行かなければ!」
アイラは椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がった。そのまま急いで向かおうかと思ったが、一口残っていた紅茶とクッキーを思い出し、立ったまま急いで口に入れた。
美味しい、けど今はそれどころじゃない。そんな事を思いながら、シオンの自室まで急足で向かっていった。
そんなシオンは、深く考えていた。
「うーん……」
どうしたらアイラちゃんと仲を深められるだろうか。いや、前よりも随分と仲良くはなったし、食事中の何気ない会話も増えたし、笑顔も見せてくれるようになったけど、物理的な距離が近づかない。
こればっかりは慣れるしかない、時間が解決するのを待つしかないと思いながらも、ぼんやりと待っていても何も変わらない気もしている。この予感が間違ってない気もしている。
「そうだなあ、まずは、もうちょっと隣に並んで歩けるようにする、とか?」
すごく初歩的な気はするけれど、こんなところから始めていこう。そうしよう。そうと決まれば、今日からでも一緒に散歩したり、外出してみたりしよう。毎日隣を歩いていれば、それが当たり前になって、もう空気みたいになるだろう。
「よし、じゃあまずは出かける場所を考えよう」
時間にゆとりができすぎたシオンは、そんな事を考えながら日々過ごしていた。人から見たらもどかしいのかもしれないが、シオン本人としては、楽しくて楽しみで仕方がなかった。
色々と思考を凝らし、ふふっと笑みまで溢れてきた時、自室の扉が勢いよく開かれた。
「うわ!え、なに、アイラちゃん!?」
「シオン様!大変です!」
自室の扉が勢いよく開かれた経験なんて、今まで一度もなかったシオンは大層驚いた。だが、そんなシオンの様子を全く無視して、アイラは自分の元へ急ぎ歩きながら言った。
「うん、え?え??どうしたの、アイラちゃん。一回落ち着いて」
いつになく焦っているアイラをとりあえず座らせて、部屋に置かれていたお菓子をいくつか目の前に置いたところ、ようやくアイラの様子が落ち着いた。
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