10:覚悟の時(5)
伝えたらどうなるだろうか、言わない方が良いだろうか、いやでもこのまま隠し通す方が申し訳ないか。アイラは何度も頭の中で葛藤したが、最後はシオンを信じようと思い、ぐっと前を見て言った。
「……申し訳ございません、ずっと隠していて」
「えっ、いやいや、それは別に良いんだけど……」
驚いたように返事をするシオンは先ほどよりも朗らかな表情をしているのだが、それと相反するかの様にアイラは暗い顔をしている。
「社交界に出られなかったのも、この年になってまで結婚できなかったのも……逃げるような態度を取ってしまったのも、全て、怖かったから、なんです」
ゆっくりとアイラが話して行くたびに、疑心暗鬼になっていたシオンの気持ちは解けていき、それと共に次は罪悪感が襲ってきた。いくら知らなかったとは言え、自分は被害者ぶりすぎではなかっただろうか。
「その、小さい頃は、社交界にも出ていたんです。ただ、何故か、やたらと追いかけ回されたり、物陰に引っ張られたり……誘拐未遂とかもあって……トラウマになってしまったかと言いますか……」
「えっとそれは、全部……男に……?」
「はい……見知らぬ人で、」
呆気に取られたシオンは、ただ口を開けてぼんやりとしている。表情は固まっているのだが、頭の中では色々なことを考えていた。
確かに一目見た時から、綺麗な子だとは思った。色々な令嬢を見てきたけれど、その中でも群を抜いて美しかった。
それよりも、いきなりの結婚だったり、聖女が急に嫁いでくることになったりと、怪しく思えてしまうところが多々あったため、そっちの方が気になってしまっていた。
「それで、あの……ごめんなさい、色々と昔を思い出してしまって、上手くお話しできない事もあったかと……逃げるような真似も……」
それは確かにトラウマにもなるだろう。こんな、ふわふわと遊んでいた俺なんかとふいに結婚なんて事になったら怖いだろう。シオンは、とても申し訳ない気持ちになってきている。
「……本当に申し訳ございません。いつか慣れようと思って、ずっと黙っていたんですけど、その……もし、こんな女と結婚させられてと大問題になったら、両国に迷惑にもなるかと思いまして……」
全てが腑に落ちたシオンは、もう泣きそうになっていた。彼女も色々思うところがあって、悩んでいただろう。彼女の気持ちと、王族としての立場と、色々と考えていたのだろう。それなのに、なんてことを。
「ごめんなさい、やっぱり、シオン様の言う通りにいたします……りこ、」
「待った!いや、ごめん、ちょっと待って!」
シオンはアイラの言葉を遮った。最後まで言わせてなるものかと思い、慌てて遮った。
「ごめん、ごめんね、何にも分かってなくて」
「いえ、何も言わなかったのは私ですので……」
シオンは色々と慌てているのだが、アイラは、覚悟を決めたような、諦めた様な顔で座っていた。その様子を見て、そんな全てを悟ったような顔をしてくれるなとシオンはまた慌てる。
「アイラちゃん、やっぱり撤回させてもらってもいいかな?」
「…………はい?」
シオンはアイラの目をしっかりと見て言った。覚悟を決めた顔ではっきりと告げたが、アイラはまだ全貌を理解できていない。
「俺は、これからも一緒に居たいよ。離婚だなんて言っておいて、都合の良すぎる話かもしれないけど……アイラちゃんが嫌じゃなければ別れたくはない」
「ぜ、全然!いやじゃないです!」
アイラは大きく首をブンブンと振り否定した。それを見たシオンは安心したように微笑んで言った。
「そっか、ありがとう。嬉しいよ」
いつもの調子を取り戻したシオンは強かった。人好きする笑顔を浮かべて、アイラの心を掴みにかかろうとしている。ただ、いつもと違うのは、わざと笑って見せているのではなく、自然に笑顔が溢れている実感はあった。
「アイラちゃん、俺のこと好き?」
「え!ええっ!あと、その、あの……」
こんな事まで聞けてしまうくらい強気だった。別に嫌われているわけではないと分かったら、なんだって言えた。
そんな状況に陥ったことがないアイラは、まんまと手中に引っかかり慌てている。顔を真っ赤にして困っているのだが、そんな様子をシオンは暖かく笑いながら見ている。
「あの……嫌いではないです!」
「……………………」
しかしながら、ただでは転ばないのがアイラだった。そう来たかとシオンは笑顔で固まるが、まあいきなり状況は変えられないかと思い直す。
「うん、そうだね、一緒に慣れていこう」
とりあえずはこれでいいかと、シオンは着地点を決めた。もうどうせ結婚してるんだし、これから先も長く一緒にいるのだから、ゆっくりと関係を進めていけばいいか。シオンはそう思った。
「苦手なものはしょうがないよ。俺は嫌なことしないし、無理強いもしないからね、安心してよ」
そう言われたアイラは、驚きながらも笑って返してくれた。それに年甲斐もなく、まるで初恋かのようにシオンはときめいたのだが、ポーカーフェイスは最後まで気取ることができた。
「ありがとうございます。不甲斐ない私ですが、これからもよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしくね」
数刻前までの重たい空気はもうどこにもなかった。もちろん、対面に座っているこの距離を、今は物理的に近づけることはできないのだが、穏やかな雰囲気が流れていた。
そんな二人が、距離はありながらもどことなく寄り添って部屋を出てきたのを見て、侍女や騎士達にも安寧の日々が訪れたのは言うまでもない。
第一章 完結
第一章完結です。
次からは二章スタートします。




