10:覚悟の時(4)
なけなしの勇気を振り絞りシオンの顔を見た瞬間、アイラは流すまいと耐えていた涙を瞳の端から溢れさせてしまった。止めないと、そう思っても一度溢れた涙はなかなか止まることはなく、次々に溢れ出してくる。
そんな様子を見たシオンは息が詰まる思いで、また泣かせてしまった、そんなつもりはなかったのにと苦しくなった。そもそも何故泣かせてしまったのか。疑問と驚きでどうしていいか分からなくなっていた。
そんな中、アイラが覚悟を決めたかのように口を開いた。
「…………シオン様は、私のことをお嫌いかもしれませんが、私は、」
そこまで言ったのだが、ポロポロと溢れ出す涙が邪魔をして、次の言葉を言わせてくれなかった。そんなアイラに、シオンはただポカンとするだけだったが、ぽたりとスカートに落ちた涙を見てはっとして言った。
「えっ、いやいや!俺はアイラちゃんの事嫌ってないよ!」
嫌っていたのは、避けていたのは彼女の方ではなかっただろうかとシオンは思い返した。それが、何故こんな展開になっているのか。
「え、だってシオン様、離婚しようっておっしゃったじゃないですか……」
「…………………………あ」
言われてみればそうだ、確かにこちらから申し入れはした。でもそれは、彼女のことも思っての発言であったのだが、でも確かに現状だけ見るとそうだ。
「違う、違うんだよ……そうじゃなくて、離婚しようって言ったのは、アイラちゃんの事を考えての発言で……」
そこまで言って、何を言っても言い訳にしか聞こえない状況だと思い言葉に詰まる。アイラも、何を言われているのかと表情に疑問が表れている。
「えーっと、ごめん、そうじゃないんだよ、むしろ俺は……」
俺の気持ちはどうなんだろうか。ずっと被害者ぶってきたけれど、しっかりと彼女の本当の姿を見ただろうか。気持ちを伝えてきただろうか。表面上でカッコつけていただけで、本心なんて見せてこなかったんじゃないだろうか。
その日限りの女の子たちには、適当な言葉なんていくらでも出てきたが、その一つでも彼女に言ったことはあっただろうか。そうだ、よく考えたら、一度も何も伝えていない。
シオンはその事実に、一人愕然としてぽつりと言葉を溢した。
「そうだよ、俺が悪いような気がしてきた……」
その様子に、アイラもどうしたのかと焦っているのは視界の端に映っているのだが、反応することができずにいた。
「え、いえ、悪いのは私、」
「アイラちゃん、俺は君のことが好きだよ。ずっと、たぶんきっと、出会った時から」
突然のシオンの告白に、慌てていたアイラは固まってしまった。涙もぴたりと止まり、何を言われたのかとゆっくり脳内で処理しているが、どうにもピンと来ていない。
「え……じゃあ、なぜ、離婚と……?」
前後の発言が何も繋がらなかったアイラは、浮かんできた疑問をそのまま口にした。それを聞いたシオンも、たしかにそうだと思い、気まずくなり視線を床に落とす。
「そう……だよねえ、本当に何でだろうね……」
もうどう説明して良いやらと思い、シオンも明後日の方向を見て何の解決にもならない発言をする。アイラもどうしたらいいのかと言う顔をしている。
いやしかし、自分がこんな風に思ってしまう要因もたしかに存在していたはずだと思い直した。
「え、でもアイラちゃん、なんか俺のこと避けてなかった……?てっきり嫌なのかなと思って……」
次はそれを言われたアイラの方が、気まずそうに視線を落とした。
「それは……その、あの、ごめんなさい……」
謝ったものの、アイラ自身もそれで済む話ではないよなと思っているのか、視線を合わせない。お互いに沈黙が流れてしまうが、とりあえず整理してみようとシオンが口を開いた。
「えーっと、俺のことが、嫌いではないんだよね?」
「はい、嫌いとか全くないです」
そうだったのかと、シオンは衝撃を受けた。
「他に好きな人がいるとか……?」
「えっ、いや、そんなのいないです」
それはそうだよな、とシオンは納得した。言われてみればそんな素振りもなかったし、自国を懐かしむ様なこともなかったし。なんなら食欲も衰えてなかったし。
「じゃあなんで、避けたりしたの?」
「うっ、その……………………」
もういいかとシオンは直球で聞いた。痛いところを突かれたと言う顔をしているが、ここで有耶無耶にされては解決しないとシオンも譲らない。アイラから視線を逸らすことなく、問い詰めるかのようにじっと見つめている。
その視線に耐えられなくなったのか、アイラもふるふると震えながらも口を開いた。
「…………に、苦手なんです」
「え?」
「男の人が、怖いんです……」
どう言うことだとシオンは思ったが、言っていることが事実だとしたら確かに辻褄が合うような気もした。
たったそれだけの発言ではあったが、シオンの中で今まで消化不良を起こしていた疑問はおおよそ消化されたため、なるほどと思った。しかし、アイラとしてもこれだけで万事解決とはいかないと分かっているのだろう、手のひらをぎゅっと握りしめて重たい口を開いた。
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