10:覚悟の時(1)
南の離宮に仕える侍女や騎士達はこの数日間どこか騒ついていた。理由はたった一つ、シオンとアイラの様子がおかしいからだ。
シオンはいつになくピリピリと仕事を進め、一方のアイラはこの数日間部屋から出てこなかった。それどころか、侍女の一人も入れることなく、一人で引きこもり続けた。
自国から連れてきた侍女が、食事だけは運んでいるようだが、何がどうなっているのだと、気が気ではなかった。
「……ニナ様、私達にできることはないでしょうか?」
アイラに付くことになった侍女の、ミカとハンナが不安そうに聞いた。二人は、お願いだから入って来ないでくれと懇願されてしまい、ここ何日かどうしたらいいのか分からずに右往左往としてしまっている。
それに耐えられず、唯一最低限のコミュニケーションが取れているニナに尋ねてはみたのだが、その返答はシンプルなものだった。
「ないですね。アイラ様が出てくるのを待つしかないです」
「そんな………………」
二人は絶句した。突然嫁いでくる聖女がどんな人なのかと不安でいたが、威張りもせずいつも笑顔で接してくれているアイラを、二人は尊敬していた。
知らない国で、知らない人と過ごすのは不安だろうに、それも感じさせることなく、どこか楽しそうに暮らしているアイラの幸せを、少しでも手助けできたらとずっと思っていた。
おまけに、いつも遊び回っていたシオンの心を射止め、知らない令嬢が日々出入りすることもなくなったのだ。あの悪癖を治すことができたアイラとシオンは、容姿だけではなく、内面でもお似合いだと思っていたのだが、それが今、どう考えても良くない状況にいる。
「心配することは何もございません。今より悪くなることはないので」
ニナは、そんな二人の気持ちも分かっていながらも、優しいのか優しくないのか何とも言えない返事をした。
そんな返答しかもらえず二人は愕然としたのだが、それに気づいていないかのようにニナはさっさと自分の仕事に移っていった。残された二人は、アイラの自室へと続く扉を見ながら、もどかしい思いをするしかなかった。
そんな心配をされているアイラは、窓際に置かれた椅子に座り一人考えていた。まさか、離宮中を巻き込んで心配の対象になっているなんて思いもよらず、ただひたすらに考えていた。
「うん、そろそろ覚悟を決めないと駄目よね」
アイラはそう呟いた。ニナに発破をかけられてから、シオンにどう返事をするかをずっと考えていた。自分ですらも分かっていない感情を、どう言語化できるのか、どう伝えたら伝わるのかを考えていた。
分かっていることは簡単だ。嫌われたくない、嫌いじゃない、このままお別れしたくない。でも身構えてしまうかもしれない。
「こんな身勝手なこと、どう伝えたらいいのよ……」
アイラはずっとそれを悩んでいた。ああでもない、こうでもないと悩み続けて早くも三日が経った。いつまでも誰にも会わないわけにもいかないのは分かっている。でも急かされてしまうと、ちゃんと気持ちの整理ができない気がして、誰にも会っていない。
こんな我儘もシオン様なら受け止めてくれるような気がする。いや、気がしていたが、今はどうだろうか。別れまで切り出されてしまったと言うことは、最終宣告がされてしまったと言うことだ。わざわざ、こんな面倒臭い女と婚姻関係を続ける理由はないだろう。
「やっぱり伝えない方が…………」
いやでも伝えなければ、と行ったり来たりして結局、結論が出せていないのだ。
こんな事を続けて早くも三日、アイラも正直疲れていた。ずっと部屋の中にいて外気にも触れていないため、頭も働いていない自覚があった。ぼんやりした頭で、もう考えられないと諦めかけた時、ふと思い立った。
「もう別れを切り出されてるのなら、これ以上悪くなることはないわよね……?」
そうだ、そうじゃないか。今現状が別れると言うマイナス地点にいて、今のままだと自国に帰ることは決定していて、じゃあもう足掻くしかないのだから、あれこれ考える前に正直な気持ちを伝えた方がいいに決まってるじゃないか。そうだ、そうでしかない。そんな気がしてきた。
吹っ切れたアイラは、思い立ったら即行動だとすぐ様立ち上がった。そして、開かずの間と化していた扉を自ら開けて言った。
「ニナ、お願いがあるの!」
「はい、承知いたしました、アイラ様」
アイラの呼びかけにすっとニナは現れた。まるで、呼ばれる事を分かっていたかのような速さで現れたニナに少し驚きながらも、アイラは部屋に招き入れながら言った。
「今までで一番、可愛くして欲しいの」
「……お任せください、完璧にしてみせます」
そう言ってニナは部屋に入ろうとしたが、ふと思い出したかのように立ち止まった。
「アイラ様、少々お待ちください。一瞬だけ用事を済ませて参ります」
「うん?分かったわ、忙しいところごめんね」
なんだろうと思い、ゆっくりと数歩歩いて、ドレッサーの前に座った時には、早足でニナが部屋に入って来ていた。本当に一瞬だったのねと声に出したが、ニナは聞いていないかのように無視をして、一言言った。
「覚悟ができたんですね?」
「ええ、もちろん。女に二言はないわ」
やっとかとニナは思いながらも、そんな水を差すようなことはもちろん言わず、静かに頷くだけに留めた。そして、何種類もあるドレスから一番アイラに似合っているものを取り出して、こちらへどうぞと誘導した。
自分にできることは、せいぜい着飾ってあげることだけだが、全力で協力はしよう、そう思いながら。
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