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9:すれ違う(2)

 朝の日差しを感じて、アイラは目を開けようとした。瞼の裏からも眩しさは分かるのだが、どうにも開く事を体が拒否してくる。


 このままもう一度寝てしまおうか。いや、そんな事してたらまたどうしようもない姫だと思われてしまう、そこまで頭に浮かんだとき、そうだったと昨日の出来事を思い出した。


 私、シオン様を怒らせてしまったんだ。


 昨夜はぼろぼろと溢れてくる涙が不思議と止まらず、もう諦めて泣き続けた。侍女達は不安そうにしていたが、彼女達も自分の主人同士がなにやら厄介なことになっているなんて聞きたくないだろうと、今日はいいと無理やり部屋に下がらせた。


 そのまま一人でぼんやりと湯船に浸かり、泣きすぎて動いていない頭でベッドに入った。涙が溢れすぎて、もう何が悲しくて泣いているのかも分からなくなった頃にやっも眠りについて、今に至る。


 重たい瞼を持ち上げて目を開き、華やかな天井が視界に映った。どうしよう、起きて部屋を出たらまたシオン様に会わなければいけない。いや、むこうも会いたくないかも、それならこのまま引きこもってしまった方が良いのかも、いや逃げてどうするの、そんなどうにもならない気持ちを行ったり来たりしていると、ふいに扉が三回叩かれた。


「アイラ様、失礼しますね?」

「あえ、ニナ、待って、」


 ガチャリ。

 アイラの静止なんてもちろん聞く事もなく、堂々と扉を開けてニナは部屋の中に入ってきた。そして、入ってきて早々に冷めた目をして言った。


「ひどい顔ですね」

「なっ、ニナ、あなた……でもまあ、そうよね、自覚はあるわ」


 自分の主人になんて事を言うのだと思ったが、事実だからしょうがないかとアイラは黙った。


「とりあえず、お支度をしましょう。その顔はどうにもならないと思いますが、できる限りは誤魔化しましょう」

「…………ありがとう」


 冷たい対応のようにも思えるが、詮索するわけでもなく、過度に心配するわけでもない、ただいつも通りに接してくれる事が今のアイラにはありがたかった。


「失礼します」


 そう言うとニナは、温かいタオルを顔にぽすりとあてた。腫れた瞼がじんわりと熱を持ち、ほぐれていくような感覚になる。


 それと同時に温かさでほだされすぎたのか、瞳の端からまた涙が溢れてきてしまった。


「……アイラ様、正直に話されてはいかがですか?王子殿下でしたら受け止めてくださるのでは?」


 そんなアイラの気持ちを察したのか、ニナがいつになく優し気な声で言った。その言葉が胸に落ちないわけではなかったが、素直に頷くことは今のアイラにはできなかった。


「そうね、信用しないといけないのよね……分かってはいるのだけど……」


 煮え切らない返答しかできないアイラに、それ以上何か言うことはなく、ニナはさくさくと支度を進めていく。


 いつも通り手を止めることなく、服を着せて髪を結い、少しメイクをしてと、流れるように事を進めていく。


 その間も、アイラはずっと思い悩み黙りこくっていたのだが、それすら気に留めずにニナは手を動かす。ここまま沈黙が続いていくのかと思いきや、それをニナが勢いよく破った。


「気になるところはございますか?ございませんね?ではお部屋の外で王子殿下がお待ちですので、お呼びいたしますね」

「えっ、え、うそ、待って、」

「待つような時間はございません」


 嘘、ちょっと待って心の準備がとアイラは慌てて引き止めるのだが、ニナはそんな声は無視して扉に向かっていく。そして、またしても流れるように扉を開いてシオンを招き入れたかと思ったら、さっさと部屋を下がってしまった。


 突然の出来事にアイラは開いた口が塞がらなかったのだが、なんとも言い難い顔で入ってきたシオンを見て、ドキリと心臓が鳴り緊張でぎゅっと口を閉じてしまった。


「あ……シオン様、あの、ごめんなさい、こんな時間まで……」


 なんと言っていいのか分からないが、アイラの口からはつい謝罪の言葉が出た。それを聞いたシオンは、悲しそうな顔をして小さく首を横に振った。


 そんな顔をされてしまい、どうしたらいいのかとアイラも黙ってしまう。お互いに沈黙が流れる。アイラも口を開いてはみるものの、どんな言葉も正解ではない気がしてしまい、息を吐くことしかできなかった。


「……急にごめんね、驚いたよね」

「えっ、いえ、私こそごめんなさい。いつまでも部屋にいて……」


 何と切り出そうか、何と切り出されるのかとの頭の中で右往左往していると、シオンが重々しく口を開いた。


 それに対しても、咄嗟に謝ってしまったが、アイラも自分の言葉の意味を把握できてはいなかった。そして、そう言えばシオン様を立たせたままだったと気づき、座ってもらうように声をかけようとしたところ、シオンが先程よりも低い声で言った。


「君は、いつも謝ってばかりだね」


 そう自傷気味にシオンに言われたアイラは、責められているわけではないのだが、冷や水を浴びたかのように体が冷たくなった。そして、アイラがその言葉の意味を理解するよりも前に、シオンは重たい言葉を次々に口にしていった。


「俺も、色々と考えたんだけど……もうこれ以上は一緒にいない方がいいかなと、思ったんだ」

「……え、それは、」


 一体どう言う意味ですか、と続けたかったが、シオンはアイラの言葉を聞いていないかのように話し続けた。


「……別れよう、その方がお互いのためだと思う」


 体温は下がっているような感覚を覚えるのに、喉はまるで砂漠の中にいるかのようにカラカラに乾いていた。


 アイラは分かっていた。全ては自分の行いが生んだ結果であることも、シオンが何度も何度も寄り添おうとしてくれていたことも、理解していた。


 自分が悪いと、いつかこうなるのではと心のどこかで思ってはいたのだが、実際にその言葉を言われた時、何も反応ができなかった。


「返事はまた聞かせてね」


 呆然としているアイラを残して、シオンはそれだけ言うと振り向くこともなく部屋を出ていった。

 

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