9:すれ違う(1)
時期外れの台風が来ているのか、窓に土砂降りの雨がぶつかる。強い風はガタガタと窓枠を揺らし、どこか物々しい雰囲気を醸し出している。
そんな静寂とは程遠い外の様子とは違い、アイラとシオンが対面に座っているダイニングは、時折カチャリとナイフと皿がぶつかる音がしているだけだ。
何か話し出せねば。
アイラは気まずい空気を読み取り、そんな気持ちでただ食べ物を口に運ぶだけの作業に徹していた。あんなに楽しみにしていた食事も、今やほとんど味がしない。なぜこんな事になっているのか、アイラは考える。
遡る事数十分前、思い返せば様子はこの時からおかしかった。
「アイラちゃん、久しぶり。指導が全部終わったんだってね、お疲れ様」
「ありがとうございます!一ヶ月もお時間頂いてしまいましたが……なんとか最低限は身につけられたかと思います」
「……うん、そっか。良かったよ」
「?はい、お待たせして、申し訳ございませんでした」
話しかけてきたシオンの表情が、いつもより固いように感じたアイラはあれ、と疑問に思った。しかし、そんな疑問に答えられることもなく、どこか貼り付けたかのように見える笑顔で誤魔化されてしまった。
「今日は久しぶりに一緒に食事でもと思ってね。この一ヶ月どうだったかもぜひ聞きたいな」
「……怒涛の日々でしたので、何から説明していいやら……」
忙しなく頭も体も動かし続けた日々をぼんやりと思い出し、アイラは遠い目をした。それを見たシオンは、一見楽しそうに笑ってはいたのだが、何か引っ掛かるものがあった。
しかし、アイラとしてもその正体に確証が持てなかったため、気のせいかなと思い直しいつもの様に席に座った。
そこから今に至るまで、ほとんど会話がないままお互い食事をしている。
いつもはシオン様が会話をリードしてくれるのに、今日はなぜ何も話し出してくれないの。やっぱりあの違和感は正しかったのね。アイラはそう思った。
そして、どこかで幻滅させるような事をしてしまっただろうかと思い返すが、考えれば考える程、自らの行いが相手を傷付けるような行為でしかなかった事を改めて思い出した。
話しかけられては冷たく返し、誘われても断り、目は合わせずと、よく考えてみたらとんでもない女ではないか。
それに気づいたアイラは、これは謝らなければ、今からでも汚名返上しなければと思い、お腹にぐっと力を入れて話し始めた。
「……あのシオン様、今更ですが、色々とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「えっ?うん、え、どうしたの?」
アイラは、とりあえず今までの行いを詫びようと思った。自分がやらなければいけない仕事を任せっぱなしにして、そんな事も知らずに能天気に生きていた事を。しかしながら、アイラのそんな言葉にシオンは驚きを隠せない様子だ。
「招待状の返信ですとか、色々と頂くお手紙や書類の確認ですとか、本当は私の仕事ですよね……?」
「あっ、えーっと……なるほど、そうなの、かな?でも、うん、大丈夫だよ、事務作業慣れてるし、苦手じゃないから」
シオンは何故だか言いにくそうにしながらも気にしなくても良いとは言ってくれているが、そうもいかないとアイラは意気込んでいる。
「いえ、諸々のご指導も全て終わりましたし、浄化の方もほぼ体制は整っていますので、これからは私に事務作業を引き受けさせてください」
アイラはいつになくはっきりと、シオンの目を見て伝えた。これは本気だと、これからは心を入れ替えますと伝えるためにだ。
しかし、そんなアイラの気持ちとは裏腹にシオンはあまり気乗りしない顔で言った。
「えっ、うーん……気にしなくていいよ、俺一人でも大丈夫だから」
その言葉に、アイラはどうしようかと一瞬思ったが、ここで甘えてしまったら二の舞だと珍しく食い下がった。
「そんな訳にはいきません!これ以上ご負担をおかけするのは申し訳ないので、」
「でもアイラちゃん、聖女の仕事もあるでしょ?そっちの方が無理だよ」
食い下がったアイラに対しても、シオンは殆どアイラの言葉を遮りながら、それっぽい理由を付けてかわそうとしてくる。そんな事までされてしまうと、どうして聞き入れてくれないのかと、アイラも少しむきになってしまう。
「それならご心配入りません。浄化は遠隔でできるよう、国土全体にクリスタルは配置できていますので。あとは週に何度か部屋からでも見ればいいだけです」
「そうなの?でもまあ、大丈夫だから、気にしないで」
これで納得してくれるだろう、そう思ったのにシオンは全く受け入れようとしない。そこまで頑なに否定するシオンに呆気に取られそうになったが、アイラは、もうこれは正直に言うしかないと、人生最大くらいの勇気を振り絞ってシオンに告げた。
「でも、私も……シオン様の役に立ちたいんです!」
しかしながら、そんな勇気すら受け流すかのように、シオンは貼り付けたような笑みを浮かべて、残酷にも感じられる言葉を発した。
「今でも十分だよ」
「でも…………」
アイラはこんなに訴えても聞き入れてもらえないのか、そんなに自分は頼りないのかと無性に悲しくなってしまった。それでも伝えなければと言葉を続けようとした時、とうとうシオンが声を荒げて言った。
「いいって言ってるだろ!」
言った本人も、これが自分から出た言葉なのかと一瞬ぽかんとした後、しまったとアイラの顔を見るとそこには、驚きのあまり泣きそうになっているアイラの姿があった。
怯えながらではあるが、アイラもなんとか謝ろうと口を小さく開けてはみるものの、どう声を出していいのかも分からなくなり、ただ息を吸い込むことしかできない。
「あー、いや、そうじゃないんだよ。ごめん、今のは俺が悪いよね」
「…………ぁ、いえ、」
なんとか出した声はか細く、聞こえるか聞こえないかの声でしかなかった。それを聞いたシオンは、アイラのその態度は自らの発言によるものだと知りながらも、酷く傷ついたような顔で謝った。
「……ごめん」
それに対しても、何か答えなければとアイラは思うが、どうにも言葉が出てこない。ただひたすらに震える体を押さえつけ、止まりそうになる呼吸をなんとか続けることしかできない。
シオンはまだ何か言い出そうとしていたが、これ以上この空間に一緒に居たら気が触れてしまいそうだと思ったアイラは、節目がちに言った。
「あの、ごめんなさい、ちょっと今日は……失礼します」
シオンはもちろん、急いで引き留めようとした。反射的に手を伸ばしたが、去り際にぼろぼろと瞳から溢れ出している涙を見てしまい、それ以上その場から動くことができなくなってしまった。
伸ばした手をだらりと下げ、残されたシオンは、いやに響く雨の音を聞きながら後悔することしかできなかった。
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