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8:お妃教育(1)

 青々とした葉っぱの隙間から木漏れ日が差し込んでいる。花の匂いが僅かに鼻をくすぐり、黄色や白の蝶はひらひらと楽しそうに舞っている。


 そんな華やかな極まりない場所で、アイラは一人テラスに設置されたラタンのローソファーに座り、侍女が入れたハーブティーを飲んでいた。


「あーあ、もう何ともないんだけどなぁ…」


 視察の後、シオンの前でばたりと倒れてから早くも一週間が過ぎた。ただの精神的な疲れが多大に出てしまっただけなのだが、聖女の力を使いすぎたのではないか、無理をさせてしまったのではないかと、シオンにも侍女にも過度に心配されてしまった。


 アイラは何度も、大丈夫ですと伝えてはみたものの、それすら健気な聖女にでも見えたのか信用してもらえず、暫く静養してくれと休みを与えられてしまった。


「嬉しいけど、ありがたいけど、何もしないのも居心地が悪い……」


 これじゃあ体のいい軟禁だとアイラは内心げっそりとした。王室御用達のティーカップに入れられたハーブティーはもちろん美味しいが、リラックス効果があるだとか、無農薬だとか、なんだか疲れることをいくつも言われた。


 どうしようかな、そんなことを考えながら、アイラがため息を吐いた時、綺麗に生え揃った芝生をカサリと踏む音がした。


「……調子はどうかな?」


 なんとなく見つめていたティーカップから顔を上げて声のした方を見ると、心配そうな顔をしているシオンがいた。


「あ、シオン様……」


 何故だか、シオン自身が何かしてしまったかのように申し訳なさそうな顔をしており、アイラはもう全然どこも何ともないんですよ、ただの知恵熱みたいなものですよ、と言う言葉を飲み込むしかなかった。


「やっぱりまだ体調良くないよね?ゆっくりしてて!あんまり知らなかった俺が良くないんだけど、他の聖職者たちはあんなにも働いてなかったって聞いたよ!無理させてしまったよねごめんね!」


 慌てて謝ってくるシオンに戸惑いながらも、アイラはとんでもないと首と手をぶんぶん振って否定した。


「お気遣いありがとうございます!あの、でも、本当にもうどこも悪くないんです。一週間もお休みを頂いてしまい申し訳ないくらい、元気いっぱいです」


 アイラはそう精一杯否定したが、シオンは未だに疑いの目をしている。


「そうなの……?でも、前は5、6人の聖職者に依頼して今以下のクオリティだったよ。それをアイラちゃん一人で賄うなんて、申し訳ないよ」


 それは前の聖職者達の能力が低かっただけではないかとアイラは思ったが、まさか直球でそんな事は言えないため、どうしようとまた悩む。


「うーんと、聖職者にも得意不得意とか向き不向きがありますので……あの、そうですね、私は比較的浄化するのは得意と言うか、力も有り余っていますので、ご心配なさらずお任せ頂いて大丈夫ですので……」


 聖女の力が数値で見られたら良いのにとアイラは思うが、もちろんそんな便利なものはない。どうしたものかと首を傾げると、視界の端に銀色の髪が映り、あっと思い出した。


「そうです!ほら、シオン様!私の髪です!」

「……うん?」


 髪の毛を持ってふるふると振ってみせるが、シオンは突然の行動に付いていけないと言う表情だ。


「聖女の力は髪にも宿るんです。髪の銀色が強ければ強いほど、その力も強いんです。ほら、私のこの髪色が、何よりの証拠てす!」


 どうだと思いながら言ってはみたものの、シオンはあまりピンときていない。聖職者が身近にいなかったシオンにとって、そんな事は初耳だったからだ。


「そうなの……?まあ確かに、そんなに綺麗なシルバーの髪の子は見たことないけど……」


 なんか美髪自慢みたいになってしまっただろうかとアイラは一瞬思ったが、まあいいやと思いそのまま突き進む。


「そうです、なので力の使いすぎで倒れたとかではないので、もう何も心配ございません。明日からでもまた視察を再開させてください」


 そして各地を観光させてください、名物を食べさせてください。そんな言葉はもちろん飲み込んだ。


「うーん……そっか、そこまで言ってくれると俺としても嬉しいよ」

「納得して頂けましたか!では、」

「実はね、どうしても避けられないお務めがあるんだよ」

「…………えっ?」


 じゃあ明日からまたお願いねと言う言葉を期待していたアイラにとって、予想外の発言に戸惑ってしまった。

 

 おまけにシオンは、とても重々しげに、厄介ごとを抱えてきたかのように言うため、どんな言葉が続くのかと、悪い予感に内心ヒヤリとしなければいけなかった。


「やってきたよ、社交界のシーズンが」

「……社交界」


 アイラははっとした。そうだ、王位継承権第一位のシオンが結婚し、おまけにその相手が聖女ともなれば、他国としても挨拶をと考えるのが当然だろう。

 

「俺たちにも招待状が山程届いていてね。さすがにもう無視はできない。全ては出席しないにせよ、どれか大きいところは参加しておきたい……もちろん、アイラちゃんとね」


 確かにこれは避けられない仕事だ。さっきまで明日からは各地を飛び回れる、ちょっと遠くにも泊まりで行ってみようかなんて考えていた計画が、ガラガラと目の前で崩れた。


 おまけに、どこも悪くないと言ってしまったばかりに、もう体調不良だとかの言い訳もできなくなってしまった。


「そう、ですよね……出なければですよね……」

「……うん、アイラちゃんがこう言うの好きじゃないのは分かってるんだけど……ごめんね」


 シオンが悪いわけではないにも関わらず、悲しそうな顔で謝ってくるため、アイラは罪悪感でいっぱになる。


「いえ……これは、さすがに避けられないことは理解していますので……」


 そうは言ってみたものの、自信はない。その自信のなさが顔に出ていたのだろうか、シオンが言葉をかける。


「大丈夫だよ、俺も付いてるから。何かあったらサポートするよ」

「……シオン様」


 あなたが隣にいるのも大変緊張するのですが、とはとてもじゃないが言えなかった。


「あの……私もご迷惑をおかけしないように、がんばります……」


 未だどこか申し訳なさそうな顔をしているシオンに、アイラは力無くそう言うしかなかった。

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