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7:王子の思い(5)

 薄暗闇の中、シオンはぼんやりと目の前で眠っているアイラを見つめていた。静かに一定の呼吸を続ける彼女は、白銀の髪も相まって本物の眠り姫の様にも見えた。


 城に帰り、慌てている侍女達に理由を説明しながらベッドに寝かせたのは先ほどの事だが、随分と長い時間が経ったような気もしている。


 彼女が目覚めさるまでここにいようか、そう思っていると侍女の一人が部屋に入って来た。シオンの姿に気づいた侍女は、頭を下げた後に言った。


「アイラ様は私が見ておきますので、どうぞお休みくださいませ。王子殿下もお疲れでしょう」

「いや……心配だからここにいるよ」


 一瞬誰だろうかと考えたが、アイラが自国から連れてきた侍女だと思い出した。たしかに慣れた彼女てあれば心配も少ないが、なんとなく自分で見ておきたい気がした。


「ですが……その、それで殿下まで体調を崩されては、アイラ様も胸を痛めるかと」

「大丈夫だよ、座っているだけだし。俺は別に疲れてもいないからね」

「…………そうでしたか」


 テコでも動かなさそうなシオンの態度に、ニナはどうしたものかと考えた。自分の目の前で倒れられて心配な気持ちは分かる。アイラの事を好意的に思っているが故に、見つめておきたいのも分かる。


 しかし、分かるからこそ、目覚めた瞬間にいきなり男を見たら、アイラは驚きでまた気を失ってしまうかもしれない。そうしないためにも、ニナはなんとかこの状況を打開する必要があった。


「殿下、お仕事が残っていると、騎士の者達が慌てているのをお見かけしましたが」


 ニナは勝負に出た。視察に行った後どこにも寄らずここに来ているのだから、たぶん仕事なんて残っているだろうと予想しての事だ。


 それを聞いたシオンは少し考える様に眉を顰め、俯きながらぽつりと呟いた。


「俺がいたら、そんなに迷惑かな……」


 さすがのニナも、うっと言葉が詰まり一瞬止まってしまった。王子に対して失礼だとは思うが、捨てられた子犬の様にしょんぼりとしている様子を見て、放っておけない様な同情の様な、何とも言えない気持ちになったからだ。


「いえ……迷惑ではないかと思いますが……その、驚くかと」


 色々と考えた末にニナは、まあある程度正直に伝えてやろうと思った。実際に寝起き早々に王子殿下がいたら、あの姫様は天地がひっくり返ったかのように驚くだろう。


「そう……なんだよね……」

「……はい」


 どこか心当たりがあるのか、シオンも所外なさげに納得している。犬の耳と尻尾が付いていたら、確実に下がっているだろうと言う様子だ。


「その、知っていたら教えて欲しいんだけど……俺は何故か避けられている気がして……もしかして何かしてしまったかな……?」

「……そう、ですかね、」


 ニナはシオンからの質問に口籠もってしまう。確かにアイラは避けている。逃げている。理由は分かっているが、それを自分の口から告げる事はできない。


 この人になら言っても大丈夫ではとの思いもあったが、万が一自分のせいで国際問題にでも発展してしまったら、と思うと口をつぐむしかなかった。


 悩んでいるニナに、困らせてしまって申し訳ないと、シオンはため息を吐きながら言葉を続けた。


「そうだよね……ただ、アイラちゃんには笑っていて欲しいだけ、なんだけどね」


 肘をつきながら、寂しげにそう言ったシオンに対して、ニナは本当にうちの姫様にはもったいない人だと強く思った。


 正直に話す事はできないが、何やら絡みに絡まっている誤解を解く事はできないだろうかとニナは考える。


「……嫌われてるのかな」


 何も言わないニナになのか、つい出てしまった言葉なのかは分からないが、シオンがぽつりと言った。


 さすがにこれは良くないと思い、迷った末にニナが口を開いた。


「そんな事はないかと思います。アイラ様は嫌いな人とはそもそも会わないので、それはないかと思います」


 これも事実だとニナは思った。あの困った姫様も嫌ってはいないだろう。いや、どちらかと言うと好意すら持っているかもしれない。自分でも気づいていないだろうが。


 ただ、どうしても男と言う人種に対して、苦手意識が拭えないのだろう。こればっかりは、慣れるか諦めるか、乗り越えるかしてもらうしかない。


「……そうなんだ?」

「はい、アイラ様はとても正直で素直な人てす。嫌いならもっと顔に出ます。普通に笑顔を向けられていると言う事は嫌いではないです」

「なるほど……?」


 先程までしょんぼりとしていたシオンが、少しだけ気を取り戻してきた。犬の尻尾であれば、ピンと立っていただろう。


「私から申し上げるのは失礼かと存じておりますが……どうかアイラ様をよろしくお願い致します。悪い方ではないのです」


 ニナは深々と頭を下げながら言った。あの困った姫様だ、万が一離婚にでもなったらもう二度とメルテナ王国から出ることもなくなってしまうだろう。それだけではない、国際問題にもなりかねない。

 そうならないためなら、何度だって頭くらい下げてやろう。そう思っていた。


 その様子を見てシオンは驚き、一度固まってしまったが、慌てて頭を下げるニナを止めて言った。


「そんなの当たり前だよ。アイラちゃんは、かわい……良い子だからね。もう少し心を開いてくれるように頑張るよ」


 そうにっこりと笑って言うシオンに、ニナはここまで人の良い方に、こうまで言わせる魅力はあるだろうかと疑問に思ったが、口にする事はなかった。

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