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7:王子の思い(4)

 カチャリと、ナイフと食器が触れる音がする。暖かい電球が灯された部屋の中、シオンとアイラはぎこちなく食事をしている。


 シオンが美味しいからとおすすめしていたレストランに来た二人は、どうも会話が空回っている。


 シオンは、無理やり誘ったのではないだろうか、そもそも着いて来るのは迷惑だっただろうかと悶々と考えてしまい、上手い言い回しができないでいる。


 一方アイラは、これが終わったらまた二人きりで馬車に乗らなければいけないのかと考えて、陰鬱とした気持ちが抑えられないでいる。


 決して嫌いなわけではないのだけれど、どうにも慣れないなあと思いながら、恐る恐るシオンの方をチラリと盗み見ると、彼もどこか悩まし気な表情をしていた。


 しまった、さすがに黙り込みすぎた、これは気の悪いことをしてしまったと焦り、慌ててアイラの方から言葉を発した。


「あのっ、とても美味しいですね、このお店!連れて来てくださって本当にありがとうございます!」


 とりあえずお礼だと意気込みながら言った。それを聞いたシオンは一瞬きょとんとしたが、どこかほっとした表情で会話を続けてくれた。


「アイラちゃんが喜んでくれたら俺も嬉しいよ。昔一度だけ来た事があってね、美味しかった記憶はあったからどうかなと思ってたんだ」

「そうなんですね。それは素敵な思い出ですね」


 アイラは自分でそう言っておきながら、何故か心に引っかかるものを感じた。誰と来たのだろうか、とても嬉しそうに微笑んでいるシオンを見て、どこか素直に喜べない自分がいた。


 シオンが嬉しそうにしているのは、アイラが目の前でぱくぱくと食事を続けてくれているからなのだが、もちろん気付く事はない。


「うーん、素敵な……まあそうだね、その方が良いよね」


 シオンの方も珍しく曖昧な返答で誤魔化した。実際来たことはあるが、両陛下と弟と自分、所謂家族で来た思い出だった。


 美味しいなとは思ったが、弟ばかりを可愛がる二人と、何の会話にも入らない自分と言う、面白みのない思い出だったため、シオンは深くは語らなかったのだ。


 そんなシオンに対してアイラは、これ以上は突っ込まない方が良いかと思い、モヤモヤした思考を飛ばすかのように、フォークをぎゅっと握った。


 カシャン


 アイラはその勢いで、握っていたフォークを落としてしまった。あっと思った時には既にウェイターが側まで来ており、新しいフォークを差し出しながら、落ちたものをそっと拾っていた。


「あ……ごめんなさい!お手を煩わせてしまって……」


 さすが王室御用達のレストラン、ウェイターの質も違うのねと対応の速さに驚いたが、ぼんやりしていてはいけないとすぐに謝った。


「いえ、お怪我はございませんか?」

「、ありがとうございます。何ともございませんわ」


 アイラは完璧すぎる、と感動で一瞬息が詰まりながらも言葉を続けた。


「アイラちゃん、大丈夫…?疲れてたりしたら言ってね?」

「いえいえ!本当に私のうっかりですので。失礼致しました」


 咄嗟にそう返したが、言われてみればいつもより体が重たい気がするとアイラは思った。普段より力を使ったとかではない。難しい浄化でもなかった。


 疲労の理由は分かっている。一人気ままに行けると思っていた視察にシオンが着いてきて、馬車の中で行き帰りを共にしなければならず、また外と言う場のため、城内よりも緊張しながら食事をしなければならないからだ。


 嫌とかではない。ただひたすらにアイラの経験値不足だ。嫌いではないが、未だに身構えてしまう自分がいることに対して、シオンにも申し訳なく思ってしまう。


「……そう?でも、そうだな……俺も今日は頑張ったから、少し早めに切り上げよう。ドルチェはまたの機会にしようか」

「えっ」


 大丈夫とは言ったものの、どこか疲れた顔をしているアイラを気遣っての事だろう、シオンは早めの帰宅を提案した。


 それについてはアイラも大賛成なのだが、ドルチェが食べられないのは寂しかった。美味しいレストランなのに、絶対に甘いものも美味しいのに。

 

「…………テイクアウトさせてもらおうか」

「はい!」


 そんなに食べたかったのかと思い、少し考えた後にシオンは持ち帰りで提案し直すと、とても嬉しそうな返事が返ってきたため、ふっと笑みが溢れる。


 何を考えているのか分からない時もあるけれど、くるくると表情が変わって可愛い子だなとシオンは思いながら、ウェイターに持ち帰りの依頼をする。


 アイラは、そんな事王子にさせて良かっただろうかとはっとしたが、ウェイターも特に何の感情も見せずに畏まりましたと返事をしてくれた。


「じゃあ護衛の騎士に渡してもらうから、俺たちは先に帰ろうか」

「はい、ありがとうございます」


 護衛の人たちも、まさかドルチェを持って帰るはめになるとは思いもしなかっただろう。経験のないものを守らせてしまって申し訳ないなと思いながら、アイラは大人しくシオンの後を歩いていった。


「海岸部はどうだった?魔物の発生リスクが高そうなら、何か対応したいけど……」


 シオンが心配そうに聞く。わざわざ視察に着いてきたくらいだ、何らか懸念点があったのだろう。


「そうですね……崖の下に所々、洞窟ができてしまっているのですが、そこのリスクが高そうでした。一番危険に思われた場所は浄化しましたが、早めにクリスタルは置いて頂きたいです」


 アイラも本業だ、もちろん真面目に返す。うんうんと頷きながらシオンも聞いている。


「あとは、海岸部は立地的にもゴミなどが集まりやすいので、凡事ですが、海が綺麗だと魔物の発生リスクも下がるかと思います」

「そうだね、観光地でもあるし、街の清掃は注意させておくよ」


 そんな事務的な会話をしていると、馬車が停めてある場所まで着いた。


 それを見てアイラは、そう言えばまた二人きりで一時間ちょっと揺られ続けなければいけないのか、と思い一日の疲れがどっと出た気がした。


 少し慣れたとは言え、やっぱりシオンが近くにいると緊張するのだろう、精神的な疲労が大きかった。


 なんとなく避けているのも、ぎごちないのもバレている気がするし、それに対して戸惑っている事もアイラは理解していた。


 頑張らなければ、これから夫婦として生きていかなければならないのだから。そう思った瞬間、アイラの脳裏に嫌な光景がフラッシュバックした。


 暗闇に引き摺り込まれて、床に押し倒され、ドレスの裾を掴まれた、トラウマでしかないその光景。嫌だと言っても、必死に押し戻そうとしても、どかす事のできなかったその手も足も、アイラの心を切り裂くのは簡単だった。


 これ以上考えては駄目だ、現実に戻ってこなければ。そう思えば思うほど、脳裏にその光景が焼き付いて離れない。


「どうかした?」


 立ち止まっているアイラを心配してシオンが話しかけるが、アイラの耳には入って来ない。


 考えちゃ駄目、もうあんな事は起こらないから、大丈夫だから。そう言い聞かせるが、何かを警告するかのように頭痛がしてくる。いけないと思った時には遅く、アイラの目の前はゆっくりと暗くなっていった。


 ――――アイラちゃん!


 途切れる寸前の意識の端で、シオンが焦った様にこちらに向かって来るのを見て、アイラはそのまま意識を失ってしまった。

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