7:王子の思い(2)
ガタガタと馬車の揺れる音だけが車内に響く。天気は良く、走っている道も自然豊かで、外の景色を見るだけで会話なんていくらでも降りてきそうなのだが、何故こんなにも空気が重たいのか。シオンは頭を抱えたくなる思いで座っていた。
遡ること約一時間前。
王室内でも有数に高価な馬車を用意して、アイラの元に戻ったあたりまでは別に違和感はなかった気がする。
馬車を見て、すごいですねと感服していた様な気もする。ソファもふわふわで座り心地だって悪くないだろう。どこにも悪いところはないのに。
何故こんな事になったのか。
叫び出したくなるほどの沈黙に耐えられず、シオンはとうとう口を開いた。
「あ……アイラちゃん、東部の方にね、美味しいレストランがあるんだ。良かったら行ってみない?」
また飯で釣るような真似をしてしまったとシオンは思った。今まで遊んできた女の子達は、優しげに話しかけて、少しプレゼントをするだけですぐに親しくなれたが、何故だか上手くいかない。
どう話しかけても距離を取られるし、そもそもプレゼントをする隙すら与えてくれない。そんな最中、美味しそうにご飯を食べてくれるところしか喜んでくれている姿を見せてくれないため、そこしか付け入る所がないのだ。
「えっと……はい、お誘い頂いてありがとうございます。ぜひ行ってみたいです」
突然の誘いにアイラは、どこか引き攣った笑顔で、少し棒読みにも聞こえる口調で返してしまった。これは怪しまれる、失礼すぎるとアイラ自身も思ったが、密室空間に長時間いる事が精神的に息苦しさを起こさせているため、どうにもできなかった。
「そっか……うん、良かったよ。楽しみにしててね」
気まずい。お互いがぎごちない表情で空笑いをする。早く目的地に着いて欲しい。二人の思いはただその一心で共通していた。
もちろん、そんな二人の思いなんて反映されるわけもなく、ただ一定の速さでガタガタと馬車は揺れる。永遠とも思える様な時間、馬車に揺られ続けて約一時間、潮の香りが漂い始めた頃、ゆっくりと速度を下げて馬車が停車した。
「着いたみたいだね、降りようか」
シオンがそう言うと、馬車の扉がそっと開いた。護衛のため付いてきていた騎士達が出口に立ち、二人が降りるのを待ってくれている。
それを見てシオンが先に動いた。アイラはやっと着いたかと、少し痩せたような気すらしながら立ち上がり顔を上げると、出口の側でシオンが手を差し出していた。
「えっ、あ……ありがとうございます」
ぼんやりとしていたアイラは、いつも通り一人で降りて颯爽と視察をしよう。外の風に当たろうと思っていたため、突然目の前で起きた光景に驚いた。
しかし、言われてみれば自分の夫がいて、おまけに女性の扱いなんてなれている人で、エスコートしない訳がない。そうでなくとも、男性が女性の手を引くなんて王族の中ではマナー中のマナーだ。
どうしようかと戸惑ったが、騎士も多く見守っている中、差し出された手を無碍にすることもできず、アイラはそっと自らの手を差し出した。
アイラの手は、気温は暖かいはずなのに手袋越しでも分かるほどひんやりとしていた。朝よりも青白く見える顔色も相まって、今すぐにでもこの場に倒れてしまいそうだ。
大丈夫かとシオンが声をかけようとした時、すっと繋いでいたアイラの手が自然に抜け落ちた。
「わー!すごい、綺麗な海ですね!」
シオンは手を離された事に驚いている一方で、アイラは海を見て感動していた。誤魔化されたかなと一瞬の違和感はありながらも、早く海を見たかったんだろうと、シオンも自分に言い聞かせて、引っ掛かりを無理やり拭い去らせた。
「ここはガナンシェ王国の人気観光地の一つだからね」
「そうなんですね、それは……なおさら魔物の発生は抑えたいですね」
太陽の下にいるからだろうか、先程まで悪かった顔色も戻っているようにも見えて、シオンの中には違和感ばかりが残る。
そんな事も知らずアイラは、やっと馬車から降りられたことと、密室空間から逃げられたこと、降りて早々綺麗な海を見れた事に感動して、何もしていないにも関わらずやり切った気持ちでいっぱいだった。
今日は適当にやり過ごしてまた後日出直そうかとすら思ったが、シオンから人気観光地と言う言葉を聞いて、多くの人が集まるであろう場所のリスクは取り除けるようにしたいと、気持ちを入れ替えた。
「では私は、さっそくですが沿岸部の視察に行ってきますね。二時間ほとで区切りがつくかと思いますので」
真剣な顔をしたかと思うと、それだけ言い残してアイラはすぐさま動き出してしまった。一緒に行くよとシオンに言う隙も与えずに。
またしても一人取り残されたシオンは、付き添いの騎士達に少しだけ気の毒そうな目で見られていたのだが、呆然と立ちすくむシオンはそれにも気付けていなかった。
そんなシオンを置いてアイラは、早々に海の側まで降りてきていた。高めのヒールを履いているのだが、そうとは思えないほどにサクサクと歩く。
「えーっと、だいたい海の側だと……この辺りが危なかったり……」
護衛の騎士達が慌てて後ろを追って来ている事も知らずに、アイラは崖の中にある洞窟まで歩いていた。
薄暗い場所、動物と海のゴミが集まりやすい場所に魔物は発生しやすい。現状発生していなくても、その兆候が見える場合が多いけれど、ここはどうだろうか。そんなことを思いながらアイラは歩いていく。
「あ……やっぱり」
洞窟の中は、外が暖かい事も、穏やかな風が吹いていることも忘れてしまうくらい、静かで肌寒く湿った空気が漂っていた。
場所柄こうなりやすい環境ではあるけれど、さすがにこのまま放っておくことはできない。
アイラはよいしょっと言いながら、岩ででこぼこしている洞窟の中に入り、少し奥まった所ですっとしゃがんだ。
後から着いてきていた騎士は、そんな所で座らせるわけにはと慌てて止めようとしたが、アイラの周りにぱっと灯った光を見て、その神々しさに何も言うことができなかった。
「消えてねー、綺麗になってねー」
アイラは聞こえるか聞こえないかの声でぶつぶつと呟く。両手を組み、薄暗い洞窟の中でしゃがみ込んで、金色に輝く光に包まれたアイラは聖女以外の何者にも見えなかった。
それを後ろから見ていた騎士達はとんだ勘違いをし、異国の姫君は、不思議な呪文を唱えながら光に包まれて周囲を浄化させた、まるで女神の様だったと伝え歩くため、アイラは城内で一目も二目も置かれるようになる。そんな気は全くなかったアイラは、暫く謎の視線に疑問を感じるのだが、今は知る由もない。
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