7:王子の思い(1)
結婚式を終えて早くも数週間。王妃との一悶着や、浄化体制の変革など諸々の件でどうなるかと思っていたが、アイラはとても穏やかに日々を過ごしていた。
朝はエレンが作る美味しいご飯を食べ、食後の運動に庭の散歩をし、軽食を持って各地域の視察に行き聖女としての役割を果たし、夜はふかふかのベッドで一人眠ると言う、理想のワークライフバランスで幸せに暮らしていた。
何より、魔物討伐と浄化体制を整えるために、シオンも大変忙しそうにしているため、最低限の関わりしかしなくて良かった。これがアイラの精神状態を平和なものにさせていた。
「今日はこれから東の方に行こうかなー、海も見たいし近くにあるカフェも美味しいし」
ふんふんと鼻息混じりにアイラは本日の計画を立てる。視察も兼ねて各地に飛んでは観光をし、食文化を楽しみと、なんとも気ままに過ごそうとしている。
「浄化用のクリスタル設置も進んでるし、危ないところはだいたい浄化できたし、魔物の発生頻度も減ったって報告来てるし、結果は上々ね。今日もお散歩終わったらお勤めがんばろー!」
そう言いながら綺麗に整えられた庭に一歩踏み出した。色とりどりの花が咲き誇っているその庭園は、毎日見ていても新しい発見があり、何度見てもすごいなあと感服していた。
ああ、なんて平和な世の中。結婚なんてと思ったけど、案外悪くないかも上手くやっていけるかも、そんな事を思っていると突然、後ろから声をかけられた。
「おはよう、アイラちゃん」
顔を見なくても穏やかな笑みを浮かべている事が手に取るように分かる声で話しかけられたが、アイラはまさか誰かいるとは思わず、ましてやそれが男の人だとは思ってもいなかったため、全身でドキリとしてしまった。
「あっ、驚かせちゃった?ごめんね」
申し訳なさそうに言いながら、声の主はこちらに近づいてくる。もう気づかないふりはできないと、そっと振り返るとそこには、綺麗に整えられた庭園の花々にも負けないくらい輝かしいオーラを纏った、シオンが立っていた。
目が合うと、にっこりと笑いかけられ、その善意の塊の様な態度に、アイラの心は罪悪感に似た感情で息が詰まりそうになりながらも、なんとか笑みを返した。
「いえ、私もぼんやりしておりましたので」
「本当?でもまあ、そう言ってくれて嬉しいよ」
とんでもございませんわ、と何の違和感もない会話を続けることができたアイラは自分で自分を褒め称えていた。
はじめは会話こそままならなかったが、悪意の全くないシオンの姿と優しげな態度に、なんとか会話はできるようになっていた。一定の距離を保ってではあるが。
よしよし、このまま聖女の仕事で忙しいことにして一刻も早く仕事に移ろう。視察に行こう海を見に行こうと思っていると、まさかの一言が告げられた。
「今日も視察に行くんだよね?どこに行く予定なの?」
なぜ知っているのか、どうしてバレているのかとアイラは焦る。いやでも盗み聞きするような人ではないだろうし、探るような性格でもないだろう。そうなると、最近ほぼ毎日どこかに行っている様子からなんとなく聞いた質問なのかもしれない。きっと大した意図はないだろう。
そんな事を諸々と考えていたため、アイラはつい正直に答えてしまった。
「えっと、今日は海の近く……東部に行こうかと思っています」
天気が良いから海が見たいからです、そんな本音は隠して。
「東部か、いいね!ちょうど俺も顔を出したいと思っていたんだよ」
「……そうなんですね、奇遇ですね!」
あれ、もしかしてこれやってしまっただろうか、どこに行くかは決まってないとごまかすべきではなかっただろうか、とアイラの脳内が騒つく。
「せっかくだから今日は俺も着いて行っていいかな?仕事も落ち着いたんだ」
ほらやっぱり!嫌な予感が当たってしまった!どうしよう、いやここで断るのも変だし失礼だし、今更やっぱり視察の予定はないなんて言うこともできないし、どうする。どうしよう。
一瞬どうにかできないかと何通りかのパターンを検討したが、どれも駄目だと悟り、アイラはやけくそのようににっこりと笑みを浮かべた。
「はい、ぜひご一緒できると嬉しいです」
心にもないことを述べてしまったアイラだが、頭の中では次の計画を立てていた。一緒に行くのはいい、馬車だけ分けてもらおう。なんらか適当な理由を付けて。こう言うのは先手必勝だ、さっさと口を開こう。アイラは必死だ。
「ありがとう。じゃあ、一級品の馬車を用意させるから待っててね」
計画崩れたり。
一人でのんびりと馬車に乗って、まあ他の馬車に護衛の方々は何人か着いて来てくれているとは言え、ほとんど気兼ねなく、男の人とほぼ関わる事もなく過ごせたのに。過ごすはずだったのに。
と言うよりか、ずっと密室空間に二人きりでいられるだろうか。少しだけ慣れたとは言え、そんな経験は今までない。
心臓の辺りがぎゅっと縮こまる思いをしながら、アイラの脳内には、待っててねと言われた言葉がくるくると回っているだけだった。
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