6:聖女のお仕事(3)
十数分前までは神妙な面持ちで座っていた三人だったが、今や背筋を正し真剣な面持ちに変わっていた。
重厚な机の上には、そのテーブルを半分覆う程度に大きく印刷された国土の地図と、それより何回りか小さい用紙が置かれている。
それを目の前にして、アイラはペンを片手に椅子から立ち上がって、変革の時だと意気込んでいた。座っている男二人は、背筋は正しているが、どこか居心地悪そうに座っているため、恐怖などの感情は今だけどこかにいってしまった。
「では、順番に説明していきますね。まず、魔物は森の中や河川の側、海の近くなど自然豊かな所を中心に発生します……この辺りは、大丈夫ですよね?」
話し始めて、アイラはどこまでを前提として話せばいいのだろうかと不安になり、二人に質問を投げ掛けた。
「うん、その辺りは大丈夫。俺達も経験則で理解してたから、郊外を中心に軍事を強化してたよ」
経験則とかではなくて基礎なんだけどと思いながらも、いちいち驚いていては話が進まないためアイラも諦めてただ頷くだけにした。
「魔物が発生するのは止められません。そもそも、魔物は動物みたいなものです。土壌の汚れ、人の悪意憎悪などが、動物の死骸に定着してしまうことで魔物になってしまいます。そのため、それら全てを止めることはできないので、対処法で共存していくしかありません」
すらすらとアイラが説明をしていくと、二人は目から鱗だと言わんばかりに驚いた顔をしていた。その様子を見て、まさかそんな事も知らないのかと察して、アイラも目を見開いて固まる。
「そうなんだね……俺たち絶滅目指してたよ……」
「一度浄化すれば大丈夫なものかと……」
シオンとキールは驚愕の事実を口にした。アイラは頭が痛くなる思いがしたが、見放してはいけないと気を持ち直した。
「期待に添えず申し訳ないですが……私達にできるのは一時的な浄化です。ですので、一度浄化した土地も何年か後に再度浄化が必要になりますが、しっかりと浄化をすれば暫くは魔物化を抑えられます」
そこまで言うと、ちょっと良いかなとシオンが手を上げた。
「それだと、アイラちゃんはずっと各地に飛んで土地の浄化を続けないといけないのかな……?それなら力技で討伐するから浄化は後回しでもいいんだけど……」
シオンは申し訳ないと言わんばかりだ。キールも、そうですと深く頷いている。そんな二人の様子に胸を打たれそうになると同時に、何を言っているのかと突っ込みたくなった。
「大丈夫です。土地の浄化はクリスタルを通して遠隔浄化できます。一つのクリスタルで約1000平方km浄化できるので、ガナンシェ王国全てを包囲しようと思うと……約500個のクリスタルが必要です」
それなら良かったと二人から不安の表情が消えた。理解してくれたみたいで良かったとアイラも安堵する。
「分かった。すぐに500個のクリスタルを用意するね。純度はどれくらい必要かな?」
莫大な費用がかかるだろうに、何の迷いもなく頷くシオンに驚くと同時に、この国の経済力に感服した。
「純度は特に問題はないです。形状だけ直径30cm程で、あとは球状であれば大丈夫です。どちらかと言うと今後クリスタルが枯渇する方が困ります。言っても石なので、動物が壊したり自然に割れてしまったりしますが、その度に新調しなければならないので、大量生産ができるようにクリスタルにガラスなどを混ぜて生産する体制を作った方が良いかと思います」
なるほどとシオンは頷く。普段の柔和な笑みは引っ込めて、真剣な顔をしいくつかメモを取りながら聞いているため、伝わっているだろうとアイラは説明を続ける。
「まずは各地方の視察をさせて頂きたいです。クリスタルで遠隔浄化ができるとは言え、一度は土地の状態を見てみたいです。少しでも被害を抑えたいので、発生頻度の高い順に行きたいのですが……どの辺りでしょうか?」
アイラは地図を見ながら問うと、キールがすぐに返答した。
「おおよそですが、一番発生頻度が高いのは森が多い北です。次に西、その次に海が近い東、最後に南になります」
そうですかと、アイラは頷きながら地図に書き込みをしていく。自然が多かったり、住宅地から離れているところを中心に魔物が発生している傾向が高そうだ。それが定石ではあるため、聖女の力に頼らなくても管理しきれていないわけではないことは理解できた。
「ありがとうございます。では、その順で視察に伺います。その後は……見てから考えましょう」
よし、何とかなりそうだとアイラはほっとした。こうも長々と話すことも少ないため、若干の疲労感はありながらも、やりきった達成感にも満ちていた。
「分かったよ。じゃあまずは……クリスタルの製造体制を作ろう。数日の間に試作品を作るからアイラちゃん、確認してもらってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
シオンは一度の説明でさくさくと決めていく。それに感心して、アイラもすぐに頷く。
「ありがとう。キール、生産の調整を調達部隊にお願いしてくれるかな」
「承知致しました……が、生産自体はどこに依頼致しましょうか」
言い出しにくそうにキールが質問し、シオンもそう言えばそうだったと頭を抱える。いつもだったら重大案件は何の迷いもなくルベルト家だが、弟の駆け落ち事件を起こした今、関係性を鑑みて悩んでいるのだろう。
「あー、うーん……まあ一旦は、ルベルト家でいいよ。国王には俺から言っておく。もし反応が悪かったら教えて」
「承知致しました」
ここでルベルト家を蔑ろにする方が今後の関係性が悪くなると考えたのだろう。迷いながらもシオンが言った。
「あとは、クリスタルの管理体制もおおよそ決めたいな。各地域に一部隊ずつ置いて管理することになると思うから、今夜部隊長と打ち合わせをしよう。キール、こっちも連絡だけ頼むよ」
「はい、承知致しました」
キールは二つ返事で頷く。次々と的確に指示を出していくシオンに、酷く嫌味を言った王妃は何も見ていないんだろうなとアイラは複雑な気持ちになった。
「アイラちゃん、クリスタルの配置で気をつけなきゃいけないことはあるかな?」
「えっ、あ、いえ、可能な限り全土を包囲したいので1000平方kmおきに均等に置いて欲しいのと、あとは日々確認ができるように置き場は管理して頂きたいです」
ぼんやりとシオンを見つめていたら、突然自分に話題が振られたため驚きながらも、アイラははっきりと返事をした。それに、ありがとうと言うと、すぐにシオンは状況を整理する。
「じゃあそれを踏まえて今夜話し合うとして……あとは、大丈夫かな?」
おおよそ考えがまとまったのだろう、首を傾げて聞くシオンは、いつも通り柔和な笑みを浮かべていた。
「はい、あっ、ごめんなさい、もう一つあって……大丈夫かと思うのですが、時々魔物が住宅地に発生することがあります。それは住区の衛生環境が大きく影響はされますので……あの、ネズミとかですね、なので街の清掃は徹底した方が良いかと……」
まあ十分すぎるほど綺麗な国なんですが、とアイラは付け加えた。
「そうなんだね、ありがとう。じゃあそれは街の警備部隊との通常会議の時に伝えるのと、少し清掃用に予備予算を回すよ」
何の迷いもなく決めていくシオンに安心し、アイラもありがとうございますと頷いた。それを最後に和やかな雰囲気のまま、打ち合わせは終わりとなった。
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