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5:嫌な対面(4)

 アイラはバレないように、ごくりと喉を鳴らす。いつもより心臓がうるさいのは気のせいではないだろう。一国の王が醸し出す迫力と、側室を蹴散らしてのし上がったのであろう強かな王妃、そして隣には夫になった男の人。


 会話に入らなければならない人の内、三分の二が男の人だ。比較的距離が取られていること、明らかに表面的な会話しかしなくていいこと、この状況で変に近寄られないことを加味して何とか立っていられるが、できることなら今すぐその場から逃げ出したい。


 アイラはドレスの裾を掴むふりをして、自らを鼓舞するかのように強く掌を握った。これが終われば美味しいご飯、これが終われば美味しいスイーツ、そう自分に言い聞かせて平常を保つ。


「ジャポール国王様、ビビアン王妃様、この度は、温かい御心遣いに感謝申し上げます。至らない私ではございますが、これから何卒よろしくお願い致します」


 アイラは綺麗に口角を上げながら、よく通る声でそう伝えられた。それは、見る者全てが神々しさの様なものを感じ一瞬呆気にとられてしまうほど、美しかった。よし、上出来だこれが私の最大限だとアイラ自身も、自分を褒め称える。


 シオンは、そんなアイラの様子を見て目を見開き驚いた。弱気で逃げ腰な子かと思っていたら、背筋を伸ばしてこうも堂々と発言できるのか。国王も例に漏れず、感心したような嬉しそうな表情を浮かべて言葉を続けた。


「それはこちらも同じだ。まさか聖女の力を持つ姫君か結婚の申し出を受け入れてくれるとは、嬉しい限りだよ」


 国王としても、急な依頼にも関わらず、みすみすと聖女の力を持つ王女を手放すことに少なからず疑惑の念はあったのだろうと思われるが、それもなんとか払拭できたようだ。アイラは、良かったと内心ほっとする。


 このまま何事もなく穏やかな雰囲気で終わって欲しい。できたらこの一言でもう帰りたい。そんな事を願いながら笑みを浮かべてみるが、次の言葉によってそんな願望は完膚なきまでに壊されることになった。


「本当に、第一王子なんかにはもったいない姫君ですね」


 アイラは変わらずうっすらと笑みを浮かべながらも、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。これは何と言って欲しいのか。少なくともシオンに敵意を向けているのは分かるけれど、こちらには何を伝えたいのか。アイラはぐるぐると思考する。


 国王は自分の息子があからさまに敵意を向けられてどう思っているのか、そう思いチラリと顔色を伺うが特に何も感じていない様だ。その様に、アイラは柄にもなく、腹の奥底から何やらカチンと来るものがあった。


 隣に立っているシオンも横目に見ると、少し俯いており表情も曇っているように思えた。猫を被り続けなければ、頭の片隅ではそう分かっていながらも、アイラは口を開く事を止められなかった。


「そうでしょうか。こんな私にも親切に接してくださる素敵な方にしか思えません。私こそ、結婚相手として恐れ多いとすら思っていますわ」


 アイラは顔が引き攣っている自覚も、先ほどより声のトーンが低くなってしまった自覚もあった。これでは、謙遜ではなく反論だと気づかれてしまう。しまったと思いながらも、いっその事伝わればいいとも思った。


「……ふふ、それはきっと、あなたがお美しい人だからよ?王子は、随分と沢山のご令嬢たちと浮名を流してきましたからね、その延長かしらね」

「なっ……!王妃、今はそんな話、」

「あら、本当の事でしょう?そんなあなたが結婚して、ゆくゆくは国王になろうだなんて、ガナンシェ王国の先行きもいかがなものか」


 シオンが焦ったように静止の言葉を投げるが、それすら王妃は吐き捨てるような口調で遮った。そんな会話を、義理であろうが親子がしているのにも関わらず、国王はまるで見て見ぬふりをしているかのようにどちらも止めようとはしない。なんなのこの家族は。アイラは苛立ちが止まらなかった。


「アイラ姫、あなたもお気をつけてくださいね。多くのご令嬢の一人にならないように、ね」


 先ほどの反論に対しての嫌味だろう、次はアイラにまで攻撃をしてきた。これくらいのプライドと気の強さがないと、たしかに王妃なんてやっていけないのかもしれない。


 とは言え、黙ってそれを見過ごすことは今のアイラにはできなかった。


「あら、数多のご令嬢に愛された方と結婚できたなんて、その愛を一身に受け止められる私は幸せ者ですね」


 これ以上は言わない方が、止めておいた方がとは自分でも思っている。隣にいるシオンも心配そうな空気を醸し出している。全て分かってはいる。しかし、男の人は恐怖でしかないが、女の人には負けたくなかった。姫としてではなく、聖女と言う普通の人にはない力を持った者のプライドとして。


「ご忠告ありがとうございます。ですが、ガナンシェ王国の未来もご心配なく。この国はシオン様が指揮し、私が護りますわ。他でもない、聖女の力で」


 卑怯だと分かっていながらも、ここにいる誰もが反論できない聖女の力を口にして、アイラはこの会話に決着を付けた。やってしまった、そう思い冷や汗をかきながら。


 国王は驚いた顔をし、王妃は何も言えず小さく震えている。アイラはポーカーフェイスを保ちながらも、内心ではどうしよう、言い過ぎた、嫁いできて早々に何をしてしまったのと焦っている。


 シオンはと言うと、彼にしては珍しく口を開けてポカンと間の抜けた顔をしている。隣からの手助けも期待できそうにない。まあもう、どうにでもなれ。そう思いアイラはにっこりと笑って言った。


「では、失礼致します。本日はお時間頂きまして、ありがとうございました」


 深々と礼をし、何事も無かったですと言わんばかりにくるりと背を向けて立ち去った。それを隣で見ていたシオンも、ほんのワンテンポ遅れて歩きだした。


 背中に刺さる視線が痛い。玉座の間は無駄に広い作りになっているせいで、出口までの道のりが長い。その間ずっとアイラは、部屋から出たら早々にシオンに謝らなければ。それだけを考えながら歩いていた。

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