5:嫌な対面(3)
紅く柔らかい絨毯が敷かれた長い廊下を、シオンとアイラは並んで歩いている。少しだけ遅いアイラの歩調にも、シオンは自然に合わせる。
「わざわざごめんね、挨拶なんて。まあ、すごく独裁的とか高圧的とかではないと思うから、気楽にいてね」
「そんな、両陛下とご挨拶させて頂けるなんて光栄です」
緊張しているアイラを気遣うシオンは、もう悲しそうな顔はしていなかったが、前よりアイラの方を見る回数が少なくなった気がして、またチクリと心が痛んだ。
「まあ王妃とは、血は繋がっていないんだけどね」
「えっ、そうなんですね……」
突然の発言につい驚いてしまったが、あまりに何でもない事ように言ったシオンに、アイラはどこか引っ掛かりを感じた。
「よくある話だよ。変に考えさせるのも悪いから簡単に言うけど、俺の母親は、側室だったんだ。まあもう亡くなってしまったんだけどね」
「……そう、なんですね」
「本当によくある話だから、気にしないで」
そう言って、他人事のようにシオンは説明を続ける。その様子を見て、なぜだか聞いているアイラの方が悲しくなってしまった。
「弟はね、正妻である今の王妃との子どもなんだ。だからまあ、どうだろうね、彼女としては弟に王位を就かせたかったんじゃないかな」
「それは……どうなんでしょうね……」
全てを諦めたかのように、どうでもいいことのようにただ説明をしていくシオンに、アイラは何と言っていいのな分からなくなってしまった。
励ますのも、元気付けるのも、はたまた否定するのも違う気がして、何も言えない自分に不甲斐なさを感じるしかなかった。
「ごめんね!今から会うって言うのにこんな話しちゃって!」
笑いながらそう言うシオンを見て、アイラはふと違和感の正体に気づいた気がした。
この人は、何でも笑顔で受け流してきたのではないだろうか。たしかに本当に笑ってくれている時もあるけれど、本心ではない時でも平常時と大差ない笑顔を作っている気がする。
アイラは自分が引きこもって色々と考えてしまう性分であるが故に、なんとなく他人の気持ちにも敏感だったりする。気付けてもそれをうまく相手のための言葉にすることができないため、ただもどかしい思いをするしかないのだが。
「だから、今から何言われても俺は気にしてないから、アイラちゃんも気にしなくていいからね」
「え……?」
「さ、ここだよ、入ろうか」
アイラがどう言うことか聞こうとする前に、シオンも気づいてはいるのだろうが、言葉を遮り次の話題に移してしまった。これ以上深入りされたくないのかもしれないと察して、アイラは大人しくはいと頷いた。
シオンが二人の衛兵に声をかける。玉座の間へと続く大きな扉の前に立っている彼等は、重厚な鎧を着用しており表情は深く読み取れなかった。
「シオン王子、アイラ姫、お待ちしておりました」
畏まった声でそう言われ、アイラの体は緊張で強張り生唾を飲み込む。それに気づいたシオンは、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「こちらへどうぞ。両陛下ともお待ちでございます」
二人の衛兵は両開きの扉を重々しく開くと、すっと一歩後ろにさがりそう言った。
「ありがとう」
シオンは一見笑顔でそう返したが、いつも親しげに下げられている目までは笑ってはいなかった。アイラもぴりっとした空気感を感じて、本心では嫌がっているのだろうかと鑑みる。
開いた扉の先は、白の大理石で囲われた壁に、黄金の紋様を散りばめた厳かな空間が広がっていた。一歩踏み出すたびに、カツンと高い天井まで足音が鳴り響き、その音がより一層緊張感を高めてくる。
玉座までの距離は何十メートルとあり、均一な壁はその道がどこまでも続くのではないかと錯覚させる程、画一的だった。
アイラはせめて転ばないようにしようと、一歩ずつ床を踏みしめながら歩いていると、親しげだが威圧感のある声色で部屋の奥から声をかけられた。
「わざわざ来てもらってすまないな」
声の主の方を見ると、肩まで伸びた白髪を後ろの方に流して額を露出させている、いかにも国王ですと言った姿をした中年の男の人が、一見柔和な笑みを浮かべて立っていた。
アイラはその迫力と、男の人であると言う事実に気圧されそうになりながらも、ドレスの裾を軽く持ち上げ静かに頭を下げる。シオンはそれを横目に、国王に負けないくらい表面上の笑みで上っ面の言葉を述べた。
「いえ、こちらこそお時間頂きありがとうございます」
それを気に留めることもなく、国王は言葉を続ける。
「アイラ姫もありがとう、どうか頭を上げてくれ」
できたらいつまでも俯いていて顔を目の当たりにしたくないのだけど、と思いながらもアイラは恐れ入りますと言いながら顔を上げる。
「私が国王のジャポール、隣にいるのが王妃のビビアンだ。我が国に来てくれた事、感謝しておるよ」
アイラは言葉を続ける国王と、隣に立つ王妃を見てなるほどと思った。国王は外見上は親しみやすい表情を浮かべているが、内心では突然嫁いできた余所者に、心を許してはいないだろう。
その横の王妃は綺麗な金髪に、光を反射したかのような金の瞳で美しい人ではあるが、氷の様に冷たい顔をしている。そして、気のせいではないだろう、睨まれている気すらする。
先ほどのシオンの言葉かアイラの脳裏に浮かんだ。王妃は実の息子に後を継がせたかったのではないか。なるほど、たしかにそうかもしれない。それなら随分と嫌われているような態度も納得できる。そう思ったアイラは、これからどう付き合うべきかと頭を悩ませるしかなかった。
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