5:嫌な対面(1)
美味しい物を食べられたアイラは、終始幸せだった。パンの後は温かいポタージュ、メインの卵料理と続き、最後にフルーツの盛り合わせまでしっかり頂いた。せっかく着せてもらったドレスのウエストが少しきつくなったため、部屋に戻ったら緩めてもらおうと呑気な事まで考えていた。
「ご馳走様でした」
アイラが両手を合わせてそう言うと、エレンは驚いた顔をした。今まで主人であるシオンに頼まれて色々な令嬢達にも料理を振る舞ったが、誰も手を合わせて言う者はいなかったからだ。
その様子を見て、シオンは少し居心地の悪そうな顔をした。自分の連れてきていた令嬢たちの育ちの悪さは自覚しているからだ。まあ後腐れなく遊ばなければいけなかったんだから仕方がないと、内心で言い訳をしながら話し出す。
「満足してもらえたみたいで嬉しいよ」
「はい、お気遣い頂いてありがとうございます」
アイラは以前よりもリラックスした様子で答えられた。この場面だけを側から見ると、本当に仲の良い夫婦に見えなくもない。
「ご飯が美味しいのは幸せですよね。これからも宜しくお願いします」
アイラがぺこりと軽く頭を下げてエレンに言ったため、言われた本人は王族に頭を下げさせてしまったと焦って止めに入った。
「いえ!当たり前のことですので、どうかお気を遣わず……」
「そんな、美味しい料理とその作り手にお礼を言うのだって当たり前のことだわ」
アイラがあまりにもあっけらかんとして言ったため、そうなのだろうかと言う気にさせられてしまい、エレンは何も言えなくなった。
その様子を見ていたシオンは、ふいに自分の妻になった人の可憐さと、見た目以上の心の綺麗さに心臓を貫かれそうになっていた。
そんな二人に気づかず、アイラはふと思い出したかの様に言葉を続けた。
「でも、あの……できたら、少しだけヘルシーな物にしてもらえると嬉しいわ。食べ過ぎて太ってしまいそうだから」
恥ずかしそうにそう言ったアイラに、エレンはもちろんお任せくださいと二つ返事で返した。これからも、この人のために働きたいと強く思いながら。
シオンは、目の前で起こっている幸せな出来事に目を細めながら見つめていた。そして、ここだと思い静かに立ち上がってアイラに近づきながら言った。
「どうだろう、少しだけ時間もあるし、少し中庭でも歩いてみない?ここから予定も立て続けに入っていて、二人の時間も取れそうにないし」
そう言って、すっと手を差し出した。自然に、何の違和感も嫌悪感も与えない仕草と話し方で。それはもう、絵に描いた王子様の様に言った。
「……ご、ごめんなさい」
完璧に決まったと思ったシオンは、言われたことの意味が理解できずに固まってしまった。どこが駄目だった、何が良くなかったのか、考えを巡らせるが全く検討がつかない。
「ごめんなさい、その、あの、少し食べ過ぎたみたいで……」
シオンが固まっている間に、アイラはさっさと椅子から立ち上がり、何やら言い訳をしながら後退りしてしまっている。その様子にまたショックを受け、シオンの思考は止まる。
「あ、そうです、この後の浄化の打ち合わせのために、国土についても知っておきたくて、そうなんです、色々とやりたいことがあるので……」
先程とは違う言い訳を思い出したかのように口にして、視線を泳がせながらアイラは何とかシオンと距離を取ろうとする。
エレンはそんな二人の様子を見て、この場から立ち去るタイミングを失ってしまったと内心で頭を抱えた。
「あの……失礼しますっ……!」
アイラは固まっているシオンを見て、今だと言わんばかりにそう言い残し部屋を後にしようとした。シオンはそれを固まった思考で横目にして、何を言うわけでもなくただ立ち尽くしていた。
「っ、きゃっ……!」
「あ!危ない!」
焦った様に立ち去ろうとしたアイラだが、慣れない靴を履いていたからだろうか、自分の足に躓きシオンから数歩離れた場所で転びそうになってしまった。
それを、ぼんやりと見ていたシオンが咄嗟に片手で抱き抱えるように後ろから支え、事なきを得た、かのように思えた。
「大丈夫だった?どこも怪我してない?」
すぐに心配の言葉を出せるシオンはさすがでしかないのだが、そんな言葉はアイラの耳には入っていない。ただ一つ、恐怖だけが頭の中を埋め尽くす。
「……アイラちゃん?」
何の反応もしないアイラを心配し、シオンはそっと顔を覗き込むと、顔面蒼白で小さく震えるアイラの姿があった。嫌悪感ではない、もちろん憎悪でもない、ただ恐怖でいっぱいの表情をしているアイラを見て、シオンは目を見開く。
「……ごめんなさい、と、あの、ありがとうございます」
目を合わせることもなく、小さく先程より低い声で、アイラは一応の謝罪とお礼を口にした。
「あ、えっ……と、ごめんね……?」
それに対して、シオンはどうしていいのか分からず、また何と言うのが正解なのかも分からず、意味もなく謝ってしまった。
「……失礼致します」
その言葉にはっとして、シオンは支えていた手を離す。それを見計らったかのように、ドレスの裾を直しアイラは軽く会釈をして部屋を出て行ってしまった。
それを引き止めることもできずに、ただ閉まっていく扉を見つめるシオン。そして、こんな主人は見たくなかったと気まずそうに目を逸らすエレン。
「エレン……俺は、」
「私は何も見ておりません」
間髪入れずにエレンが言った。何か答えにくい問いが来る前に言葉を発して、そのまま立ち去ってしまいたかったからだ。
「では、私はディナーの準備がございますので、失礼致します」
そして、それっぽい理由を付けて、エレンも颯爽と部屋を出て行った。
「俺の、何が、ダメだったんだ……」
その言葉をエレンが聞くか聞かないかのタイミングで、また一つ扉だけがパタリと閉まった。呆然とするシオンを一人残して。
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