4:予想外の反応(3)
重厚な木製の長テーブルに、それに合わせた椅子が二脚。机にはレースのマットがかけられており、柔らかい印象が与えられる。どこの部屋も太陽の光が当たるように設計されているのだろう、この部屋ももちろん暖かい光に包まれていた。
そんな部屋の中、陽の光よりもカトラリーの輝きよりも、光り輝いて見える金髪の男の人、まさに昨日結婚した夫となる人が奥の椅子に座っていた。
「あ……おはようございます、シオン様」
逆光になっており表情は見えないが、姿勢良く座っている自らの夫に、アイラは緊張しながら話しかけた。
「おはよう、アイラちゃん!昨日はよく眠れたかな?」
シオンは、すっと立ち上がりながらそう言った。キラキラと金髪が反射して光り、太陽みたいな人だなとアイラは素直に思った。
「はい、とてもよく眠れました。ありがとうございます」
一人で広々と何の気兼ねもなく眠ることができて、本当によく眠れましたありがとうございました、と内心思う。シオンは、それなら良かったとにこやかに笑って返してくれた。
本当に何の悪意も下心もない、良い人なんだろうなとアイラは他人事のように思う。良い人なんだろうけれど、だからと言って表面上の会話以上の事ができるかは別問題だ。
「そうだ、冷める前に朝食にしようか。何が好きか分からなかったから、今日はメルテナ王国がある南部地方の食事にしてみたんだ。口に合うと良いんだけど」
自国のものではなく、相手国の食事に合わせてくれるとは、そこまで気を回すものかとアイラは驚いた。第一子の男児で、一国の王になるように教育されてきたのであれば、嫁入りしたのならこの国の食文化に慣れろと、傲慢さがあってもおかしくない気がするが、なぜこんなにも良い人がこの歳まで結婚できずに政略結婚をさせられてしまったのか。
何か裏があるのか、それともたまたまなのか、アイラは疑心暗鬼に落ち入りそうだ。
「そんなお気遣いまで……何でも好きですが、嬉しいです」
色々と怪しみたいところはあったが、とりあえず善意は受け取ろうと思った。
「そっか、じゃあどんなものが特に好きなのかも、これから教えてね」
優しく首を傾けて、ふんわりと笑いながら言うその様子は、本当に善意の塊でしかなく、色々と訝しんだ自分が恥ずかしくなった。
アイラがぼんやりとしていると、シオンは自分の従者に食事を進めるように指示した。その話し方にも威圧感はどこにもなく、ただ完璧すぎる様子にアイラの中には疑問ばかりが生まれた。
「さあ、頂こうか。自慢のシェフなんだけど、南部地方の食文化には自信がなさそうだったから……大目に見てあげてね」
部下を持ち上げながら、それと同時に庇いつつも、謙遜までできるのかこの人は。落ち度のなさにいっそのこと恐怖まで覚えそうだ。
「いえ、そんな……いただきます」
アイラは、そっと両手を合わせてそう言った。目の前には綺麗に盛り付けられた前菜が置かれており、見た目からしてこだわってくれたことが見て取れる。両脇のナイフとフォークを手に取り、ふとアイラは両手が震えていないことに気がついた。
いつもであれば、同じ部屋に男の人がいるだけで嫌悪感と恐怖心と吐き気でいっぱいになるのだが、今は何ともない。慣れたのかな、とアイラは思いながら食事を口にした。
「っ、美味しい……!」
シンプルで美しい見た目だけではなく、味まで追求されつくしているとは。野菜は新鮮で味が濃く、さっぱりしたドレッシングによく合っている。
嫌いなものがないか気を遣ってくれたのだろう、ハムや卵、魚のフリットやテリーヌなど、どれも一口サイズで食べられるようにしてくれている。
「喜んでもらえたみたいで良かった」
アイラがどれも美味しすぎると、感動しながら食べていると、シオンはとても嬉しそうにそう言った。
「パンも焼き立てなんだよ。たくさん用意したから好きなだけ食べてね」
その言葉と共に、焼き立てたのパンが運ばれてきた。部屋の中が小麦の良い香りでいっばいになり、食べる前から絶対に美味しいことが確信できた。
「失礼致します」
丁寧な仕草で、アイラの前に次々にパンが置かれていく。ロールパンと、くるみのパン、バゲッド、クロワッサンと置かれていき、どれもこんがりと焼かれている。冷めないうちにどうぞと言い下がった従者に、パンを見ながらアイラは一言礼を言う。
どうしよう、何から食べようと幸せそうな顔をしているアイラを、シオンは満足そうに見つめている。先程まで緊張していた表情とは違い、美味しいと高揚しているアイラを、とても可愛いと思っていた。
「わっ、美味しいです!」
シオンがぼんやりと見つめていると、クロワッサンを口にしたアイラが心の底から嬉しそうにそう言った。
「クロワッサン美味しいよね。俺も好きなんだ」
「はい、もう……なんか感動です……!」
まさかここまで喜んでくれるとは、と予想外の反応に驚きながらも、仲を少しでも深められたかと安堵の気持ちもあった。
「まだ若いシェフなんだけどね、エレンの作る料理は美味しいんだよ」
その言葉と共に、シオンの右手側を見ると、背の高い綺麗な女の人が立っていた。
「喜んで頂けて光栄です、アイラ王女」
深くゆっくりと頭を下げたその仕草も美しく、こんなに若く綺麗な人が作ったのかとアイラは驚いた。男女の差別や格差をなくしていこうと時代も動いてはいるが、いまだに王宮のコックは男性が多い。そんな中、女性でなおかつ若く、しかも腕も良いなんて、どの国を探してもなかなか見つからないだろう。
「あなたがこの食事を作ってたんですね!どれも美味しくて本当に感動しました。これから楽しみにしていますね」
素直に美味しかったと言うアイラに、エレンは少し驚いた顔をした。今まで色々な王族、貴族に食事を出したきて、褒められたことは多々あったが、こうまで直接的に喜ばれたことはなく、他の王族たちと印象が違ったからだ。
「ありがとうございます。今後のご要望がございましたら用意致しますが、何かございますか?」
もっと喜んでくれたらと思いエレンが聞くと、アイラは恥ずかしそうに俯いてしまった。聞いてはいけなかっただろうかと一瞬心配になったが、次の言葉を聞いてそれも吹き飛んだ。
「えっと、スイーツも食べてみたいです……。シュークリームとか、プリンも、あとティラミスも好きで……」
どうしましょう、と頬を赤くしながら話すアイラに、シオンもエレンも深く心を射止められた。可愛いしかないな。二人がそんなことを思っているとは知らず、アイラは一人スイーツに思いを馳せているのだった。
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