鳥群からはじまる 05
「まだ終わっていないぞ」
「でも、セウラザさんが全部祓ってくれそうです」
「そうだといいのだがな」
ラトスは薄暗闇を見上げ、目を細めた。
薄暗闇を照らすように、セウラザの無数の紅刃が広がりながら飛んでいく。群れを形成していた夢魔が悉く切り裂かれ、霧散していった。奥に控えていたスータロスも逃れられず、刃の嵐に飲まれていく。難を逃れた夢魔は少なく、勝敗が決したと見えた。
直後、烏のような鳴き声が狂ったようにとどろいた。
薄暗闇が震え、漂っていた黒い塵が大きく波立つ。
スータロスの断末魔かと、ラトスは一瞬考えた。しかし、どうも違う。ラトスたちに向けられている敵意の圧が弱まるどころか、強く、鋭くなってきていたからだ。無数の紅い刃を全身に受けながらも、スータロスが反撃の好機をうかがっているに違いない。
ラトスは白剣と黒剣を構え直し、スータロスをにらみつけた。
隣にいるメリーが、ラトスの行動に首を傾げている。数瞬前のラトス同様、戦いが終わったと考えているのだろう。握っていた銀剣も鞘に納めていて、休む準備まではじめようとしていた。
「メリーさん、剣を抜いておけ」
「え? でも、もう……」
「問答している暇はない。来るぞ」
言った瞬間、空気の震えが最大になり、全身の肌を強く打った。
同時に、紅い刃を受けつづけていたスータロスが宙で跳ねる。何度か飛ぶ方向を変えてセウラザの波状攻撃から逃れると、ぴたりと止まってラトスたちをにらみつけた。
赤黒い目が、鈍く光っている。
怒りのような色だと、ラトスは唾を飲み込んだ。
再び、狂ったような鳴き声がとどろく。
威嚇ではなく、自らを昂らせる咆哮。黒い大翼も力強く羽ばたかせ、宙を弾いた。そうして次の瞬間、スータロスの巨躯が跳ねるように飛んだ。一直線にラトスたち目掛けて突進してくる。
「わあああ!?」
メリーが叫び、一歩退く。というより、腰を抜かしていた。剣を抜く余裕もないらしく、両腕が固まっている。その叫びに呼応して、スータロスの飛ぶ速度がさらに増していった。
ラトスは白剣を振り、スータロス目掛けて薙ぐ。
空気を切り裂く音。白刃が光のように駆け抜け、スータロスの巨躯をかすめた。
「でかい図体で、とんでもない速さだな」
舌打ちしながら、白刃の流れる方向を変えていく。しかし間に合わなかった。スターロスの周囲に集まっていた小さな夢魔とは違い、明らかに速く、聡い。もしかすると、小さな夢魔たちがラトスたちと戦っている間、こちらの手の内を観察していたのかもしれない。
「セウラザ! もう一度攻撃できるか?」
「仕掛けたばかりだ。刃の回収に時間がかかる」
「なら避けるぞ!」
「避けられそうにないが」
セウラザの指がラトスの足元に向く。見ると、メリーが放心していて、腰を石畳に落としていた。ただじっと、スータロスが飛ぶ方向を見つめている。確かにこれでは、今すぐに無理やり引きずっていっても間に合わないだろう。ラトスは再び舌打ちし、黒剣を握りしめた。
熱くなった黒剣の柄が、ラトスの手のひらを焼いている。
ラトスの思考を止めないよう、叱咤しているかのよう。
スータロスに向いていたメリーの視線が、ぐるりと動く。
同時に彼女の肩が数度、大きく跳ねた。
ラトスはメリーの視線の動きに合わせ、黒剣を構えた。すでにスータロスの巨躯が、視界から消えている。高速で飛びながら、ラトスたちの背後へと回り込んでいるようであった。ひどい空振がラトスの背を打つ。目で捉えられなくとも、どれほど迫ってきているかはっきりと分かった。
ラトスは振り向きざまに黒剣を振る。
――間に合うか。
黒剣でスータロスを弾き、勢いを流さなければ、直撃は免れない。間に合わせなければ、ラトスも、メリーも吹き飛ぶだろう。刹那の間にラトスは思考しながら、ふと、放心しているであろうメリーを横目で見た。




