鳥群からはじまる 06
「……こいつは驚いた」
放心していたはずのメリーが立ち上がり、銀剣を抜いていた。ラトスよりも速く振り向いていたらしく、銀剣に風を集めながらスータロスを睨んでいる。
「メリーさん! 横へ弾いて流せ!」
「任せてください! 全力で行きます!」
「おい、待て、弾いて受け流すんだ」
「うおおあああああ!!」
メリーが雄たけびを上げる。ラトスの声は届いておらず、全力で魔法を使う構えを取っていた。銀剣の柄頭に填められた紅い宝石が、これまで見たことがないほどに強く輝いている。同時に銀の薄刃へ集まっていた風が光を帯び、剣身を煌めかせていた。
迫ってくるスータロスが、メリーの剣に襲いかかる。
応じて、メリーも銀剣を突きだした。
瞬間、衝撃波が広がった。
銀剣とスータロスの激突音はなく、強い光と空気の振動だけが波打っている。
「これは……ダメそうだよ」
ペルゥの声が、ラトスの背後で鳴った。振り返ると、困った表情を浮かべたペルゥがスータロスとメリーの激突している光を見ていた。つい先ほどまでメリーの肩の上にいたはずだが、いつの間にか退避していたらしい。
「このままだとメリーが吹き飛んじゃう」
「真正面からぶつかったからな。メリーさんの魔法の力でも足りそうにないか?」
「このスータロスは結構強いよ。たぶん無理かな……って、ラトス、ちょっと? 加勢するの?」
「……お前のお気に入りの椅子のためさ」
言って、ラトスはスータロスへ向き直った。
眼前で、目が眩むほどの光が爆ぜている。加えて何度も衝撃の波が押し寄せ、黒剣を構えるラトスの全身を打った。ラトスは目を細めて、光の中にいるはずのメリーを探す。すると一瞬、光の中で赤黒い帯のようなものが揺れた。
ラトスは赤黒い帯のようなものに向かって駆ける。
近付くと、その帯はメリーの後ろ髪のようであった。衝撃の波に合わせて、左右へ振れている。その位置を頼りに、ラトスは光の中へ飛び込んだ。
「ご……めんな……さい、ラ……トスさん! 早く、逃げて!」
光の中から、メリーのか細い声が聞こえる。見えないが、魔法の力を使い過ぎて倒れる寸前なのだろう。心なしか、メリーの前方で爆ぜている光が弱くなったように感じた。同時にスータロスの蝙蝠に似た頭も見える。赤黒い瞳が殺気立っていて、未だ余力を感じさせた。
「待たせたな!」
ラトスは黒剣を突きだし、スータロスの頭を貫いた。
さらに白剣の剣身を斜めに伸ばし、スータロスの巨躯を斬り上げる。両手に、突進しつづけてくるスータロスの圧が伝わってきた。手だけでなく、腕も、肩もスータロスの圧力に押し負けそうになり、悲鳴を上げはじめる。魔法の力があるとはいえ、この圧力をメリーがしばらく耐えていたのかと、ラトスは舌を巻いた。
「くっ……そろそろ、落ちろ!!」
叫ぶと同時に、ラトスは全身を奮わせた。斬り上げていた白剣の勢いを助けるように、突き出している黒剣を少しずつ横へ押していく。すると光の中にいるスータロスの巨躯が右へずれた。直後にがくりと揺れ、突進の方向が逸れていく。
「メリーさん、剣を抜け! 持っていかれちまうぞ!」
「え、え? え!?」
「いいから、こっちだ」
ラトスは光の中にいるメリーの腕を掴み、強引に引き寄せた。そうしたことでスータロスから銀剣が抜けたのか、突進の方向を逸らせていく巨躯がラトスたちのすぐ傍を通過していく。やがてスータロスがなにかに激突したらしく、どんと腹の底にひびく音が届いてきた。
爆ぜていた光が、徐々に収まっていく。
同時に、掴んでいたメリーの腕が急に重くなった。力尽きて倒れてしまったらしい。未だに握られていた銀剣にはかすかな光も残っておらず、静かなものとなっていた。
「大丈夫か」
「平気……と言いたいですけど、もう指一本動かせません」
「無茶をするからだ。だが、助かった」
「……え、えへへ。どういたしまして」
黒い石畳に顔面を付けながら、メリーの口元がゆるむ。
ラトスは苦笑いを返してみせると、なにかに激突したらしいスータロスへ視線を向けた。
スータロスの巨躯は、石畳の道の両端に延々と並んでいる白い柱のひとつに激突していた。その傍にはすでにセウラザとペルゥがいて、状態を窺っている。ラトスが近付いていくと、セウラザがラトスに向けて手を上げ、大きく頷いてきた。
「祓えたのか」
「そのようだ。頭と、身体の一部が消し飛んでいる」
セウラザの指が向く方へ視線を送ると、確かにスータロスの身体が欠けていた。メリーに撃たれながらも、勢いだけで押してきていたのだろう。赤黒い瞳にはすでに意思を宿しておらず、血の代わりに黒い塵を流しはじめていた。




