悪夢の回廊からはじまる 01
石畳に流れる、黒い塵。
剣を突き立てられた夢魔の身体が崩れ、血の代わりに黒い塵をまき散らしている。
崩れだした夢魔から白剣を引きぬくと、弾けるようにして夢魔の身体が霧散した。
「気味の悪い姿の夢魔ばかりですね」
メリーの目が、薄暗闇の空間に向く。宙を漂う、霧散した塵。その先に、宙を泳ぐ蛇のような姿をした夢魔が見えた。襲いかかってくる様子はないが、こちらをじっと見ながら薄暗闇を掻き分けて飛んでいる。
「獣であるだけ、マシというものだ」
「どういうことです?」
「人間の姿だと、メリーさんは戦いづらいだろう?」
ラトスは自身の身体と宙を漂う夢魔を交互に指差しながら、片眉を上げた。その言葉にメリーの顔が歪む。想像すらしていなかったのだろう。
「……それは、そうですね」
メリーの視線が、黒い石畳に下りた。
前にも後ろにも、今すぐ襲いかかってきそうな夢魔は見当たらない。周囲にいる夢魔は、いずれもこちらを窺っているだけであった。無論、隙を見せれば攻撃してくるかもしれないが、どれもこれも血気盛んというわけではないらしい。
「しかし、まあ。ずいぶんと上手く戦えるようになってきたな」
ラトスは足元をふらつかせているメリーに寄り、彼女の細い肩を支えた。
「でしょう?」
「とりあえず今回は自力で立てるようで、なによりだ」
「えええ……、そっちですか……」
わずかに紅潮したメリーの顔が、がくりとうつむく。
メリーの魔法の力には、大きな難点があった。高火力の代わりに、力尽きるのが早いのである。制御を失敗すればその場で倒れ、指ひとつ動かせなくなるほどだ。そうなったとき、ラトスたちはメリーを守りながら戦わなければならなかった。加えて戦闘後も、歩けるようになるまで休ませる必要があった。
「少し慣れてきたので……もう倒れたりしませんよ」
「そいつは朗報だ。引きずって走るのは面倒だからな」
「……せめて背負っていただけませんか?」
うつむいたまま、メリーが駆けだしていく。
追って、ラトスとセウラザも走りだした。
縦横無尽の黒い石畳の道。
前も後ろも、遠くが蜃気楼のように歪んでいてはっきりと見えない。
悪夢の回廊には、薄暗闇の空間と黒い道以外、なにも存在していないようであった。そのため目印となるものがなく、どれほど進んでこれたのか分からなくなっている。当然昼も夜もないため、時間の感覚も失わされていた。
不幸中の幸いなのは、どれほど走っても疲れることがないということであった。夢の世界の影響なのか、眠気も、空腹感もない。夢魔と戦うことさえなければ、延々と走りつづけることが出来そうに思える。しかしそれもまた、時間の感覚を失わせる一因になっていた。厄介なものだと、ラトスは薄暗闇の空間を眺めて苦い顔をする。




