兆しからはじまる 03
「この薄汚い回廊を生き抜けるよう、俺たちは今ここで、相棒になろう」
「……え?」
「俺がこの剣と信じ合っているように、俺も、あんたも、セウラザも。あと、そこの一匹もそうするんだ」
「ちょっと!? 名前で呼んでくれるー??」
「そこの某ペルゥもな」
言いながらラトスは、ペルゥの額を指で弾いた。思いのほか痛かったらしく、お道化た仕草も忘れた小さな身体が宙を転げまわる。驚いたメリーが、そそくさとペルゥの身体を回収した。守るように腕と胸で包みこみつつ、ペルゥの頭をなでる。
その様を見て、ラトスは心の内で唸った。
不本意ではあるが、今はこうあるべきなのだろうと。
時折見せるメリーのしなやかさが、周囲のすべてを支えつつある。慣れない夢の世界に明かりを点けてまわり、ラトスの思考力が暗闇に落ちないように気遣っている節すらある。真に、真に不本意ではあるが、その無意識の無私がラトスたちの間に必要であった。少なくとも、逡巡することなく剣を振り、補助し合える程度には。
ならば疑似的にでも実行する他ない。
ラトスは目を細め、ペルゥを撫でるメリーをじっと見つめる。そうしているうちに、不思議と現状の危機も悪いことばかりではないと思考が裏返りはじめた。
「少なくとも……メリーさんには道を吹っ飛ばせるくらいのとびっきりな魔法の力がある。それが分かっただけでも収穫だ。ペルゥ、そいつを使いこなせればこの先、楽になるはずだろう?」
メリーの腕の中から顔を出したペルゥに、ラトスは問いかける。間を置いて、ペルゥの小さな頭が縦に振られた。お道化ている様子もない。それを見て、メリーの表情から曇りが抜け落ちた。瞳を自身の手に向け、数度瞬きをする。
「……魔法の、力」
「そうだ。これからはその力を夢魔にだけぶつけてくれ、そうすれば怖いものなしってことさ」
皮肉を織り交ぜて笑うように言うラトスに、メリーが目を細めて苦笑いを返してくる。
「そう……ですね。しっかり、やってみます」
呟くように声をこぼしたメリーの視線が、上へ向いた。
未だに立ち昇っている黒い煙。崩れた石畳の破片まで巻き上げている。その黒い竜巻を見たまま、メリーが再びなにかを呟いた。その声はあまりに小さく、聞き取ることは出来なかった。なにかを思い出しているのか、虚ろな表情になったり、細かく震えたり、瞳の光を点けたり消したりしている。
「……大丈夫か?」
思考を彷徨わせたままのメリーに声をかける。するとメリーの瞳に光が点き、はっとした表情をラトスに向けてきた。
「……え、あ。……いえ、なんでもないです!」
なにかを取り繕うように、メリーが作り笑いを浮かべる。とはいえ憔悴しているようでもない。ラトスはそれ以上聞かないことにして、両手のひらをメリーに向けておいた。安堵したのか、メリーの細い肩がかすかに揺れる。
「……それならいい。気を取り直して、早速出発するとしよう。案内人を買って出たペルゥを先頭にしてな」
「あっははー! そうだったね! 任せておいてよ!」
「道を間違えたら、メリーさんの魔法で丸焼きにするからな」
「ひ、ひぃー!」
悲鳴と笑いを混ぜ合わせたような声が、薄暗闇の空間にひびいた。
メリーの肩から飛び上がったペルゥが、三人の前をゆっくりと飛ぶ。延々とつづいている黒い石畳の道を指し、「じゃあ、付いてきて!」と景気良く促してきた。それにメリーが誘われ、セウラザがあとへつづく。最後尾をラトスが歩き、三人と一匹は悪夢の回廊を進みはじめた。
薄暗闇の中、前後左右上下に歪んだ道。
遠くのほうが蜃気楼のように揺らいで見えるので、終わりなどないのではないかと錯覚させる。
しかし引き返す道などない。
例えメリーが道を砕いていなくとも、引き返すつもりはない。
ラトスは両拳を握ると、黒い塵を払いのけながら薄暗闇を睨んだ。




