兆しからはじまる 01
霧散した夢魔がいたところに、別の黒い影がふたつ。
ひとつは狼のようであったが先ほどの夢魔より小さく、もうひとつは人間の足と手が生えでた小さな球体であった。どちらもラトスたちに向かってじわじわと寄ってきている。敵意があるかどうかは分からないが、あまりの気味悪さにラトスは傷のある頬を引き攣らせた。
「メリー?」
唐突にペルゥの声が小さく鳴った。
呼ばれたメリーの肩が、とんと跳ね上がる。同時に目の前の夢魔に対して捻りだすような悲鳴をあげはじめた。どうやら今の今まで放心していたらしい。しかしメリーの肩にいたペルゥが身体を摺り寄せると、捻りでていた悲鳴が徐々に小さくなっていった。
「落ち着いて、メリー。あんなの、一瞬で吹き飛ばせちゃうから」
「ど、どうやって?」
「その、銀色の剣を振るの。あの夢魔に向かってね。あっちへ行けっていう気持ちを込めて、力いっぱい振るんだ!」
「本当にそれだけで??」
「本当に、そう!」
ペルゥに促されるまま、メリーが銀剣を抜き放つ。途端に周囲の空気が流れはじめ、メリーの銀剣へ集まりはじめた。その様は武具店で感じた風とは違い、突風を呼び込んでいるようであった。ラトスは妙な胸騒ぎを覚え、メリーへ寄っていく。
「い、いきますよ」
「おい、ちょっと待て、メリーさん」
「え、……え?」
ラトスの声に反応した瞬間、メリーの銀剣に光が宿った。
銀の柄頭に填まっている紅い宝石が煌めき、震えている。一見綺麗にも思えたが、どうもそれだけではないとラトスは感じ取った。慌ててメリーに手を伸ばし、銀剣を振るわないよう再び声をかける。直後、銀剣がさらに輝いて目を開くことも出来ないほどになった。
「う、わわ!?」
「おい、待て、メ……」
慌てるラトスとメリーの声を、光が掻き消す。
同時に、二匹の夢魔へと光の筋が飛びだした。その一閃はなにひとつ音を纏わず、二匹の夢魔を飲み込んだ。光の筋の中にわずかな黒い塵が見えたことで、夢魔が一瞬で消し飛んだのだと分かった。
「……ペルゥ、これは魔法みたいなものか」
光が消えた後の惨状を見回し、ラトスは声をこぼす。
黒い石畳の道が半分えぐれて、消えていた。無論、夢魔の姿形など残っていない。
「うん、まあ……そう!」
「こんな危険なことを……気軽に教えるなよ」
「もちろん、予想外だったんだ! 本当だよ! いやあ、きっとメリーには才能があるんだね」
「……そうか」
「あともうひとつ、予想外のことがあるんだけど」
ペルゥの視線が、えぐれて消えた石畳に向けられる。釣られてラトスも目を向けると、吹き飛んだ道のここそこから黒い塵が噴きだしていた。正常とも思えない光景を前に、「あれが予想外のことなのか」と問うと、ペルゥの小さな頭が縦に大きく振られた。
「たぶん、道が崩れ落ちる。ここら辺全部」
「……そういうことは冷静に言うな! おい、セウラザ! 逃げるぞ!」
「分かっている」
即答してきたセウラザの腕に、メリーの身体が掴まれていた。ペルゥが言うよりも早く、現状が危機的だと判断していたらしい。セウラザに掴まれていたメリーの表情を見ると、未だ呆然としていて、何が起こったのか分かっていないようであった。
「あっははー! ラトスー! ボクたちも逃げるよー!」
「笑うな、元凶。逃げ切ったあと、覚えておけよ!」
言いながらラトスは駆けだした。
直後、ラトスたちの背後で轟音が鳴りひびいた。足元の石畳も揺れ動き、駆けていく先の方まで深い亀裂が走っていく。




