再び森からはじまる 02
「なにかあったのか?」
「あそこに! あれです! 見えますか?」
メリーの指差す確度は、森の奥というより空のようであった。近寄り、傍に立ってみると、そこは他の場所よりも枝葉の数が少なかった。空だけでなく、森の先がどのようになっているかも見通せる。
「あれは……城壁、か?」
「ですよね!」
ラトスの言葉に、メリーが大きくうなずく。
木々の狭間から見えたもの。それは間違いなく人工物で、城壁のようであった。だいぶ離れているようであるが、辿り着けない距離ではない。途中に障害となるものなどがなければ、三日とかからないだろう。
「あれって、エイスの城壁ではないですか?」
「エイスの? まさか」
「でも、あんなに立派な城壁。他にあると思います?」
メリーの問いに、ラトスは否定の言葉が見つからない。
というより、心の中では深くうなずいていた。
諸外国から天上の国と称えられている、エイスの国。城壁もまた荘厳で、他の国にあるものと比べようもない。見間違うことなど無いと言い切ってもいいほど、特徴的でもある。
「だが、高すぎないか?」
ラトスは腕を組み、首を傾げた。
遠目に見える城壁が、高すぎるのである。エイスの城壁が他の国のものよりも高いとは知っているものの、あそこに見える壁の高さは尋常ではない。ラトスの記憶にあるものより、二倍以上高く見えた。
「うーん、あれくらいではないでしょうか?」
「……普段登城している貴族様が言うなら、そうかもな」
「……あれ。今、私のこと馬鹿にしてます?」
「いや」
「本当ですか……? でも、行ってみれば分かりますよ!」
メリーの声が明るくひびく。見慣れた光景を見ることで、奇妙な世界に戸惑わされた気疲れが晴れたのだろう。旅の途中といえど、故郷という安堵感は抗いがたいものだ。
「そうだな。……まあ、行ってみよう」
ラトスは呆れ顔を見せつつ、うなずいてみせた。
精神的に疲弊しているのは、メリーだけではない。自らもそうだとラトスは自覚していた。元の世界に戻ってきたのかどうかは分からないが、見慣れた街で少し足を休めるのは悪い考えでもないはずである。
ラトスの同意を得て、メリーの表情が明るくなった。「早く行きましょう」と、急かすようにラトスの腕を引く。ラトスは苦笑いしつつ、もう一度森の先にある城壁を見た。
不自然に高い城壁。張りぼてのような森。
違和感がふくらみ、不安を膨らませていく。
本当にこのまま進んでも、大丈夫なのだろうか?
そう思考した直後、ラトスの脳裏に影が落ちた。
現れた影に、一瞬驚く。しかし不思議と、不快に感じることはなかった。むしろふくらみつづける違和感を覆い隠していって、思考を明るくさせていくようであった。やがてすべての違和感を隠しきると、ラトスは目の前の光景に対してなぜ思い悩んでいるのか分からなくなった。現れた影がそうさせたのだと分かっていても、抗おうという想いも湧きあがらなかった。
森に、元気のいい声がひびく。
メリーの声だ。
「どうしたのですか、ラトスさん。早く行きましょうよ」
「ああ、分かっている」
メリーの大声に応え、ラトスは足を進める。
向く先の城壁がさらに大きく見えたが、それに対して再び違和感を覚えることはなかった。




