再び森からはじまる 03
森の中を進むほどに、ラトスは奇妙な感覚におそわれた。
エイスの外に似た森に、見覚えのある景色が重なっているからか。それとも、初めて足を踏み入れたはずの場所でも、何処を通ればいいか瞬時に分かってしまうからか。いずれにせよ、胸の奥を突き上げる違和感が尽きることはない。しかしもっとも奇妙なのは、その違和感がなにを意味するのか考えようとすると、思考に影がかかっていくことであった。
思考を覆う影が、ラトスの迷いを消していく。
ただ真っ直ぐに進めと、促されているようだ。
「メリーさんは、この辺りに見覚えがあるか?」
ラトスは先を歩くメリーに声をかける。するとメリーが跳ねるように振り返り、首を傾げた。
「いえ、特にはないですね」
「だが、エイスの外の森だとは思っているのだろう?」
「城壁が見えましたから。それがなければ、エイスの近くとは思わなかったかもしれません」
そう言ったメリーが、倒れている大木をとんと飛び越える。遅れてラトスも大木を越えると、その先にやはり、どこか見覚えのある景色が広がっていた。
「俺はなぜか、この辺りに見覚えがある」
「子供のころに来たとか、そういうものではありませんか?」
「さあ……どうだろうな。そうかもしれないが」
「きっとそうですよ。ほら、見てください。エイスにだいぶ近付きましたよ」
メリーの指差す先に目を向ける。枝葉の隙間から、エイスの城壁が見えていた。近付いてきたと言っても、城壁まではまだ距離がある。しかし目に映る城壁の高さはやはり尋常ではなかった。
「……すごいですね。こんなに立派でしたか?」
「あんたが言ったんだぞ。あんなに立派な城壁はエイス以外にないってな」
「あれ? そうでしたか?」
メリーが首を傾げつつ、目の前にある倒木を飛び越える。それは先ほど越えた倒木よりもさらに大きかった。追ってラトスも飛び越えようとしたが、メリーのように一足で行くことは出来なかった。仕方なく、両手をかけてよじ登っていく。すると倒木の向こう側からメリーが顔を出し、腕を伸ばしてきた。
「ずいぶん軽々と飛び越えたものだな」
「そうですか? うーん、なんだか今日は身体が軽いのです。そのせいかも。それよりもほら! あれを見てください!」
「どれだ?」
「あそこです。あれは城門ではありませんか!?」
よじ登った倒木の上から、メリーが指差すほうへ目を向ける。枝葉の隙間から見える高い城壁に、切れ目のような部分があった。よくよく窺うとそれは確かに城門で、エイスの造形と酷似していた。
「確かにそうだ。エイスの門そのものだな」
国の門は、国の出入り口である。どの国でも、国の象徴として特徴ある造りを心がけているものだ。エイスも例に漏れることはない。古い造りをそのまま利用していても、城門近辺だけは丁寧に整備しつづけている。それだけに、ラトスとメリーがエイスの門を見間違えることなど、あり得るはずもなかった。
「ということは……やはり帰ってきたのですね」
「帰ってきてしまった、と言うべきだがな」
「そう、ですね……」
メリーがうなだれる。
未だ、王女を見つけるどころか、はっきりとした行先も分かってはいない。今戻っても、まともに報告できることなどないのである。
「だが、街で情報の整理をするのも悪くはないだろう。頭が疲れきっていては、上手くやれるはずのことも出来なくなってしまうからな」
ラトスは大げさに両手を上げてみせ、倒木からとんと飛び降りた。
少なくとも、城下街に戻ればあの占い師の男にもう一度会う機会を得られる。これまで起こったことを話せば、さらに多くの情報を教えてくれるかもしれない。今は思い悩むより、さらなる情報収集と整理に意識を向けるべきだ。
「そう……ですよね」
メリーが困り顔でうなずく。王女のことを考えると、複雑な心境といったところなのだろう。しかし心身ともに疲れきっているのは、ラトスの目から見て明らかであった。わずかでも休ませて、今後も長く役立ってもらわなければならない。
ラトスは困り顔のメリーの背を叩き、城門に向けて歩きだした。
間を置いて、メリーも付いてくる。背から聞こえる彼女の足音に力を感じなかったが、ラトスは振り返らなかった。




