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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「壊れた少女」

彼女の過去編も後半戦に入りました。

どうか最後までお付き合いください。

 その後の出来事を、奏音は正確に覚えてられなかった。

 正常な判断とか、そういうものなんて、残ってやおらず、そこに在ったのは途切れ途切れの傷みばかりで。何度も意識を失いそうになる瞬間を、愛華の手によってどうにか回避できていた。

 愛華の助けに身を委ねつつ、意識の狭間で彼女はほんの微かに残留する記憶の欠片を搔い摘む。


 とうに授業は終了し、生徒は帰路についている。騒動が沈静化する前に拡大したものだから、今日の部活は中高共に全面禁止となったため、自ずと校内は閑散となる。

 奏音は今日一杯を安全な保健室で凌いだ。そこであれば彼女に逆恨みを抱いて、今朝のように襲い掛かることだけはないのだから。

 しかし彼女自身は、終礼の鐘がそれこそなり終えるまで自分のいる場所を理解していなかった。保健室という場所に避難させたのは、他でもない愛華なのだった。

 それほどに、彼女は目を暗まして、倒錯してしまっていた。

 休み時間の毎に愛華が彼女の元を訪れた。

 だけど、彼女の像を両の眼で認識できるようになったのは、つい先程のことだった。

 奏音は暗闇を彷徨う直前、突発的に投身自殺を図ろうとし、未遂に終わった事実を愛華は最後まで教ることはなかった。



 投身直前に奏音は、自分の奥底に燦然と確立されていた芯が完全に潰えた音が胸中に響いた。その音は実に気の抜けたものだった。奏音の元来の自我が崩れる前、如何に立ち振る舞っていたかがてんで思い出せなくさせていた。 

 憎悪と肉欲の泥――その海に何度も、何度も身を犯された自分にもう純真さなんてない、奏音はそのような諦観に抗う力をなくしてしまっていた。

 潔白を証明することさえもできず……不名誉なままで学園生活を終え、永遠に汚点が烙印として残され、人生が継続する、そう確信した。


「ねぇ……愛華」

「……奏音」

「私、退学になるのかな」


 愛華は少しして、否定した。


「そっか……ならないのか」

「奏音?」

「正直……残念かも」


 彼女は首を傾げる。


「退学になっていれば、全部終わっていたのかも」

「奏音、それは……」

「もう私は身の潔白を払うことはできない」


 簡単に言い切ると、なんとも身が軽くなったように奏音は感じた。


「誰も彼もが、蒼薬ブルー・プリズムを怖がっていた。身近な人が、薬の毒に浸蝕されていた。解決を望んでいた。その推理が嘘でもほんとでも、関係ない。誰かを据えたかったんだ、諸悪の根源として。そして、結果それが私になった」


 実にシンプルな話である。明快で、非の打ちどころがない。

 だって、誰もがそれで納得しているんだから。

 今回は実に、仕立てやすかっただろう――奏音は委員長という役職柄、目立っていた。出すぎた杭を打つには最適だ。


「実はね、さっき、霧谷先生が来たんだ」


 彼は白目を赤くさせ、腫れあがる程に涙を流して、彼女に謝罪した。


「霧谷先生は教員会議で最後まで、決定に抗ったらしい。混入の可能性が否定できてもいないのに私を犯人にするのは論理的ではない、教師が生徒に対してすべきことではないと」


 教師としての矜持を以て彼は真摯に目の前の現実に挑んだ。

 が、老翁の教員達の心を揺れ動かすことはできなかった。


「先生たちはもうどうするか、決めていたらしい」


 奏音を犯人にして、ただでさえ混沌を極める事態に終止符を打たせることを。

 彼女は生贄となったのだ。

 其処に最初から正義なんてなく、あったのは弱者を虐げる保身と強欲の化身。嗚呼、それに気づきもせずに、正義だのなんだのと踊らされていた私は道化かもしれない――そう愛華に打ち明けながら、彼女は自嘲した。何れにしても、奏音の主張なんて、あっさりと切り捨てられてしまうのだ。


「先生は必死に頑張った、私は何度だって彼にお礼を伝えたし、もういいよってくらいに彼は謝り続けた。だけど現実は小動もしなかった」


 奏音と世界を取り巻く相関は一切に改編の兆しを見せないどころが、悪化の道を辿った。残酷なものだ、これが彼女の運命というのだ。正直者が馬鹿を見る、そんな世界なのだと彼女は思わずにはいられなかった。


「それが今の私よ」

「奏音、深呼吸」


 愛華に促され、彼女は言われるがままに深呼吸をした。


「卑下してはいけないわね、またやってしまうところだった」


 そして彼女は続ける。


「実はね、悲しくないの」

「……本当?」

「もっと詳しく言うと、喜びも、怒りも、何も感じない。体は痛む一方だけど、情緒は追いつかない、今の私はそんな状態なの」


 奏音の()()という機能は既に欠陥品となっていた。

 傷物になった彼女の体は、再起できない程に破壊が進んでいた。


「食べる」


 愛華は保健室という場所を気にせず、鞄の中からサンドウィッチを取り出す。

 それをまたも千切り、彼女の口に運ぶ。


「美味しい?」


 だけど奏音は首を振った。


「美味しくなかった?」


 その問いにも首を振る。


「?」


 愛華は心底不思議そうな眼差しで見つめる。


「感じないの」

「……感じていない?」

「うん、味が……全然感じない。それどころか、何を食べても――変な味しかしない」


 愛華が下手なものを用意することはない。

 だけど何を食べても砂を延々と噛むような、じゃりっとした感触しかしなく、彼女の満腹中枢はまるで刺激されない。保健室で出された水も、泥水のようで――多量に摂取するとたちどころに腹を壊してしまいそうで、とてもではないが手が出せなかったのだ。

 その中でも、愛華が持ち寄ってきたものはまだかろうじて食べることができた。が、それとて無味無臭の淡泊すぎるのだった。


「……奏音、苦しいとは思う。でも、食べないと」

「わかっているよ、催さない程度にだけど、食べてみる。まだ……ヨーグルトとかなら、食べられるから」


 すると、彼女は物言わず奏音を抱擁した。


「……ありがとう」





「これから奏音はどうするの?」

「どうしよっか」


 彼女は既に自身が容疑者に仕立て上げられた事実が親の元に伝っていることを自覚していた。

 実際、それを示すかのように先から携帯が震えていたのだ。着信が出ないのならばと、メールに趣向を変えたらしく、既に十通を超える受信音が響いていた。

 しかし、彼女はまだどの一通も目を通せていない。

 もう内容なんて、すぐにわかってしまうからだ。


「たぶん……私はもう塾とかも、行かなくなる」


 それどころか、もしかすると引っ越しの騒ぎになるのかもしれない。


「誰がどういおうと今の私は凶悪な薬物をばら撒いた人間――噂が広まっては、逃げるように住居を遠くに転々とさせると思う」

「もしかしたら……勘当されてしまうかも」

「なら、私の家に――」

「いいよ」


 奏音は愛華がそういいだす前に、人差し指を彼女の唇に当てて止めた。


「さんざん迷惑をかけたもの、これ以上はかけられない」

「迷惑だなんて思っていないし、奏音が家にいると楽しい」

「そっか……」


 間違いなく愛華の等身大の想いそのもので、これ以上の拒否は逆に彼女の想いを無碍にするのではないかと憚られ、苦笑する。


「わかったよ、もし家に居場所がなくなったら……たまに遊びに行くね」


 すると彼女はわかりやすく、髪の毛をぴくりと上向きに浮かせてみせた。

 それはまるで動物の尾のように、実に可愛らしい仕草だった。


「……でも、一度は家に帰るよ」


 このまま勘当を食らうにしても、許しを得るにしても、一度は相まみえないといけない。

 それは実の父母だからこそだ。

 彼女はそのあたりの道理は、最後まで弁えていた。


「…………行ってくるよ」


 去り際に、奏音の後姿を愛華は眺めた。

 容赦なく吹き荒ぶ北風が、彼女は急激な恐怖感を煽られるような様相に駆られ、いてもたってもいられなくなり――


「奏音」


 彼女の名を呼ぶ。

 すると、ゆっくりと奏音は振り返る。


「今晩、待っている」


 愛華は続ける。


「病院の、いつもの待合室で」


 それに効果があるかは、愛華にも最後までわからなかった。

 だけど、どうあっても約束を結ばなければ――永遠に彼女とは再会できない。そう感じてしまったからだ。

 今の彼女には確実に自分が必要だ、その想いを信じて愛華は彼女にそう告げたのだった。

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