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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「ありふれた朝に、少女は変わる 前編」

久しぶりに前後編制です。

 咲来が斎藤を懲らしめてから二週間程の時間が経過した。

 それ以降、本当に咲来のお灸が通じたか、斎藤が奏音に、愛華に何かをしてくる気配はなかった。時折、鋭い視線を此方に向けて、何らかの計画を画策しようと考えている素振りを見せるが、咲来がその都度睨みを利かすのもあって、今日の今日まで仕掛けてくる様子はなかった。


「奏音」

「?」

「お昼」

 

 愛華は四限目の授業が終了すると同時に、とことこと、独自の擬音を立てながら彼女がくっついてきた。件の騒動が起こる以前は、彼女がおかしな行為をしているだけだったけれど、今やその行為自体が彼女の精神安定剤になっていたのは疑いようのないことだった。

 正直言うと、未だに奏音は男性に対する恐怖心は抜けきっていなかった。幻覚や幻聴、錯乱といった重度症状こそは回復し、痣や擦過傷といったものも完治の傾向にあった。だけども、根底にある深い心的外傷だけは彼女一人の力ではどうにもならなかった。

 クラスメイトは優しく接してくれるからこそ、小康状態を維持できてはいるが、実際に至近距離に接近されるのは耐えられない。真正面で恐怖している様子を見せると失礼に当たるから、必死に彼女は堪えている、が、机の下に隠れた掌は何時だって、震え、慄いている。

 心理内科等の医療技術は日夜凄まじい速度で発展を遂げており、足繁く通ったならばきっとその根を張った苦しみからも解放されよう。だけども、それはもう一度彼女にあの”地獄”を想起させること他ならない。そして今の彼女には、追体験できる精神力なんて何処にも残っていなかった。

 

 しかし崩壊寸前の荒廃した心の中で、ただ一滴の恵みは存在した。

 それは倉島愛華、彼女の存在だ。あの夜以降、愛華は彼女の精神的支柱になっていた。

 震えている手を、彼女が懸命に握ってくれる――そんなほんの小さなことで、救済できた。いまにでも狂ってしまいそうになる瞬間を、何度も乗り越えることができた。


「あのね、愛華」

「…………」

「流石に、もう自分で食べられるよ?」

「駄目」


 だけどいい意味で、奏音にとって、屋上のその食事会も悩みの種にもなっていた。


「口、開ける」

「いや、あのね、ぎゅむ」


 今日は何故か和食。もしやと奏音はふと思った。


 ――彼女、料理の練習をしているのでは?


 今迄は購買やコンビニで購入した食材が基本だった。無論、その時点で水準以上の味は保障されているけれど、栄養素にはやや問題が残っていた。だけど、数週間それに頼ったくらいで健康を害するなんてことはない。奏音も愛華も、まだまだ育ちざかりなのだから。

 今、愛華が奏音の口に運んでいるのは、コンビニ弁当ではない。どこから拵えたか、手製の弁当だった。当然奏音は作っていない、ということは愛華以外該当する人間がいないということが。それが決行の美味なのである。


(手の絆創膏――怪我なんかしちゃって)


 若干、愛華が依存……とは違う、面倒見が過剰になったというかなんというか、奏音は少し複雑な心境になってた。

 嫌ではないが、流石にクラスメイトがいる教室にて、あの時の屋上のような食べさせ方は恥ずかしいことこの上ない。それを見たクラスメイトは、男女限らずに黄色い声を上げる始末だ。

 ある意味、公開処刑に等しく、奏音は汗顔の至りだった。

 彼女の献身はうれしく思うが、彼女は未だに委員長なのだ――。だけど、それを不純異性交遊と断じてしまうのは余りにも愛華の思いを無視した酷な好意だとも思えた。だって勝手に拡大解釈しているのは、奏音だけなのだから。


 そして、暫く、数日もの間、考えに考え抜いた挙句


 ――まぁ、いいか。


 奏音は考えることを投げ出してしまった。

 さして弊害がないのだから、もう愛華に委ねようと思ってしまっていた。


「愛華も食べなよ」

「うん」


 愛華は自身で作り上げた少し巻きが甘い崩れかけの卵焼きを、ぱくりと噛みつく。


「美味しい?」

「美味しい」


 彼女は本当に感情の起伏に乏しい。が、最近はわかるようになった。


 食事をしているときは、比較的感情が豊かになる。

 美味しい食事の前では万人が平等ということだろう。

 そのとき、ふと愛華が虚空を見上げて


「今日、持ち物検査?」


 愛華が問いかけるように、首を傾げた。


「……どこで聞いたの? それ」


 一応、抜き打ちという体なのだ。

 聞かされているのは、奏音ら委員長格のみなのだ。

 だから、どこかで情報が洩れるのだろうけれど愛華が知っているのはおかしいのだ。

 だけど奏音は観念して吐息を零す。


「そうだよ……といっても、私や愛華には関係ないよ」


 やましいことなんて何一つもない。

 だから、別に抜き打ちでも何でもいいわけだ。


「さ、急いで食べちゃおう、移動授業だよ」


 受験期は進路によって、授業も変わるのだ。

 内部進学組と外部受験組を隔離して授業を行う。授業の速度も密度も、質も前者と後者では段違いなのだ。

 ところで、愛華はいつの間にか私と同じ外部受験組の授業を受ける。彼女にも彼女なりの目標があるのだろうと奏音は何も疑っていなかった。




「抜き打ちで持ち物検査をするよ」


 終わりの会での霧谷の一言が、教室は混沌に包まれた。

 霧谷が実行するなら、さほど騒ぎにもならず飾りに終わる。だけど、今日は違った。生活指導の体育教師が各クラスを受け持つのだ。

 男子にしても、女子にしてもそれは脅威以外の何物でもなかった。


 その体育教師は俗にいう、融通の利かないタイプの男なのだ。

 彼を前に、規則の曲解は厳禁だ――その違反の度合いにもよるが、待つのは教育的指導のみだ。

 校則遵守の番人と化したその男の前では、どれほど粋がった学生でも萎縮し、首を垂れるといっても過言ではない、という噂だ。奏音も愛華も世話になったことはないが、一度天音が前日に購入した化粧品を鞄に入れたままだったことがあり、こっぴどく絞られていたのは記憶に新しい。


「奏音……怖い?」

「ううん、大丈夫」


 確かに男性恐怖症なるものを現状患っているのは事実だが、目の前の先生は、確かに異様な厳しさを誇るが、生徒からの信頼も同様に厚い。それに愛華が危惧するような際どい噂が流布されることもない。

 この学園の検査は厳しく、学生同士が誤魔化し合わないよう、検査時は別室に呼び出される仕組みとなっている。よそ様の学園がどのようなのかは知らないが、正直過剰な気もしなくもない。


「今日……張り切っているね」


 先だって検査を終えた咲来が奏音のもとまでやってくる。


「前にもこういう抜き打ちはあったけれど……」


 入念ぶりに拍車がかかっている風に見える。何というか、学生一人一人に対してかける時間がいつもの倍以上なのである。単に鞄の口を覗くだけではなく、鞄内のものを生徒の手ではなく、教師自らの手で取りだして、整列させる程の徹底ぶりだそうだ。


「……蒼薬ブルー・プリズムを持っている学生がいる、という匿名の通報が入ったらしい」

「詳しく聞いていいかな」


 昨日、学校の問い合わせにて、蒼薬ブルー・プリズムが学園内に流通しているという情報が入った。任意とはいえ、本来は礼儀として記すべき個人情報が一切に記載されていなかったのだ。だから、本来ならば信憑性が皆無な情報として破棄される話なのだが、何分内容が問題だった。

 蒼薬ブルー・プリズム。学園でも蔓延し、実際に被害者が多数出現しているのもあって、まるで信用に足る情報ではなくとも、この持ち物検査をするに至るには十分だった。

 既に重大な事例に発展しつつあるため、警戒を厳にしたのだ。


「次、倉島愛華、来るんだ」


 彼女は奏音の方を見る。


「大丈夫だよ、咲来君もいるし」


 安心させるように彼女の頭をなでてあげると、渋々ではあるが彼女は指導室へ向かっていった。

いつもありがとうございます!

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