「好きと大好き」
応援ありがとうございます!
純度の高い百合を提供できるように頑張ります!
●奏音
傍から見れば異様極まりない食事は奏音が止めようと関係なく進んでいった。
「食べる」
愛華は少しでも奏音の気を、明るい方向へ運ぼうとする。
その試みなのだろうが、些か無理があった。
「あう」
奏音は為す術もなく、愛華のペースに乗せられてしまっている。
今まで自身の主張を貫くことは皆無だったというのに、いざ自己主張を開始すれば――かなり強引だった。ううむ、新たな発見だというのに何とも複雑だ、奏音は悶々とした気持ちになってしまった。
彼女がそうこう考えているうちに、またも包みから違う種類の甘さ満載の菓子パンを取り出して、同じ要領で彼女の口に放り込む。
「そんなにいっぱい……食べられないよ?」
「食べる」
何よりも、このままでは奏音は衰弱する一方だ。心なしか、彼女はここ数日で痩せ、やつれた印象を愛華は感じている。無理やりにでも食べさせないと、体力がなくなってしまう。そうなったら、完全に斎藤の操り人形になってしまう。そのために、以前に奏音がしてくれたように今度は愛華が自身の食事を差し出し始めたのだ。
「私の分」
「こ、これ……愛華の……」
「いいから」
「え、でも……」
いっそ肥やすくらいがちょうどいい風に愛華は思えた。
このまま奏音を家に帰したら、確実に食事量が減る。一時的だが、拒食症に見舞われるかもしれない。
「今日も、お風呂」
「きょ、今日は家に帰るよ!?」
「お邪魔します?」
「ええっ」
愛華は彼女なりに必死だった。
今度こそは奏音から離れまいと、こうなったら彼女も意地だ。
「ね、ねぇ、愛華――食べる、食べるけれどちょっと……ストップ」
「?」
一先ず食べるという意思を示したうえでの静止は聞いてくれた。
奏音の中で培養してしまっていた疑問とか不安とか、それらをひっくるめた質問を出した。
「愛華は……嫌いじゃないの?」
それは偏に彼女が未だに情緒不安定だったからもあって、今まで当然にあった自信が完全に失われていることに他ならないものだった。悲しみに耐えることは、愛華の力もあって解消されたけれど、今度は感情を爆発させてしまった自分に嫌気がさしてしまい、自分という存在を拒絶しそうになっていたのだ。その現れである問いに、愛華は迷わずに答える。
「好き」
即答故に、奏音は少し食い下がってしまう。
「気を遣わなくていいんだよ? 私なんて、何もできないんだしそれに……」
「わかった」
その愛華の言葉に、僅かに安堵するけれどそれ以上に絶望が大きくなった。続きの言葉を、聞きたくなかった。愛華の拒絶が、奏音にとっては紛れもない恐怖だからだ。だけど、奏音の予想は大いに外れた。
「大好き」
「え?」
「好き、じゃない。大好き」
「ちょ、ちょっと!?」
そう告げると、初めて屋上で食事したあの日のように再び愛華は踏み込んで奏音に顔を接近させる。
吐息のかかる距離、奏音はあの時以上に心拍が高まって、身体の温度が急上昇した。それが蒼薬によるものではないと即座に知る。その興奮にも近い何かは、愛華が直接的接触を図ったからこそであると理解して、奏音は逃げ場をなくして沸騰してしまった。愛華の芳香が、吐息が、音色が、視線が奏音にとって全身を擽るせいで、彼女は目を回してしまう。
もう無茶苦茶だ! 奏音はすぐ様にでもこの場から逃避したかったけれど、既に愛華は奏音に覆いかぶさる程の距離に迫っているので――もうどうしようもできない。
(な、なに!? いつもみたいに愛華が近づいてきただけなのに……)
このほろ苦くも、ゆっくりと舌下に充満する甘美は何なのか――奏音には到底わからなかった。それを知るにはまだ、彼女は人生経験が浅かったのだ。
(えっとえとえと……愛華が妙に……愛らしい?)
化粧などで着飾ってるわけではない。
いつも通りの少しだらしのない衣装と髪型だ、何の変哲もない私の知る限りの愛華その人である。だというのに、突如艶めかしくなったのは如何なる理由か。ほとほと推測ができずにいた。
「奏音は」
ある段階で――といっても、もう双方の唇が目と鼻の先だけど――そこでぴたりと止まった愛華は優しい口調で私の名を嘯いた。そっと吐息を吹きかけるように、甘ったるい声色だった。とろん、とした愛華の表情は緩みきっており、無防備も良いところだった。彼女の極度に気を抜いているようで、主人の懐に潜り込んで気を許す猫のようで。
「奏音は」
「わ、私は……?」
「奏音は……嫌い?」
やや説明の語句が足りなかったとはいえ、誰のことを指しているかがわからない程、奏音は朴念仁ではなかった。もうわかりきっている、けれど……聞き返さないと彼女は別の意味で高まりを抑えられないでいたのだ。
「わ、私も……だよ? えっと、その」
「?」
「好き、だよ?」
「大好き?」
「ええええっ」
奏音の脳の処理は既に限界を起こしており、オーバーヒート寸前だ。
それが誰にでも見て取れる程に奏音の顔は赤く赤く燃え上がっていた。
「そ、う、うん、大好きだよ?」
その言葉を聞き終えると、愛華はぎこちなく微笑んで、奏音から身を離した。
「え?」
奏音は意味が分からなさ過ぎて、素っ頓狂な声を出してしまった。
気づけば愛華の手には再び菓子パンが握られており、
「続き、食べよ?」
「ええっ!? このタイミングで!?」
そのようなやり取りの後に、どうして普段通り食事ができるものか、奏音は幾つもの文句にもならない言葉をつらつらと重ねたけれど、当の愛華は奏音の不満に気づいていないのか――きょとんと小さな首を傾げるばかりだった。
そう、倉島愛華はいつだってマイペース。
奏音はというとそれを忘れて、生娘らしい純朴な妄想を育んでいただけに過ぎないのだった。




