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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「少女と少女、接触と拒絶」

投稿が遅れてすみません!


 放課後、奏音の代わりに愛華が……咲来に全てを話した。 愛華は普段は何があっても咲来とは顔を合わせないように、不可能な時は奏音を介していた。が、今日に限っては彼女は自身の問題をかなぐり捨てた。奏音が保健室のベッドにて絶望する中、その説明は進行した。全てを聴き終えた咲来は怒気を露にした。

 壁に自身の拳を打ち付ける。それでもなお、彼の怒りは収まる様子はなかった。。


「篠崎さん、君は少し……学校を休んだ方がいい」


 奏音はあの時、咲来蓮人に発見された時点で心が壊れる寸前で保てていた精神が、完全に瓦解した。愛華が咲来に事情を話すと、彼は絶句していた。奏音は怖かった、彼からの拒絶がこの世の何よりも。だけど、拒絶することはなかった。


 だけど奏音は耐えられなかった。

 咲来はいつだって清廉だ。黒に染まることのない、私の理想の人。そんな理想の人と、合わせられる顔はない。

 自分はとうに汚れた存在だ。誰がどう否定しようと、奏音はそう主張し続けるだろう。


「私は……私は…………」


 奏音は踠きながら言葉を無理にでも捻りだす。


「……止めなきゃ、いけないんだ…………天音のために…………」

「言っている場合かい!?」


 彼は感情的に叫ぶ。


「……奏音、震えてる」


 奏音は彼の大声に震えてしまっていたようだ。 咲来は目を逸らして、キュッと自分の唇を噛んでやる瀬無い顔をして、席を外そうと立ち上がる。去り際に彼は最後の説得を試みる。


「すまない……だけど、これ以上学校に居続けるのは危険だ」


 彼なりに語気が強まるのを懸命に抑えようという、強い意識が漏れ出ているのか……言葉尻が不安定になっている。それ程に今の彼は感情的になり、怒りを振り払うことができずにいたのだ。


「……でも」


 奏音は思う。

 なんて優しい人だ。

 だけどそれが私には、辛すぎて


「斎藤は止まらないよ、先生に報告すれば休学にできるかもしれないけれど……それでも彼はああいう性格だ。むしろ報復に出るだろう」


 悲しすぎて。

 彼の主張が全く間違いでないことも余計に奏音のぐちゃぐちゃな感情の悪化を促進させた。実際、斎藤から逃げ果せるには、暫く学校を休むのが最適だろう。


「…………それでも、私は……休めないよ」


 もう自分に退路はきっとないんだ。

 逃げても、立ち向かっても--結果は変わらなかった。もう何も変わらないんだ。

 彼の言葉を受けても、奏音の曇った眼は晴れることはなかった。


 話は平行線となったが、わかることは咲来の主張は間違いなく奏音を思ってのことだということ。愛華は一歩引いて、咲来と奏音のやり取りを見ていたが、そう感じられた。


 



 だけど奏音は今日一日、完全に殻の心だった。

 クラスメイトが何を問いかけようとも、乾いた返事しか戻らずに、焦点が定まっていない彼女の視線に皆、疑問を抱いていた。だけど、誰もその蓋を開けて彼女のことに触れようとは思わなかった。


 愛華は、それを見ていて、辛くてならなかった。


 いつも皆のために奮闘し、皆の笑顔の為に四苦八苦しているというのに……誰も彼女が絶望に堕ち続けている現実から救いの手を差し伸べようとしない。


 酷過ぎる。


 無関心を徹底していた筈の愛華が、途方もない嫌悪をクラスメイトに向けるようになって……はたと気づく。奏音は何度、そうなっても想いを裏返すことなく笑顔を振りまいていたかということを。

 今、斎藤浩二はいない。

 散々に奏音を虐げた後、街へ消えていった。

 残されたのは伽藍になった奏音の抜け殻だけだ。

 今だからこそ、彼女と共に過ごすのだ、愛華は決めた。


「奏音、お昼……食べよう?」





 屋上。

 今日は奏音も弁当を作っていないので、以前のように事前に購入されたパンを幾つか食す。だけど、食事が進むのは愛華だけ――奏音は、一向にパンを口に運ぶことなく、虚空を見つめていた。ずっとずっと心ここに在らずでいた。


「食べなきゃ、駄目だよ」


 愛華は自分の食事を置いてまで、奏音の近くによって、奏音が食すはずのパンを手に取る。そして簡単に咀嚼できるように小さく手で千切って、奏音の口元へ運ぶ。だが、否定も肯定もしない彼女に愛華は増々以て不安が強まる。


「好き嫌い駄目、食べなきゃ、健康にならない」


 ここにきて漸く彼女は首をふるふると弱々しく振る。


「辛いけれど……食べなきゃ、死んでしまう」

「………………いらない」

「奏音」

「……いらないってば」


 そういってようやく行動を起こしたかと思えば、彼女は弱々しく首を愛華から背けた。そしてほんの少しだが、語気が強くなっている。愛華は、奏音が完全に無気力の抜け殻に成り果てているわけではなさそうだ--それならば、まだ救えると思った。


「駄目」

「……しつこ――ぎゅむ」


 口答えする彼女の口に、無理やり小振りなパンの切れ端を押し込む。指ごと、ちゃんとパンを舌にのせる。


「美味しい?」

「…………うん」


 よし、成功だ。愛華は内心で僅かに笑みが生まれた。


「もっと食べる」

「……入らない」

「入れるの」


 また一つ、無理に彼女の口に押し込む。


「やめてよ……私の口の中、汚いから」

「汚くない」


 彼女は乱暴に男性器を押し込まれ、挙句精液の遺棄の場として酷使された自身の口内を、いや、全身を酷く卑下している――無理もない話だが、愛華は何の気にもならなかった。奏音とて、直後に口内を多量の水で濯いでいるし、そうでなくとも愛華が気圧されるなんてことは一切にない。

 あとは奏音当人の気概のみだった。 

 だからこそ、愛華は平時通りに彼女と接する。それが彼女の凍った精神を溶かすと信じているから。


「美味しい?」


 一口、また一口と彼女の口に運んでいく。一つ一つがかなりの少量であるため、喉を詰まらせることもなく、奏音が止めなければ延々と続くとまで思えた。

 今の奏音はそこまで辛抱強くなかった。


「あ、あの……」

「…………」

「美味しいから…………」

「……」

「いったん、止めて?」


 奏音は愛華についに降参した。

 すると、ぴたりと愛華は口に運ぶのを止める。

 気づけばパンは一つ丸ごと消費しきっており、愛華の指にはパンのクリームが僅かに付着していた。それに気が行った愛華は迷わずその残りを自身の口に運ぶ。


「あっ……あの、私の唾液、ついてるよ?」

「?」

「そっか……気にならないか、そっか……」


 愛華の想定していることとは別の感情を奏音は抱いているようだ。


「マナー、悪いよ? 愛華」

「でも、奏音、笑った」

「!」


 その言葉に奏音は心底驚いたようだ。


「確かに笑ったけれど……これは苦笑いだよ……」

「苦、笑い?」


 愛華は普段の笑いと苦笑いの差異を到底理解できないでいるようだが、それも平常運転のようなもので――愛華は特に気に留めることもなかった。

 そんな引き気味の苦笑でも、彼女は笑うきっかけになった。

 そしてゆっくりと、苦笑いが微笑みに変わり、気づけばれっきとした正真正銘の笑いに変わった。

 笑って、笑って、そして涙が今度は止まらなくなる。

 愛華はタオルを取り出し、水滴の一粒一粒を取りこぼすことなく拭き取っていく。


「やっぱ駄目だね、まだ、情緒不安定」


 奏音は乾いた微笑をほんの数舜だけ浮かべるが、堰き止められない涙の粒が表情を上塗りしていく。


 愛華の献身があったとしても、これが限界だった。先のような極端な恐慌状態による自傷行為などは制御できたとしても、喜怒哀楽のなかの哀は簡単に分離できる話ではなかった。如何に会話を盛り上げて、喜楽を常に維持できるように全霊で心がけても、些細な衝撃一つで即座に哀しみに切り替わる。

 心的外傷とは、そのような些細なきっかけで起こって、深刻化するものだ。

 感情に乏しい愛華は的確な言葉を彼女に投げることができないから、献身であることに尽くした。だけど、実際にそれが奏音の精神安定に大きな役割を買っていたわけで――今朝咲来と遭遇した時のような、パニック障害を引き起こしてしまう問題だけは通過できたといえよう。偏に愛華の功績に他ならない。


「苦しい時は泣いていい」


 愛華は安易に泣かないで、だとか、前を向いてだとか、当事者の気持ちを無視した言葉を投げかけたりはしない。時として、それが最善であれば逃げの一手だって提案する。

 今、ただでさえ奏音は体を壊してでも前進しようとしている。

 それだけは回避しないと最悪の結末を迎えてしまうかもしれない。


 だからこそ、愛華は奏音の全てを肯定した。

 人付き合いが苦手な彼女ができる、たった一つの恩返し。

 昼下がり、そんな些細な出来事だけれども、奏音のボロボロの心に優しい光を差し込ませたのだ。


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