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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「ハダカの交流」

辛い時には百合です、お楽しみください。

 背中で安らかな吐息を立てて眠る奏音を見て、愛華は一時だけの限定した安堵を感じた。


 だけど、これは根本的に何の解決にもなっていないことは彼女自身にもわかっていた。

 確実に、斎藤の猛攻は止まらないし、十分に機能するストッパーをそもそも有していない斎藤が調子づくのは、ある種確定した未来になってしまっている。


 彼女とて指をくわえて傍観する気なんて端からない。

 奏音に対する恩義を、絶対に返したいと強く思う裏腹で、実際問題として倉島に為すすべない現実を、彼女自身が一番に理解していた。


 恐らくそれでも奏音は人を信じ続けるだろう。


 月石天音の一件が彼女の心を縛る以上、彼女は最後までこの泥沼で足掻き続ける。自分が完全に頭部までその泥に犯されようとも、彼女は蒼薬ブルー・プリズム……いや、それが取り巻く運命そのものと対峙し続ける。

 そう決意してしまうと、彼女のその精神が反転する日もそう遠い未来でないように思え、倉島愛華は強く歯を噛みしめていた。

 倉島の“力”では、肉体的に勝る斎藤を下すことは間違ってもできない。恐らく組み敷かれ、制圧されるのが関の山だ。それに彼女は心の奥底で常に危惧していた。単に斎藤浩二という不良集団が徒に薬を頒布して、私腹を肥やしている事件だけだとは決して思えないのだ。深淵に潜む存在が、彼女の推測通りならば――その存在もきっと、同種の“力”を持つ。そう乱発できるものでもないし、攻略されれば彼女の敗北は確定的だからこそ、最小限に使用は留めたかった。


 だけどその決心は、倉島愛華が篠崎奏音との接触を開始する前までのことだった。


 彼女自身も、面を食らった――拒絶を覚悟していたというのに、奏音はこともあろうか倉島愛華という存在を受容するどころか、親身に接した。だからずっと一人だった倉島愛華に人としての情が、発生してしまったのだ。

 今すぐにでも、秘密を開放して彼女を救いたかった。可能ならば、斎藤らを奏音から遠ざけるために、自分が嫌われ役を買って彼女を監禁することだって辞さない、と思えるまでに愛華は心変わりしてしまっていた。だけど、そんな凶行に走ろうとも彼女は、学校に向かう。

 それが、篠崎奏音の本質だから。

 誰にでも笑顔を振りまき、笑顔を齎す。それが何度踏みにじられ様と、嬲られようと、彼女の性質が反転しようとも……根底にそれが残り続ける。これから迫る彼女の受難を僅かながらでも緩和できるように動く、それが無力な倉島愛華にできることの最大だった。

 せめて彼女に自身の力を最大限に継承できたら、そう強く想いを固めるのだった。


「奏音、ついた」


 愛華は、今なお奏音を背に抱きつつ、そっと自分の部屋のある階下まで足を動かし続けた。




●奏音

「お、お邪魔します……」


 本当に彼女は私を家まで運んだようだ。

 彼女の住まう家、部屋というのはその人間の嘘偽りない趣味嗜好を垣間見れる数少ない機会だ。ましてや日々の生活がベールに包まれている倉島の生活を見ることができるのなら、と私の中の悪魔が大変失礼なささやきを繰り返すが、全く気にならないわけではない。

 食生活のバランスが崩壊しがちな印象がある彼女の生活空間はいかなるものか、それに興味がないといえば嘘になる。

 が、結論から言えば、そこに生活感と呼べるものは存在していなかった。

 畳と木材で形成される和室の一部屋のみの空間が眼前には広がっており、あるのは一人二人分の食事が置ければ十分なこぢんまりとした机と座布団。あとは壁際に服と鞄をかけているだけで、その服も替えの制服のみ。私服と呼べるものも寝間着も、見当たらなかった。

 扉をくぐるとすぐに、小規模なキッチンが右側に面しているが、使用感が余りにもないのを見るに、恐らく彼女は引っ越し後、一度も使っていないのだろう。左側には浴室とトイレが一体化した部屋だ。流石にそこは利用しているからか、リビングよりも物が散らかっている。が、それでも最小限のタオル、生活用品のみなので私の家なんかよりかは殊更に清潔だった。


「今、お湯沸かす」


 そして愛華は懐から薬を取り出した。


「帰り道で買った」


 これは……アフターピル?

 彼女は二つしかないコップの片方に水を注いで、私に出した。


「あ、ありがとう」


 実に用意周到ぶりで困惑気味だが、今はそれに救われているのもまた事実。

 薬を水で飲みほして、部屋の壁に腰かけて、じっと部屋を眺める。

 本当に何もない、驚きだった。

 倉島は、このような部屋で休日はそれこそ一日中過ごしているというの?

 私には耐えられないだろう、テレビやラジオもなければ、本も、娯楽用品が一切にないだなんて。教科書の類も、学校に預けているのだろうか――一冊も見当たらない。

 

 部屋の観察も程々に、彼女が準備を終えるまで静かに待っていた。

 凡そ十分もすると、制服の腕を捲りあげた彼女が戻ってきて、私を担ごうとしてきた。


「ん……大丈夫、そろそろ……立てる、よ」


 壁伝いにもたれかかるように、時間をかければ動けるようになっている。

 だけど、愛華は私が一人で行動することを許さなかった。小さな体で私を絶対に離さなかった。気持ちは嬉しいが、恥ずかしい。だけど、有無を言わせずに浴槽まで連れられた。


「じゃあ、入ってくるよ……」


 といった段階で、既に愛華は脱ぎ始めていた。


「あ、倉島さん先はいる? なら私は後で――」


 すると、彼女はきょとんと、とても不思議なものを見るような表情を浮かべている。


「一緒」

「ええっ……」

「嫌?」

「そんなことないよ」


 ただ、驚いたのだ。

 私の解答を前に彼女は既にほぼほぼ生まれたままの姿になっている。

 それに気圧されるように私は後ずさってしまったため、彼女にあらぬ不安を抱かせてしまったのかもしれない。


「手をあげて」

「へ?」


 彼女のいきなりの指示に戸惑いつつも、気づけば従ってしまっていた。

 すると、万歳させられて服を脱がされる子供の要領でぼろぼろの衣服を剥がされてしまった。

 いや、確かに同性同士とはいえども……まじまじと眺められるのはどうなのだろうか?


「入る」

「う、うん」


 彼女がシャワーのノブを回すと、湯気を立てながら暖かい水が勢いよく飛び出る。

 それで軽く体と髪の毛を流すと、無論だが、ある箇所だけを入念に洗う。

 そして、彼女の先導で湯船に入る。

 どうしてか……対面して。


「あ、あの……」

「……?」

「その不思議そうな顔やめて?」


 不思議なのはこっちの方だ。

 だけど……悪い気持ちはしなかった。

 すると、彼女は何を思ったか、私の頭をなで始めた。


「えっと……何?」

「…………」


 私が真意を掴めないからか、彼女は意匠を変えて、肩まで浸かっていた湯船から立ち上がって、ぐっと近寄った。


「え、え……なに?」


 体に乗りかかるように、前へと進んできたかと思えば、私の頭部にその手を回してぎゅっと私の頭部を胸部に押し付けた。


(やわらかい……じゃなくて)


 何がどうなった?

 彼女がいつもに増して珍妙な行動をとり始めた。

 ていうか……なんだ、妙に劣等感を抱かされる。これが胸囲の格差社会というのか。

 かくいう私は……まだ未発育なだけ、うん。


「どうしたの?」

「無理しないで」

「えっと……ごめん、どういうこと?」

「辛い時には泣いてもいいし、逃げ出したって」

「私は――」


 止まってなんていられない。

 自分から踏み込んだ問題だ、浅慮が生んだしっぺ返しに精神を摩耗させ、逃避していては天音を救えない、第二の、第三の天音を生んでしまう。それはきっといけないことなんだ。だから、だからこそ――。


「月石天音は奏音のせいじゃない」


 違う、違うよ。

 私がもっと早く彼女の異変に気付いていれば、救えた、はずなんだ。


「私が――」


 それなのにどうしてだろう。

 誰のせいでもない、その言葉を聞いた途端に心が何処か安定し……涙が止まらなくなった。自責も、後悔も、恐怖も何もかもが綯交ぜになった感情が倉島の一言で堰き止めるものを失った。


「ごめんね、倉島さん……ちょっと……感情的になるかも」


 彼女は私の後頭部の髪を優しく撫でる。


「怖いの」


 きっと明日以降も、斎藤は私を嬲ることをやめない。

 行為の最中に何枚かの写真を撮影していたのが、その確たる証拠だ。それで私を強請り、欲求の捌け口として、昇華され続ける。


「学校、休む?」

「駄目なの」


 休めない。

 それは両親が絶対に許さない。許してくれない。


「私には斎藤君をどうにかできる力はない。言葉でしか、彼に何かを伝えることはできない」


 言葉で彼を変えることの難度の高さを、私が一番理解している。


「だから、外では弱音を吐かない。どれだけ暴力を振るわれて、レイプされても――私は解決を目指すよ。天音の為に、ううん、私自身のために」


 私は彼女の背に手を回し、彼女の気持ちに応えようとする。


「だけどね、今日くらいは……弱音はいていいかな」


 すると、彼女はほんの少しだけ胸部から私の頭を離し、今度はじっと私の顔色を窺ったと思えば、今度は子を抱く母のようではなく、真正面から私の身体をぎゅっと抱きしめた。





「ねぇ、倉島さん」


 風呂を上がって、互いにドライヤーで髪の毛を乾かして数十分。

 時刻はとうに日付を跨いでおり、諸々の疲弊もあって、私達は床に吸い込まれるように倒れた。布団はなく、畳に雑魚寝と、少々行儀が悪いが……今日に限ってはよかったと思う。冬だというのに、部屋は常に温暖で――再び衣服を纏うことさえも馬鹿馬鹿しくなる程に、絶妙な居心地だった。

 軽く下着だけを羽織って、彼女と横たわるように眠る。部屋にただ一枚だけあった大き目なタオルを二人で共有するように、肌を寄せ合うように添い寝る。


「倉島さんは、ずっとこうやって暮らしているの?」


 彼女は頷く。


「時々……さみしくなったりしない?」

「……そんなことは、ない」

「……そっか」


 彼女の始まりが、私は気が気でならなかった。

 どこに生まれ、どこで育ったか……取り留めのない質問が続く。


「倉島さんは、何処から引っ越してきたの?」

「……遠い、遠い世界」

「世界? ああ、外国のこと? どんな場所だったの?」

「自然が豊かだった。この世界ほど文明は発達していないけど、人はいた」

「その世界で……倉島さんは育ったんだ。帰りたいと思う?」


 すると、彼女は長考した後に否定した。


「戻れない」

「……戻れない?」


 それは金銭的な意味か、それとも精神的な意味だろうか。


「……絶対はないと思うよ」

「?」

「戻りたいって意思があるのなら……きっと戻れると私は思う。それに、私は倉島さんの故郷に、行ってみたい。すごく興味がある」

「いいことなんて何もない、そこには」

「でも、倉島さんはいるよね」 


 すると彼女は少しの間目を見開いて私を見つめた。


「なんか……違和感が……そうだ、倉島さん」

「なに?」

「愛華って……呼んでいいかな」


 倉島はいつの間にか私を下の名で呼ぶけれど、私はそうではなかった。

 私は気にしないが――他人に対しては許可なく下の名前をなれなれしく呼ばないようにはしている。天音の時だってそうだ、きちんと聞いた。几帳面すぎと笑われてしまったけれど。

 彼女は何も返さなかったが、すすす、と体を密着させてきたのを見るに……拒絶ではなさそうだ。


「愛華、明日からもよろしくね」


 私は今、地獄の中にいる。

 容易に脱出できない無間地獄の奥底に。

 だけど、愛華がいてくれれば……ほんの少しだけ、その虚無の空間に光を照らしてくれる、そう思える程に私は愛華に心を開いているのだと、今日知ることができた。

 それだけでも、きっと意味のある--私はそう信じて重い瞼を閉じた。

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