「”ひねくれ”の前触れ」
いつもありがとうございます。
辛いときには百合を適度に挟んでいこうと考えています。
救急車は天音の身体を傷つけないように、だけど必要以上に時間をかけずに病院に入っていった。
搬送後は緊急治療室に運ばれる。そうなっては少女達にも何もできなくて、治療室の前で立ち尽くして趨勢を見守るほかなかった。天音の両親は、現在国内にいないようで――父母共に辺境の地へ出張中だという。彼らが各国を飛び交う職だとは聞いていたが、父母共に揃って家を後にする機会は一年の中でも珍しい出来事だが――天音の身に危機が襲ったときに限って、それらの最悪の偶然が合致した。
そして、これもまた不運の連続か……父母が帰国するには、早くてもあと数日はかかるそうだ。当然、天音の様態は病院から連絡が入るが、それでもだ。故に天音の孤独は尚も続く。親族ではない奏音たちは余り踏み込むことはできず、病院側が面会を許可するまでは……彼女を見守ることさえもできなかった。
だけど、奏音は帰る気にはなえれなかった。
母に事情を説明して、今日は病院に残ることにした。否、厳密に言えば許可は一切に取れていない――後に説教が待っているだろう。それでも、今日は素直に、真面目になんてできずに彼女は覚悟を決めた。
「倉島さんは……大丈夫?」
寝泊りはあくまで奏音の独断であって、愛華自身の意思は反映されていないものだ。
まだ最終便のバスには間に合う、だからこそ、きちんと彼女の意見を聞かないとならない。
だけど、愛華は奏音に異を唱えることも、帰宅を示唆することもなかった。
「私たちが、いてあげないと」
愛華自身からのその言葉に、奏音の顔が綻ぶ。
「?」
--よかった、私の心配は懸念に終わった。
天音と倉島も、しっかりと絆で繋がっていた。そう考えると、こんな状況でも奏音はうれしい気分になれた。そして奏音と愛華は、夜を明かそうと思った。
天音がいつ目を覚ましてもよいように――彼女が孤独でないように。
翌朝になって、霧谷や咲来は到着した。
「よかったよ倉島さん、二人が――」
しかし、そこに彼女の姿はなかった。
(あれ……お手洗い、かな?)
行動こそは読めないが、無言で去るなんて、珍しいことだ。
「どうかした?」
「え、ううん……」
到着した咲来が奏音にそう問いかけた。
だけど、
「何もないよ」
被りを振る。彼女に何らかの意図があるのなら、それを邪魔するわけにはいかないからである。
彼女は二人の顔を伺う。
霧谷も、咲来も――昨晩中、かなり東奔西走をし、確認作業に追われていたようだ。一晩経過したというのに彼らの顔から疲弊が抜けきっている様子はない。
「天音さんの様態は芳しくないけれど、峠は越えたようだよ」
担当医と数十分にもわたる報告を受けた霧谷が緊急治療室から姿を現した。
昨日夜を明かした二人とも、咲来も天音の経過報告を知る権限はなかった。だからこそ霧谷に任す他なかった。
「教員達も対応に追われているよ。この学園に限った話ではなく、一般の公立高校でも薬物が流通していると聞いている。天音さん程重度な例はそうないけれど――」
「先生」
咲来が霧谷の言葉を途中で制する。
「言葉に気を付けてください」
彼からの忠告で、霧谷ははっとなって、
「……申し訳ない、デリカシーに欠けたようだ」
「いいえ、大丈夫です。咲来君、ありがとう」
そう告げると、咲来も遠慮がちに奏音を見て、思いを吐露する。
「幼馴染で、近所に住んでいるというのにもっと早く気づけなかった。ある意味、僕の過失でもあるんだ」
「咲来君……」
咲来は天音と近い人間だった。最近こそは交流はなかったが、関係が他者よりも希薄になることは一度もなかった。対面すれば和気藹々と会話するし、時には恋愛相談(天音からに限る)をするくらいには密だった。
だからこそ、彼には呵責を私以上に強く抱いているし、それを否定できない。
「だからこそ、何としても止めなければならない」
「ええ、そうね」
そうだ、後悔をせずに突進するのは愚者の行動だ。されど後悔で一歩も前進できないのはそれ以上に愚者だ。奏音たちは前に進む義務がある、一刻も早く、薬の流出を止めなければ。
「咲良君、霧谷先生……提案があるの」
「……篠崎さん、本当に君は彼女にも協力させるつもりなのかい?」
霧谷の問いに、私は力強く頷く。
奏音は彼女が戻るのをただ待った。すると、思念が届いたのか――彼女は警戒をしつつも戻ってきてくれた、彼女の後ろに常に隠れるようになっているが、彼女にとっては大きな進歩だろう。
最初、愛華を加入させたいと提案したときは霧谷に咲来、双方が異なる色を示した。加入への拒絶というよりも、純粋な疑問に近いものだった。どちらかといえば、彼女が信用に足るのか、そして働く意思が彼女にあるのかが気がかりなのだ。
「倉島さんは別口で蒼薬についての情報を共有しているようです」
「別口?」
その言葉にやはり食いつくだろう。
「具体的にはそれが誰なのか、教えてもらえないかな」
霧谷の心配も最もだ。
愛華が誤情報を掴まされ、利用されている可能性を否定するためにも情報口を知る必要があった。そして奏音も確かに気になっており――彼女がどうして蒼薬の情報、それも副作用など、奏音達が到達していない観点の知識を得たかが。
(うん、彼女口下手だし、意思表明も苦手。だけど協力し合うって決めたから)
「大丈夫? 倉島さん」
彼女はある程度の交流を重ねなければ、私と対面したときのような会話はできないタイプだ。今は霧谷と咲来がいるものだから、クラスの中での状態になってしまっている。
流石に彼女自身もそれでは意思疎通ができないかと模索したのか、結果、摺り寄って奏音の腕を一度揺らすことで肯定、二度で否定を示すこととしたようだ。それならば、多少の質疑応答も可能になる――彼女なりの策だと素直に奏音は感心した。
そして彼女は、霧谷の問いに対して、一度揺らす。
話したくない、或いは話せる状況ではないのだろう。知る者として、絶対に無理強いをさせない。そのために、
「きっと、情報提供者も危険な橋を渡っているのかもしれない。だから……倉島さんを、信じよう?」
愛華は、口数こそは少ないけれど、他者を嵌めることはしない。それは奏音が保証できた。
そうやって第三者の言葉で如何にか警戒を解きほうごうと試みる。
「……そうだね。だけど倉島さん、もしも危険だと判断した場合は、無理にでも聞かせてもらうからね」
霧谷のその教師としての立場からの比較的強い命令に――一度は愛華も、反応を遅らせた。彼女なりの逡巡が、身の震えとして伝ってくる。だけど、彼女が無理でも私が代弁者になればいい、奏音はそう決断していた。彼女が一人で苦痛だと言うのなら、自分が共に立って彼女を支える。直前に自分が動転しているときに彼女がそうしてくれたように。
安心して、私がいるよ--奏音が眼差しをそう愛華に送る。
すると、少し遅れて彼女は私の肩を一度揺らしたのだった。




