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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「それはきっと明日になれば その3」

 漸く天音の宅の前に着く。杞憂に終わったが、実に長い旅路だった気がする、奏音は回顧を繰り返しながら心の安寧を楽しんでいた。彼女の知る限り――といっても、天音と出会ったのは凡そ三年前だけど、彼女の家に足を運んだことくらいは何度もあった。故に、そう遠方な場所ではないことも十二分に理解しているはずだというのに。今日という日は実に、当然に流転する時間そのものが鈍重に、あたかも静止するかのように感じられた。

 その、あくまで個人の主観に留まる話だ、隣の倉島はその一意的な時間の”風”をどう受けているのだろうか--彼女にとって天音は、単なる知人程度にとどまっている。奏音と交流を図っている故、自ずと応答する場面は多少なりとも増えた。が、それでも頻度は知れているし、彼女を抜きにした一対一での対話が執り行われている場面はそうなかった。最初は訝しんでいた天音だが、いつしか彼女を受け入れていたし。


 だからこそ、彼女が心配でならなかった。

 が、悩み事に関しては今日に関してはお休みだ。

 今の奏音には。危険を冒してでも天音の、疑惑がかかっているすべての人の潔白を払うために、少なくとも咲来が帰るまでは私に出来ることはない、彼を信用して帰りを待とうではないか。


「お邪魔しまーす」


 --何度目の来訪だとしても、礼儀正しく、だ。

 

 愛華も私に続いて、ぺこりと頭を下げる。最近、気にしすぎかもしれないが、彼女が少し社交的になった、と少なくとも奏音は思っていた。思い過ごしかもしれないが、とてもいい傾向だ。自身の未熟さを誰よりも知っているからこそそれほど大層なことは言えなかったけれど、そんな彼女なりにもかなり密接に関係性を育んでいる(と思う)から……鼻が高かった。


「いらっしゃい、ごめんね、今降りるから」


 彼女の聞きなれた声色から、様態が快調に向かっているのだろう。


「いいよいいよ! 病み上がりだから天音は部屋で寝てて!」


 完治が近いとて、直前までは病床に伏していた人間を態々階下まで出迎えさせるのは申し訳が立たない。天音の家に赴くのは決して初めてではないのだから、部屋の場所だってわかる。


「あれ? 親御さんはいないのかな?」


 もし出張っている状態であれば、少し失礼な行為をしてしまったかもしれない。後でしっかり挨拶をしなければ--さすがは委員長だ。


「倉島さん、行こっか……倉島さん?」


 首で肯定を示すも、袖をくいっと引いて同意するわけでもなく、彼女は丁度玄関と出入り口の縁、それも扉の外側で直立していた。奏音の手自ら離す彼女の様子は、どこか違和感があった。


「どうしたの? すごい震えているけれど」


 少々の震えではない、完全に顔面は青ざめ、体温が著しく低下しているではないか。

 瞳孔が不気味に上下左右に泳いでおり、奏音と目を合わせられないでいるようだ。


「そうか……! 汗をちゃんと拭いてなかったから、体が冷えちゃってるのね……それはまずいわ、風邪ひいちゃう」


 --熱を出してしまったのだろうか?


 奏音の中の母性本能が普段以上に強烈に刺激され、即座に私が羽織っていたブレザーを彼女に与えるも、自分で動き出す気配を見せないので、彼女を万歳させて、丁寧に着せてやった。

 が、彼女の小動は尚も止まらず、止まる様子はない。

 彼女の額に手を当てるも、高熱というわけでもなさそうだ。


「ねぇ天音! 台所借りていい?」

「どったのー?」

「ちょっと倉島さんが外の風で酷く冷えちゃったらしいあら、お茶でも淹れてあげようと思うの!」

「手伝おうかー?」

「いいよいいよ! やり方は知ってるから!」


 来訪が初ではないため、奏音はそれなりに勝手を知っていた。


「じゃあ全部終わったら、私にも冷たいお茶持ってきてくれないかな? 少し喉乾いちゃっててさー!」

「了解―」


 病気時は水分補給を欠かしてはならない。

 戸棚を確認し、ココアを見つけたから奏音は丁寧に仕上げて、尚も玄関に入ろうとしない愛華の元へ運んであげる。が、彼女はかぶりを振って、それを拒絶し始めた。見知らぬ環境に、少し怖がっているばかりに奏音は思ったため、無理に引き摺り込もうとはしなかった。

 縁から手を伸ばせばギリギリ届く場所に置いてあげ、彼女の頭をそっと撫でる。


「待っててね、すぐ戻るから」


 すると、不思議なことに、彼女は奏音の両腕の節を強く掴んで、鬼気迫る表情で、


「だめ……だめっ!」


 彼女が感情を露わにした。

 それも、明確な()()の意思表示。そんな彼女の様子を奏音が伺うのは――初のことだった。だけど、彼女としても単純に駄々をこねているとも到底思えない。まるで生命の危機を、何かに対し感じているようなそんな様子だ。だが、それは単に個人の問題とは決してなく、彼女なりの深慮の果ての行為であった。

 が、その深慮の所以を勘付くことは、今の奏音にはできなかった。

 ただ、彼女に無理を強いないよう、彼女の望みを叶えることにした。


 



 奏音は一人で天音の元に足を運ぶことにした。


 冷蔵庫には、天然水のペットボトルが充足されていた。それ以外に栄養ドリンクをはじめとした飲み物も、消化を助けるヨーグルトといった飲食物は特に見つけられなかったのが不思議な話だったが、今はどうでもよかった。また、ペットボトルの数の冷蔵庫の全体を占める割合が多かった。


(天音の親御さんって、そこまで過保護だったかな?)

 

 取り留めのない予想を脳裏に浮かべつつ、彼女は適当に前のほうの水を数本手に取る。

 


(え?)

 

 彼女の家の、半螺旋状の階段を慣れた足付きで上るが、ここでも違和感が膨れ上がった。

 廊下のいたるところに、ペットボトルの残骸が転がっている。

 階段の両端に詰めるように並べられているが、一部は幅が足りず、下の階段や或いは一階に落下しているものもある。 掃除を行った風には思えない。


(まぁ、高熱の時に掃除は無理か。少し話したら、片付けてあげよう)


 困った時は助け合いだ、奏音は無理矢理にでも異様なものを正当化させた。

 階段を登り切ると、やはり廊下にもペットボトルが転がっている。

 天音や部屋は廊下の奥だ。

 北欧建築の意匠を凝らした白色の多い構造は、奏音の自宅とはまた趣を極端に異にするものだから、非常に斬新である。だからこそ、変な汚れは異様に目がつく。


「天音―」


 一度扉をノックする。

 が、返事はない。

 気づいていないか? だけど、無言で入るのはいくら親友といっても無礼が過ぎる。

 奏音はそう解釈しつつ、再度強めに叩く。


 --今の僅かな時間で微睡んでしまったか?


「入るよー」


 扉を静かに開ける。

 が、ベッドに彼女の姿がないことはすぐにわかった。開けた途端、いつからか転がっていたペットボトルが奏音の足に当たって、止まる。


「天音?」


 無意識に視線を天井の方に向けていたから、入室して数瞬間は気づけなかった。

 そこに天音の姿はなかった。 

 もっと厳密に言おう。彼女の姿は確かにこの部屋にある。

 だけど、私の知る天音の姿ではないのだ。

 彼女は、変貌していたのだ。

 皮膚状の水分が乾涸び、かろうじて生命機能を維持しているに過ぎない状態のまま、虚ろな瞳で空を見つめている彼女の姿を。


 それをどうして天音と呼べたか。

 ほぼ無意識的なものだった、確かに部屋には残っていたのだ――天音を天音たらしめる仄かな香りが、それが彼女が間違いなく其処にいることの証左なのだから。

 そう――天音は、そこで果てつつありながらも、生きながらえていたのだ。

ハーレムのくせに、どんどんハーレム要因が脱落するじゃないか! と仰られる方も多いと思われます。

しかしご安心ください、天音もれっきとしたハーレム要因です。少し先になりますが、彼女にも救済は用意しています。

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