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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「それはきっと明日になれば その2」

 写真に視線を落とし続ける。

 必死に抗って、否定したく願って、何度だって観察を繰り返す。そこに一縷でも疑う余地があるのならば、それを見つけなければならない、奏音はそんな強迫観念じみた義務感に苛まれていた。彼のため、天音のため、親友としての義務である。

 写真に残されているのは、バンドマンの天音の彼氏が何者かと取引をしている瞬間、だが、裏を返せばそれだけなのである。それが蒼薬である確証は現状のところ何処にもない。彼に直接問い質せられれば、真実を聞き出せるかもしれない--奏音の思考はそうやってどんどんと膨れ上がっていくばかりだった。

 

(今からでも咲来君を発見し、彼に同行すれば――)

「発見」


 とんとん、と肩を優しくたたくのに気が付く。

 後ろには奏音を追いかけてきたのか、愛華の姿があった。若干の汗ばみは既に綺麗に収まっており、通常時のような涼しい姿を取り戻していた。


「倉島さん……」


 彼女は放置していた奏音を一切咎める様子はなく、いつも通りに密着した。

 ふと、奏音は冷静になった。


 --ダメだ、彼女を置いて勝手なことはできない。 


 今日の今日だって、彼女が力を貸してくれたではないか。その恩を忘れて、暴走してどうする……奏音は深呼吸をして、落ち着こうとした。


(一旦落ち着いて、彼女の意見も聞くべきかな? )


 そうだ、協力者は多い方がいい。直前に咲来が去ってしまったのは痛いが、彼から託された重要写真が未だ手中にある。それを倉島に手渡し、彼女に助力を求む、その方が私の求む本質により早く近づける筈だ。

 一度の深呼吸で幾分か思考がクリアになった奏音はゆっくりとどうするべきかの答えを出す。


「…………」


 そんな彼女の思いを汲み取ったのか、ゆっくりと奏音の手元から写真を抜き取る。


 それをかなり間近でじっと眺める。その度に瞳孔がぎょろりと上下左右に気儘に推移するが、その虹彩が何を投影し、彼女の視神経を経て大脳に至るかは凡そ想定がつかなかった。いつもにまして彼女の意識はその写真に集中していることだけはわかった。

 その瞳が何を視るか、彼女が明確な言葉を発しない限りは、奏音は知ることができなかった。


「この写真の男、バンドマン、確定」

「そっか……」


 彼女には蒼薬ブルー・プリズムの件について、概要だけは話している。具体的な計画の発案者や協力者は暈し、あくまで奏音が個人独自で活動をしているという風を装っている。彼女がそれで納得しているか、いまいかは彼女の知り及ぶ領域ではないが、現状は比較的協力的な姿勢を見せてくれているため感謝の念が積もるばかりだった。


「だけど、手元の物体は、識別が難しい」 

「やっぱり……」


 夜闇なのもあるし、少し遠方の場所からの撮影も相まって解像度は世辞にも高くない。どうにかバンドマンと思しき顔だけは直前まで凝視していたのもあって特定しえたが、それ以外のそもそも認知していない顔に至っては、区別さえも儘ならない状態だ。


「天音、連絡」

「あ、それもそうね」


 携帯電話を取り出す。

 うだうだと悩む暇は徒に時間を浪費することだと知っている、ならば、微かな光明に最後の可能性を委ねるほかあるまいと奏音は直前に結論を出していた。解析作業がこれ以上の成果が得られないとなった時の最後の可能性とは、本人に確認するという行為だ。

 奏音は初歩に立ち返り、基本的な声色、会話での様子から天音を確かめる方針に定めた。が、それだけでなく、今度は確かに愛華の手を引いて歩き出す、先程のような暴走を自制するためでもあった。電話に出て、確かめられればそれでいい、奏音の心配は杞憂に終わるのだから。それに加えて歩き出したのは、即座に行動に転じるため。つまり電話にて僅かにでも異常を察知できれば、即座に救出に迎える――下手に悩みこんで、何もないこの場で右往左往しているよりかは何十倍もましだと判断した。


「ついてきてくれる? 天音の家に」

「…………うん」


 彼女は少し遅れて返事した後にいつもの背面からの抱擁から、袖の端を摘まむ動作に切り替え、今度ははぐれないようにと後ろから奏音の姿を追った。





 天音の家までの距離が着々と狭まるそのまた一方で、着信は五度、六度と回数を増していく。自動的に留守電に切り替わるまで、淡々と待機音を聞き続けたが――彼女からの返信はない。数通のメールで、今現在の状況を彼女に告げるも、これまた返信はない。

 奏音の中で、歩む速度が無意識のうちに大きく、小刻みになっていることを愛華が告げる。が、彼女はそれを窘めることはせず、従順に、どんな速度であろうとも、最後まで奏音の背面というポジションを辞することはなかった。

 ある意味で、そんな愛華のその強引さも、奏音の中で綯交ぜになっていた正負の感情に、精神的な乱れに抑制をかけさせてくれる清涼剤となっていた。


「止まって」


 愛華の声で、無防備に通路を右折しようとする足を止め、それに留まらず彼女の手にひかれるまま手近な電柱まで後退させられるがそれは無駄な行為でないことを、彼女は知ることとなる。

 若干の距離があるため、鮮明とまではいかないが、男性達の談話の声が耳に届く。そして気づくこともある、その声の一つは紛れもなく二人の知る人間であること。


 斎藤浩二だ。嫌な事象が、独りでに接続しつつあった。


 蒼薬ブルー・プリズム重度中毒者が集中的に入院している病院の息子、そしてその流通を斡旋している可能性が否定できないバンドマンと、それを彼氏としている天音の家と斎藤の現在の居場所が嫌に近いという事実。


「斎藤君の家って……」

「ここからは、遠い」


 天音の家は、駅前の都市部から数十分は移動した住宅街にある。それに対し、彼の家は前に訪れたように山間部を公共機関などを駆使しなければ辿り着かない病院の付近にある筈。とてもではないが、斯様な場所にいる意味がない。また、現在の時刻は八時を過ぎている。最終のバスが出発してもそうおかしくない時間帯だ。本来であれば、一刻も早く駅に向かわなければならないが。


「こっちからいこう!」


 彼と鉢合わせになるのは今においては大問題だと二人は共通の見解を示した。

 だから迂回をしてでも、今は速攻で天音の家に向かわないとならない。

 何度も繰り返す着信の回数とかけ直す頻度が無意識に増加していく。その都度愛華は献身的に自身の温もりを、優しさを私に注いでくれている。私が暴走する寸前で食い止めてくれている。


「でてよ……! 天音、早く……!」


 諦観を抱き出したのは、一体何度目の着信がかなわなかった時だろう?

 耳に残るのは虚しい機械音声だけ。その都度奏音の心胆寒からしめた。



『何よ、何度も何度も……』


 だけど、繋がった。

 希望が、実に繊細でいて脆弱な状態だが、たしかに繋がった。

 その声の主は、他でもない知った声。一週間近く声を聞いていなかったが、彼女は疑う余地はなかった。


「天音!? 天音なのね!?」

『はいはい、貴方の天音ですよっ』


 連続的でいて、執拗な着信に気怠げになりこそ、嫌気が指しているわけではなさそうなことがわかる。


「電話に出ないから……何かあったんだって、ずっと、ずっと……」

『あのねぇ、病人だから寝てるのが当然でしょうが……』


 天音の、至極当然な指摘を以って漸く自分がこれでもかなり冷静さを欠いていたことに気づいたのと同時に、取り越し苦労だったことを自覚し、脱力して地面だというのにすとんと崩れてしまった。


『ま、連絡があったのに無視してたのは事実だから心配かけたわね、今から暇?』

「うん、近くまで来ているわ」

『でしょうね、折角だから遊びに来なさいよ、たしかに退屈してたんだし』

「え、大丈夫なの?」

『1週間外にも出ずに寝てたら嫌でも健康に戻るわよ』


 それもそうか、肝心なことを失念していたようだ、奏音は今になってようやく非常識だったことを自覚した。

 簡単で、ごく当然の話だった。彼女はインフルエンザなのだから、当然ながら家から出ずに安静にせざるを得ない。そうなると、体力が回復しようとも睡眠時間は長くなるし、昼夜逆転した生活になってしまうのは無理もない。


(ふむ、私はどうも色々なことを混同してしまっていたようだし、なによりもかなり疲れているようだ。完治したそうだし、久方ぶりに天音とたっぷり話そう。)

「天音と話したいことあるんだ、倉島さんとライブ楽しかったし」

『え? ウソ? ライブ? ちょ、どういうこと!?』

「ふふっ、また後でね」


 電話を切るここで立ち話も何だ、家も近いのだから、彼女と対面して話そう。

 話したいことがいっぱいあるし、愛華、そして天音……三人で明日を迎えるんだ--奏音は胸に誓った。

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