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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「それはきっと明日になれば その1」

この辺りからどんどんと暗い展開になるかならないかの瀬戸際を彷徨い続けますが、安心してください。救済はありますし、何より明るい物語を目指すための準備ですから。

 奏音が視覚の端に収めたのは先急ぐ余り作り出してしまった幻覚か、或いは実際に天音その人なのか。

 確認を怠ってしまう程に彼女は冷静さを欠いていた。天音と思しき存在が空目に飛び込んだ途端にはその脚は、彼女の方向めがけて始動していた。そこに数舜の逡巡を挟む余地はなく、それ程に私は天音の安否を心から欲していたからだ。

 一眼彼女を捉えられれば奏音にとってはよかったのだ。可能であれば対話を願うが、それはあくまで可能ならばの話である。十分な会話ができなくても、彼女の壮健な姿さえ確認できれば彼女の中に孕んでは増幅する不安は一瞬にしてかき消せるのだ。笑い話として済ませられるのだ。


「天音! 天音っ――」


 自然と彼女の声色が吊り上がる。声帯は異常に震え、声が真っすぐに進行しない自覚が彼女にもあった。

 息は乱れ、髪は荒れ、然様な醜態を晒そうとも私は無様な全力疾走を控えようとは思えなかった。

 目の前に天音がいる。

 そう感じると、外聞や外見などの些事に感けている余地なんてないのだ。

 駆けて、彼女のもとへ至る。奏音はそれのみに使命を感じていたのだ。

 繁華街は数多の方向性を踏破せんとする人の波である種の無秩序状態が幾重にも展開されている。往行する人の性質も十人十色そのもので、決して一様なる人の組を抽出することはできない。だからこそ“個性”を自分の目指すべき目標を識別する重要なファクターとなるのだ。

 そんな中、彼女が一瞬間垣間見た天音と思しき背面は、その個の群衆のなかでも一際抜きんでた異形の気を放っていた。外界の存在の干渉を決して容認しない、世界を拒絶したようなオーラが全身から臭気が如く噴出する様子の彼女が天音であるという事実には、最早一朝一夕の交流しかない人であれば決して気づけまい。


 彼女とて、眼を疑った。が、確信せざるを得なかった。


 今ほど深刻ではないが……天音が普段とは真逆の不幸の気を放っていた記憶が彼女の中にはあった。それこそ破局した時が最たる場面だった。その時と、何となしに同じ波長を彼女は感じたのだ。

 奏音は酷く周章狼狽していたか、倉島愛華をあの場に放置してしまっていたことに漸く気が付いた。


(ごめん、倉島さん、あとでみつける――)


 今は天音のこと以外想起させることを彼女の脳は赦さなかった。

 自身でそう自覚しつつも、混沌と無秩序の集合体である日没後の本格的な儲け時、人波の密度が最高潮に達したこの大通りにて、どう元より開いていた距離を埋め寄ることができようか。





 結局、彼女の名を懸命に叫んでは、その手を伸ばすが、寸前で空しく彼女の背面で空を切る形で、勢いを喪失させつつだらりと垂れ下がってしまう。


「まって……天音……」


 声を通そうと喉を震わすも、周囲の喧騒の声々は私の特徴のない声なんて簡単にそれをかき消す。全力疾走の果ての喉は水分が欠乏し、叫ぶと同時に微かに切れるような痛みとなって帰る。

 が、肝心の天音には私の感情を乗せた裂帛の叫びも届かずに終わる。残るのは空虚だった。体力も既に底を尽きつつあり、再度大量の他者を押しのけて彼女を捜索する余裕は何処にもない。単に体力面でもそうだが、自身が抜かったことによって友人を救援できたかもしれない唯一といっても過言ではない好機を逃したという、精神的な損傷にでも。


「まだ、まだチャンスが……」


 自身の足を酷使することはこれ以上に意味がないと早々に判断した彼女は、携帯電話を片手に急ぎ、天音へと通ずる電話番号を押す。

 すると、直ちに着信音に移行するが、数十秒間鳴らし続けても返答はない。


「でて、お願い、出てよ……」


 一声聞くことができれば、彼女の様子をある程度知ることができるのだ。だから、だから。

 奏音の刹那に抱いた願いは、刹那の儘に過ぎ去る。

 彼女からの返答はなく、無機質な留守電音に変わってしまった。


「だめ……か……」


 彼女の中の、全ての期待が落胆にかわろうとしていた。

 少しでも気を抜けば、完全に諦観に支配されてしまう。そうなるものか、意識を強く、前にもって再度着信ボタンを押す。何度だって繰り返す、彼女が気付き、苛立ちながら生の返事を返すのを――。


「篠崎さん?」


 思わぬ声だった。その声に、奏音は衝撃を受ける。

 その声色は男性、だが男性にしてはやや高音で、初見では変声期を単に迎えていないものと思われがちだが、声変わりの後の結果なのである。男性には珍しい若干の高音と、通常の男性的な低音が織り交ざった実に珍しいものだ。女性顔負けの甘い面に、その声色を知れば決して忘れることはありえない。


「咲来君……」

「どうしたんだい? 凄い汗をかいているようだけど」


 そういわれ、初めて彼女は自身を客観視した。携帯電話のカメラを即座に起動、画面に自身の顔を映し、確認するとなんとも酷い相貌だった。第一に、髪が普段よりか乱れている。ライブの後に、髪の毛を整える間もなく駆け出したものだから……今は夜風に煽られ、それが悪化しつつある。第二に、自然と涙を流してしまっているようで――急激に冷静さよりも羞恥心が競り勝ってしまった。

 焦り、急ぎハンカチで拭き取る。咲来でなくても、他人と会えるような顔ではとてもなかったものだから奏音は一先ず簡単な体裁だけを整える。


「ちょっと立て込んでて……」

「そう? 何かあったのかと思ったよ」

「ううん、大丈夫」


 彼との偶然の遭遇は最初こそは恥の露呈かとも思えたが、むしろこれは彼女にとって天の配剤だった。


「咲来君、天音と幼馴染なんだっけ?」

「うん、そうだよ」


 彼と天音はわりかし近所に住んでいる。

 だからこそ、もしも彼女の火急の事態が降りかかっているのならその状況をいち早く掴んでいるかもしれない、と奏音は予測した。だから、最初は押し黙るべきかとも思えたが、ここは真摯に話そうと決する。

 そして、天音の彼氏のこと、そして彼氏の名前、次いで偶然とも思えないバンド名を告げると彼の甘い面は次第に真剣な顔になっていく。


「まさか……そんなことは……彼女の彼氏さんは今はバンドマンであることは知っていたけれど、そんな相関関係があったなんて……」


 咲来は何か思う節があるか、顎に指を押し当て、暫しの間熟考する。そして、彼の中でも一つの決心がついたか、彼はトートバックから一枚の写真が含まれるクリアファイルを取り出す。

 その写真は夜を映し出されている。


「少し無茶をした甲斐があったかもしれない」


 その写真は、ビルとビルの間を縫う裏道のような場所だ。少しの広間は普段は資材の搬入口に使われているような、幾つかの、山積された一杯に詰められゴミ袋が見受けられる。そこには数人が映り込んでいるのだけはわかるが、はっきりと顔面が確認できるのは、唯一人しかいない。そして、奏音はその一人を知っていた。


「これは……」

「見覚えがあるのかい?」

「……嘘、そんなこと」


 この場面は何か、それを識別するのはそう難しくなかった。

 唯一識別可能な人物が、何かを第三者に手渡している。それは真空パックのような包みだ。其処には青く、僅かに青く発光する粒のようなものだ。


「この人は……バンドマン、天音の彼氏よ。手元にあるのは……まさか」

「……そのまさかだよ」


 蒼薬ブルー・プリズム、奏音達が懸命に追いかける存在そのものだ。


「偶然……というには余りにも無茶か……」


 奏音にとって、逃避を口にするのは簡単だった。

 だけど、目の前に投影された現実は紛れもない事実。

 あのバンドマンが、確かに蒼薬を手に取って第三者に手渡している。

 それだけで十分だった。 写真に残る事実はそれ以上だし、それ以下もなかった。


 発想を切り替えるべきだ、と彼女は強く思った。

 心配が蓄積されればされる程、良からぬ方向性に妄想というのは加速してしまうというもの。私が僅かにでも一縷の望みを抱くことをやめたのならば、その時点で終わりだ。天音は救えない。

 そう、偶然の産物と捉えるのだ。

 ただバンドマンが蒼薬ブルー・プリズムの取引をしていた、だ。それは単に彼の人間性にのみ限った話で、そこに天音が介在する余地はまだない。まだ天音が関係しているなんて、わからないんだ。

 と、ふと彼を見る、今の彼はなんというか……衣装が全体的に暗かった。人混みに紛れたら、もう二度と見つけられない、そのような印象だ。


「……咲来君、何をするつもりなの?」

「ああ、ちょっとね」


 彼は携帯の画面を取り出すと、それは何処かの誰かのSNSの呟き画面だった。投稿は凡そ数分前、それは写真付きのものだ。文章量はそう多くなく、内容は一つに絞られている。


「バンドマンの、場所?」


 それは恐らく隠し撮りされた写真だ。施設は、先ほどまでいたバンドハウスの裏口。恐らくだけど、片づけを終えて、裏口から帰るときなのだろう。そして、熱心な、愛が重すぎるファンが失礼極まりのない行動をした。その結果がこの呟きだろう。


「僕は彼を追いかけようと思う」

「!」


 奏音は急激に恐ろしくなって、彼の眼をみはった。

 無茶だ、危険すぎる――私がありとあらゆる静止を促す説得の言葉を並べるも、彼は少し悪戯じみた顔で笑った。


「大丈夫だよ、深追いはしない」


 彼の目的は、更なる証拠の獲得だと告げた。


「もちろん、先生が心配するようなことはしないよ」


 彼は既に決断しているようだ。ならば、


「私も――」

「駄目だよ」


 彼は奏音の提案を読んでいたかのように否定した。


「これはひっそりと潜まないと意味がない、大所帯になっては、彼に悟られてしまうし、悟られると彼は二度と尻尾を出さなくなるから」


 彼女を安堵させるためか、肩にぽんと手を置いて、はにかむ。


「明日、情報提供の時間まで信じて、待っていて」


 そう笑うと彼は、再び人の波に途切れていった。

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