「少女二人は地下現場を目指す」
ついに、ついに10000PVの大台に!
ほんと感謝感謝感謝です。
これからもよろしくお願いします!
「この辺りだよね……?」
奏音は視線をスマホと前方の風景の上下に行き交いさせて、現在地に誤りはないかを入念に確かめる。
「…………」
愛華は一度私から離れ、ぐるりと全周を緩慢な速度で見回し、西の方角に一本指で示した。
「あっち……?」
「そのようね」
彼女が進む方向を決定するや否や即座に愛華は奏音の背面に張り付き、通常通りに戻った。
そこから数分歩くと、既に複数人が共通の服装を纏って、互いに暖を取り合っている。総じて厚着であるが、首にかけられたタオルであったり、リストバンドであったり、随所随所で私たちが求めているアーティストの名を象る装備が備わっている。開場前のファンたちだ。
(やっぱり固定ファンがしっかりいるから、そうそう大々的に宣伝する必要はないのかいしらね)
その建物は、周囲の上に伸びるごく一般的な建物の構造を採用しておらず、螺旋式の階段を下った地下にて開催される。一般客とは様子が違うスーツを纏った男性が一人、会談前に立っていた。時折携帯電話を眺め、胸元に固定されているマイクのようなものに対し言葉を発しているのを、関係者なのだと推測できる。奏音たちはまだチケットを手にしていないので、先ず以て入手することには何も始まらない。火急、チケットを入手する必要性が生じたわけだ。
「……っ」
唇をきゅっとかみしめる。
正直言うと、奏音にとっては少し怖いことだった。ファン層の中でも私たちは最年少のようだし、何よりも髪色が奇抜な人が多いからだ。一部の人は地肌の空いた箇所に幾つものピアスの穴をあけていたり、派手な入れ墨を顔中に繰り広げていたりしている人も。各々が個性を誇示するかのように独自のファッションセンスを遠慮なく披露しているわけで。それと比較するまでもなく見劣りする自分たちの制服姿――これでは年齢を無遠慮に後悔しているようなものだ。その自らの場違いさに彼女は完全に委縮してしまっていた。
「こ、これ……未成年、学生ははじかれるなんてこと、ないよね?」
それだけが心配でならなかった。
もしも仮にそれで追い出されようものなら、漸く掴んだ尻尾を逃してしまうし、たぶん要注意人物として覚えられてしまう。 時間をかけてネットの海から掬い上げた情報を精査するに、未成年が入場を禁じられる旨の書き込みはなかったことだけは確認できているが。
奏音の不安をいち早く感じ取ったか、愛華は私に抱き着く腕の力を少しだけ強めた。言葉にこそ発しないが、愛華なりに発破をかけているのは私にもわかる。
(そうね、物怖じしてはいけないわ。天音が困っている可能性が一部にでもある限りは、歩みを止めてはだめよ)
「あ、あの!」
思ったより大きな声を出てしまったのか、違うことをしていた職員が驚きを露にしてしまう。
「あ、す、すみません――チケットを買いたいんですが……」
最初こそは背丈と装束に露骨な怪訝の色を示していたが、私達がチケット購入を検討していることを話すと一転、営業的な笑顔を作り出して地下へ案内してくれた。
現在解放されているのはエントランスのみ。そこにて物販やフラワースタンド等の演者や本番に向けた行事が続いていた。奏音らが案内されたのは、チケット売り場だった。
(無事手には入ったけれど……)
開演まで僅か十分に迫っている。座席指定ではなく、整理番号が若い順に前へ前へと詰めていく、オールスタンドなる形式らしい。少女たちはこういった形態どころか、一般的なライブの経験さえも皆無なのもあるが、これは囮捜査に近い。ブルー・プリズムというバンドの楽曲を一切予習していない私達が前方にでしゃばるのは失礼にあたるだろう――奏音はそう控えめな考えを強く示した。
だから、焦って前列へ進まずに、最後列で僅かにできた空間に陣取ることを決めた。
(と、その前に飲み物を、だった)
飲み物交換所にくると、そこにはまたも蛍光色に近い髪色をし、特殊なパーマで随分と派手に固めた頭髪をしている女性店員が近づく。生まれたての小鹿と自分で言うと馬鹿みたいだが、そのような左右もわからない少女たちに若干の小悪魔さを秘めた微笑を絶えず顔面に貼り付けている彼女はメニューを差し出す。
「これとか、初めての子でもいけるわよ?」
横文字が多量に氾濫しているもので、もう何が何やら。
「えっと……って、こ、これお酒ですか!?」
「そうよ? 甘くてぐいぐいいけるわよ」
「み、未成年なので!」
赤恥をかいたように頬を赤面させて、真横の果実系の炭酸飲料を奪い去る形でその場を後にした。
すると、既に会場内は暖まっているようで、独自の歓声が早々と部屋中に響き渡りつつある。
(調べたところ、メインボーカルは男性だけど、それ以外は女性……一応ボーイッシュだそうだけど)
どちらかというと女性に愛着がわきやすいメンバー構成とばかりに思っていたが、実際はそうではなく、男性が過半数を占めていた。で、事前にもらったチラシにメンバーの容姿が撮影されている。
(うん、やっぱり男装してるっぽいね)
コンセプトをよく知らない彼女らからすれば理解不能だが、きっと何らかの深い意味を持っているのだろう。男性客が多いのは妙にも思えるが、私の知らない世界ではきっとこれもまた常識の一種なのだろう。
事前に用意した双眼鏡でこぢんまりとした会場内を見回す。散開している女性客にフォーカスを絞って捜索をかける。
「倉島さん、見える?」
愛華は奏音よりも数段小柄である。奏音でさえも舞台をしっかりと眺めることができないのだから彼女は恐らく前列の人の背中しか見えていない。が、彼女は特に気にしていないようだ。
開演ギリギリ、暗転が入る直前まで集中して捜索し、可能な限り移動し天音の姿を探し回ったけれど、彼女は見つかることはなかった。
(そう簡単には見つからないか……)
あとは、妙に気になったのは観客がもっている飲み物の色だ。
(全部が全部ではないけれど、青を基調とした飲み物を選んでいる人も一定数いる)
総じて青いのもあって、奏音は疑心暗鬼になっていた。が、先入観を優先してしまってはあらぬ疑いを他者にかけかねず、それだけは避けまいと奏音は自制をかけた。
(あとは……演者の様子)
演者が意味ありげな発言を馬鹿正直にしてくれれば簡単だが、実際はそう簡単に尻尾を見せないだろう。黒にしろ、白にしろ、言葉をしっかりと聞き届けないといけない。
杞憂に終わってほしい、というのが奏音の本音だ。こちらとしてもたまのいい息抜きになった、そう思えるように今日は終わりたく思うのだから。
演者によるノンストップのライブは一時間弱という、少女らが連想していたそれよりかはあっさりとしたものだった。とはいえ……
「た、楽しかったし……すごかった」
愛華もこくこくと普段通りのようにうなずくが、少しうなずく速度が大きい、なんというか動きにキレがあるようだ。そして心なしか汗をかいているようだ。あの、体育の授業でも涼しい風をしている彼女が、だ。
演者の一語一句、それこそ楽曲の歌詞さえも逃さずに記憶しておこうと思って息巻いていた。そう、それこそ、開幕するまでは。
始まってからは、自分が自分ではなかったようだ。
アップテンポな伴奏が突如箱を割らんばかりの爆音で轟いたかと思えば、それに負けず劣らない観客の声による強烈な衝突が巻き起こる。その混沌を後押しする演者たちが、一人ずつ楽器を携え登場する。サイドメンバーから順に繰り出されるが、その度に歓声の度合いが倍増する。そして本丸、メインボーカルが登場した途端、観客の怒声と見間違うほどの絶叫が最高潮に達する。
そして、挨拶もなしに怒涛の勢いで一曲目が開始する。
予習なしの奏音たちは、きっと蚊帳の外で楽しめないとばかり思っていたが、演者の気遣いは私のような新参者にも行き届いていた。正直、見縊っていた。それに男装しているというのがわかっているのに惚れてしまいそうになった。それに、ゲストにも度肝を抜かれた。名前は……なんとかあいな、苗字は覚えていない。無念だ。
始まるや否や会場全体に圧縮がかかり、最前列を意図的に押しつぶさんとするような観客の大移動が起こり、時折高まった観客の一部がほかの観客に持ち上げられ、奇声とも絶叫ともとれる言葉の羅列を並べたかと思えば――全体が一丸となって、謎の文章列を叫び始める。ある者は天高く飛び、ある者は縦横無尽に駆け巡り、個々人で場を盛り上げているのだ。
世界が混沌に包まれるとは実にこの通りで――最初の数曲の間は呆けにとられ、衝撃に次ぐ衝撃だったが、数曲が終わると自然と自分も一体化していた。
そのギャップと完成された一体感、空気に、完全に打ちのめされた奏音たちは、興奮も冷めやまぬ儘に会場を後にした。
実のところ、かなりのストレス発散にもなった。
「我を失ってしまうとは……」
奏音は大いに失念してしまった。
完全にやってしまった、演者の言葉を聞く所ではなかった――今になって後悔が噴出してくる。
「……やっぱ白なのかなぁ」
いや、それ以外にないだろう。
無暗に詮索し、嫌疑をかけてしまうのは必死に頑張っているあの人たちを侮辱してしまうことになる――ここにきて自身の生真面目さで正当化してしまった。
(振り出しに戻ったけれど、これでよかったのかもしれない。天音のことは心配だけど、きっと関係ない)
その時だった。
クールダウンした愛華は、繁華街の人ごみを指さす。
其処に視線を送ると、私の学園の制服姿の女生徒がいた。千鳥足のように覚束ない足取りであるし、それに酷い猫背だが、その背面には覚えがある。
「天音!?」
叫ぶよりも早く奏音はかけていた。
嫌な予感が的中したのか――わからない、わからないけれど、話さないと。
人違いならそれでいい、無事ならサボりでも、それでも。
先の熱中ぶりは完全に消し去ってしまい、奏音は汗も拭かずにその場所目掛けて一心不乱に足を動かしているのだった。




