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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「それは病院に潜む脅威、或いは」

●奏音

「どうしたんだろう……」 


 愛華の目的はこれで果たされたのだろうか?

 到底そうとは思えないが。

 今の彼女と言えば……単純に、私と話しただけ?

 いやもしかしたら、既に目的は達成していて……そのついでで私のいる場所に立ち寄ったのだろうか?

 そう考察した方が、万事合点がいく。


 しかし……彼女を放置してしまったことが心残りだ。

 まだ日没前だから、夜道が危険性こそはないが――少女一人だ。如何にこの街の治安が表向きはいいにしても……。


(悪いことをしたな……)


 無理にでも同行させるべきだったな。よし、次からそうしよう。


 



 丁度彼女が坂に隠れて見えなくなった辺りで、咲来が戻ってきた。


「おまたせ、どっちが飲みたい?」


 彼が手元にあるのは大手企業の炭酸飲料と炭酸のない普通の果実系飲料だ。


「ええ、わ、悪いよ」

「きにしないで」


 半ば強引に彼は飲み物を押し付けた。彼の善意を拒絶したいわけではない、天音との直前のやり取りの一部がちらついて、気が気でないのだ。今の弱った私では彼の顔を正視できない。後光を指すような彼とは、今だけは距離を置いておきたい。


「さっきまで誰かいたのかい?」

「え?」

「ほら、さっき君誰かと話していたと思ったんだけど気のせいかな?」

「いいえ、倉島さんがいたの」

「えっと……倉島愛華さん、だっけ」


 思えば、咲来に限った話ではないが、愛華のことをよく知るクラスメイトは少ない。人によっては同じ学級に肩を並べて早くも半年という中でも会話と呼べる会話をしたことがなく、名前も曖昧な人だっている。

 きっと彼も、愛華と左程親睦を深めていないのだろう。実際、記憶を四月頃まで集中して検索するも、第三者を介してもなお彼と彼女が対話をしている場面を見たことない。これはクラス委員として是正すべき問題だろう――級友同士、壁を作ってはならない。


「何を話してたんだい? こんな場所で」


 正直悩んだ。馬鹿正直に告白してしまっても怪しまれるだけの話だ。


「ああ、何でもないよ、彼女のご家族の同伴らしいの」

「成程ね、しかしこの場所まで見舞いにくるとは難儀なものだね、病院事情も」

「本当に……」


 次の言葉を繋げようとしても、仕切りによって喉に強制的に壁が隔てられたかのように行き詰った。というよりも、純粋に頭の回転が鈍ったという方が近しいかもしれない。


「思ったより疲弊している風に見えるよ」


 その通りだ。

 天音といい、彼といい――もしかして私、表情に出ている?


 肉体労働をしたわけではないから、凡そ体力面では何ら問題ないが、心労というのが蓄積すると予想以上に肉体面に響く――今日の出来事を経て、それを知った。

 思った以上に酷な現実を受けて私の素知らぬ間に精神面によくない作用を及ぼしてしまっていた。事前の霧谷と咲来の会話で概要こそは掴んだつもりでいたけれど、そんなのは氷山の一角にすぎず、結果予想以上の結果となった。


「無理もない」


 彼は私からほんの少し離れた場所に座る。


「薬物依存に関して実際に授業で学ぶことなんて、一端のそのまた一端に過ぎない。結局、物事の本質を知らされることなんてないんだ。そこに堕ちる、或いは同列に並ばない限りは知ることはない」


 咲来は遠い空を遠望しつつ、語る。


「で、実際に知った時はどれ程心の中で準備していようとも、それを容易く上回る現実がその心の準備をあっさりと打ち砕く」

「その言いぶりだと……咲来君は」

「ああ、君が参加する前から何度か、先生に同伴している」


 今日見舞いを行ったのはわずか数人だが、あの病棟にはまだまだ被害学生の多くが入院している。依存度合いで配列される層も異なり、彼が言うに今日体験した層よりも凄惨な患者もいるそうだ。


蒼薬ブルー・プリズムは、精神を蝕むだけじゃないんだ」


 体の適合具合は人それぞれで、適合の度数が極端に低い人がそれを知らずに依存状態になると……体の壊死が始まるという。


「そんな……なら、なんで違法薬物にしていされないの? 危険度が可視化できていない状況であるなら、合法と違法の間に留まるのもわからなくもないけれど……そんな明らかな被害が出ているのなら……」

「その通りだ、出て然るべきなんだよ」


 彼は私をじっと見つめだす。


「それに、おかしいことはそれだけではない。実に奇妙な話でね、何故かこの病院にのみ蒼薬ブルー・プリズムの依存患者が集められているんだ」

「……えっと……」


 確かに不可解な筈だけど、駄目だ、頭が回らない。それを見た彼は勿体ぶらずに話を続ける。


「それは何故かというのが気になってならなかった。言っちゃ悪いけれど、薬物依存患者を厚生させる経験と知識だけで判断するのならここよりも優れた専門病院は普通にある。日に日に患者は増加傾向にあるというのに、何故かベッドと部屋に限りあるのに独占しようとしている」

「そんなの……非合理だわ」

「こういう総合病院は確かに営利主義が根底にあるから多少の、僕らでは理解が及ばない非合理はあってもおかしくないだろうけれど、流石にこれはおかしい」


 間違いない。

 療法が確立していない病気を患った患者を悠長に長期間抱える程の余裕はどの病院にもない。酷な話だが、そういった不治でいて生い先が短い患者は大抵病院を盥回しにされ、地方の病院あたりで落ち着く。


「つまり、何かがあるということ……?」


 彼は重々しくうなずく。

 そして一つの封筒を取り出す。


「これは?」


 すぐに開く勇気はなかった。


「霧谷先生が諸々の手続きをしているうちに、こっそりとね」


 霧谷に内緒とは、どういうことだろうか?

 彼に促され、私は慎重に封筒を開く。


「これはこの病院の情報だよ」

「すごい……」


 どうやって? と聞くのは野暮だろう。


「!」


 私は用紙を落としてしまう。


「驚くかもしれないけれど、これには因果関係があるかもしれない」

「そんなことっ……」


 私はそれを拾おうと階段を降りるが、あるところで止まってしまう。

 私が紙から得た情報は、病院の管理者が“斎藤”という名であるということ。

 斎藤正次――その名は知らないが、その姓はごく普遍的なものだ。それだけでは動揺もしないだろう。が、彼の言葉が“斎藤”という条件をより強くした。

 霧谷に内緒、何故その情報を事前に付随したか。

 それは簡単だ。霧谷の交友の相関図に、斎藤なる人物がいるからに他ならない。そして、知る限り斎藤の名を持ち、且つ霧谷と関係を持つ者は一人。


「斎藤浩二君……」


 彼なる者だ。

 粗暴で、学園の空気にそぐわないことは否定しないが、そんなことが。


「信じられないかもしれないが……」

「やめて!」


 私は咲来の言葉を打ち切った。

 乱暴に自身の髪を掻きむしってしまう。


「確かに彼は……少し私生活に難があるけれど、そんなことはしない」

「…………」

「する意味がない、確かに病院の院長の息子さんかもしれないけれど、それは些細な偶然にしか過ぎない……患者が集中しているのも、きっと彼が便宜しているだけ。だって、実際うちの学園にも被害者は一定数いるんだから……説明がつく!」


 私は何を怒っている――落ち着かないと――。


「そう、あくまで仮説なんだ。有力な説が幾つかあるだけで、まだ抜け出していない」


 彼は私のもとまで歩み寄り、紙を拾う。


「僕が何故内緒にしたがるか、それは別に彼を追い詰めるためじゃないんだ」

「彼の疑惑を晴らすためなんだ。僕らで彼を救う、それをできる力が君と僕にはある」

「咲来、」

「だから、協力してほしい。僕らで彼を救おう」


 彼は私をそう安堵させるように――ぎゅっと手を握る力を強めながら、ただただ私と目を合わせ続けてそう囁いた。

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