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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「奏音+愛華」

「で、餌付けしたら懐かれた、と」


 言葉の通りの意味合いだ。今、倉島は奏音の背中に抱き着く形で行動を共にしている。

 状況説明を終えた時の天音の表情はなんとも複雑なものだった。怒気を露わにするような真似は決してなかったが、手放しで今の二人の構図を甘受することもまたできずにいるようだった。

 その意味は残念ながら私にはわからない。

 が、倉島愛華は確かに奏音に密着して追従してくる。妙な話もあるものだ。


 天音は一度だけ私の裏手に回って愛華を引き剥がそうと試みる。

 別に切羽詰まった状況でもないため、あくまで彼女が傷を追わず、痛みを伴わない程度だけど。

 すると簡単に彼女を私から分離させることに成功した。密着に固執している様子はなさそうである。

 だけど、


「?」


 当の本人は何食わぬ顔というか、その行為自体が息を吸って吐くような、あたかも自然な行動をしているという態度を終始崩していない。そして当然の如く天音の手が離れた後は同位置を保つべく、またピタっと体にくっついてきた。


「まるで磁石ね」

「あ、あはは……」

「あんたも怒りなさいよ……」

「まぁ…………痛くもないし、乱暴されているわけじゃないから……いいかな?」

「いいわけないでしょ! あんた授業どうするの?」

「ええっと…………」


 正直いうと、そこの部分はすっぽりと抜け落ちていた。

 授業だけではない。

 お手洗いにだって行くし、委員長だから霧谷をはじめとした教師陣の仕事を任されることだって……。


「倉島さん……私ちょっとお手洗いに行きたいんだけど…………」

「ん」


 すると、倉島は素直に手を離した。

 密着に近い距離感は健在だけど、取り敢えず当面の問題は回避できそう、か?

 案外奏音は馬鹿……ではなく、楽観主義者だった。





 昼休みに天音が述べた問題点だけど、案外思い悩むことなく解決した。

 実のところ、結構聞き分けがよくて融通も利いてくれる。手洗いに行くときは、個室前までくると勝手に離れてくれるし(出てきたらまたすぐにくっつくけど)、先生の手伝いや委員活動をしなければならないときは適切な場所を維持してくれる(といっても少し離れてついてくるが)。


 季節が秋というのもあって、自然な防寒具に……は無理があるが、彼女はどうしてもそれをやめない気概のようだ。


「でも意外と悪い気分はしないよ?」

 

 倉島を後ろに従わせたまま率直な感想を語った。

 いや、だって…………不快ではないのだ、不思議な話だけど、と奏音はそう説明する。

 彼女、とてもいい匂いがするし、程よく暖かい。それにじっと観察すると一挙手一投足が子猫のように愛らしくさえも感じるではないか。


「…………」


 彼女のそんな所感を聞き終えると、絶句とも茫然とも取れる絶妙に苦い顔を呈した天音はそれらの感情が込められた視線を私に向けて


「駄目だ、奏音はそういう子だった」


 忌憚のない意見を述べた、が、柔和な表情は残っている辺りを見て、拒絶をしているわけではなかった。実際、倉島は誰かと交流している場面を見たことはない。これを機に、クラスメイトと打ち解けられれば……なんて思いながら。

 クラスに入るや否や、様々な視線が私と彼女に突き刺さったのだけはなかなかどうして奏音でも堪えた。


 当然愛華はそれを気にすることはないが、少し抱きつかれる側は慣れていないようだ。学級会で生徒の前に立つのとはわけが違う……わかっていたけれど。


「でもさ、奏音、実際問題どうするつもり?」

「どうするって……」

「塾だってあるじゃない。それに、流石に家まで着いてくることはないと思うけれど……」


 すると倉島は不思議そうな表情を浮かべる。

 まるで、天音の言葉を訝しむようだ。


「えっ……まさか塾まで?」

「倉島さんはその腹のようね……」

「まさか外で待つつもりなのかしら……彼女がいいなら別にいいけど……」


 欠伸をする倉島、あくまで彼女はマイペースのようだ。

 倉島の意図は定かではないが、厄介事は続きそうだ。彼女の勘が、何となしにそう告げ始める。





 何度かの休み時間と授業を終えて、放課後。

 塾の授業、今日は遅くから始まる時間割だ。だからこそ霧谷と咲良に同行ができるというわけだけど。ホームルームが終わり、身支度をしていたら案の定倉島が密着してくる。恐るべき素早さだ。


「わお……速いものね、まったく」


 天音は隣の席、それに対し倉島は数列離れた場所に着席しているわけで。彼女はいつの間にか荷物を纏めて、天音が私を向く前に到着したというのだから驚嘆すべき身体能力だ。


「ところで奏音、今日はすぐに塾?」

「いいえ、今日はまだ二、三時間は空きだよ」

「お、ならどこか寄る? せっかく倉島さんもいるんだし」

「ううん、今日は用事が他にあるの、ごめんなさい」

「りょーかい」


 すっと立ち上がり、天音は帰っていった。

 倉島は私に何か言いたげに見つめているようだ。


「ごめんね、霧谷先生の所に行かなければいけないの」


 今迄はそれで離れてくれたが、今に関して言うと微動だにする様子がない。


「倉島さん?」

「説得、行かない方がいい」

(彼女が私を説得?)


 少し奏音は妙に感じた。 


「先生との約束があるから……」


 そういうと、倉島はいつもより強く私の裾を引いた。


「倉島さん……?」


 様子がおかしい。彼女と真正面で対話したのは今日が初めてのわけだが、それでも今までの挙措動作を全く捉えていなかったわけではない。今のような瞳の光を灯す彼女を見たことがなく、他者に主張を伝える際のそれとも異なる。

 強固な意志を宿した瞳だ。私が霧谷先生のもとを訪れることを頑なに静止せんとする、ともあれば全身を硬直させかねない程の“圧”を、他でもない倉島愛華によって感じさせられているのだ。


「行ってはいけない」


 彼女が腕をつかむ膂力はより強まり、ぎちぎちと、音を立て始める。


「倉島さん、痛いよ……?」

「そこにいったら、貴女はもう後戻りできなくなる」


 ここまで饒舌に何かの意思を告げるのは、初めてだ。国語の授業といった朗読の際もそうだ。斯様な文章を連続して言葉にして読むようなことはできていなかった。倉島の読み方はまるで“文節”を区切って読むようだ。

 多分、彼女は会話する、ひいては言葉を声に出すことが不得手なのだと思っていた。なのに今はどうか――その不得手さが微塵にも感じらない。


「後戻りできない、それは普通の生活には戻れないということ」


 倉島がいつものようにどもる兆候を見せない。


「普通を捨てると、貴女は今後数多の受難に見舞われ、その都度体と心が壊れていく」


 迫真掛かった彼女は私に肉薄するように顔を近づける。


「……!」


 それは一瞬間のことだった。

 怖い――奏音は、倉島愛華に恐怖を抱いた。

 クラスの長である私が、根拠もなしに。

 駄目だ……なんてことだ。

 彼女は私を親ってくれているではないか。彼女に私を陥れる意思は絶対ない筈だと、理解しているはずなのに。

 これは紛れもなく、私の未熟な部分、直すべき点だ。


「倉島さん」


 頭を冷やさないと。


「ありがとう」


 彼女の忠告の意味を、今の奏音には知る術がなかった。

 だが、肝に銘じておくことくらいはできる。


「たとえ普通じゃなくなっても、誰かを助けられるなら。それは……それはきっと正しいことだと思う。私はね、正しいことをしていたいんだ」

「…………」


 すると、倉島は今までの豹変ぶりがまるで嘘だったかのように、今までの状態に戻った。

 別人格と見間違える程の頑固さは何処かに消え去ったか――つい直前までの読めない人格に戻ってしまったようだ。

 そしてちょこんと、今まで天音が着席した場所に収まって、彼女の体格にしてはやや号数の大きいブレザーの裾から指だけを出し、ゆっくりと左右に振っては、


「ばいばい」


 とあっけらかんとそう告げた。

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