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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「合法エナジードリンク」

8000PVありがとうございます!!!!

「失礼します」


 滑らかに扉がスライドする。


 奏音らが普段から学園生活を過ごしている校舎はモダン建築を採用しており、一般的な木造な“学舎”のイメージとは程遠い。床だって、少し硬質なタイル張りだし、何よりも壁がよく摩すられた石材だ。掲示物一つを展示するにもマグネットを貼るタイプのホワイトボードが主流となっている。

 霧谷は内密な話をするというのに、実に簡単な場所に呼び出したようだ。


「やや、すまないね、折角のお昼時だというのに」

「いいえ。大丈夫ですよ」


 少し誤魔化してしまった、昼食が取れていないわけだけど、それを矢面に出すわけにはいかないと奏音は笑顔でそれを誤魔化した。


「それで先生、やりたいこととはどういうことでしょう?」

「ああ、込み入った話でね、それでいて少し……複雑なんだ」


 いつになく神妙な面持ちを見せる彼を前に、私も何処か気を引き締めていた。

 そういいつつ、霧谷は自前の鞄から封筒を取り出しては、丁寧に紐を解き、そこから複数枚の写真を取り出した。そこには白い机に、青色をした粉末が付着していた。


「今朝、行方不明者の話をしたのを覚えているかい?」

「ええ」

「あの話には続きがあることを君に話したね」


 話の続きとは、即ち


蒼薬ブルー・プリズムのことですね」

「そうだよ、実態が掴めない未知の薬物だと――これがそのものなんだ」


 今目の前にある粉末が――蒼薬ブルー・プリズムだと?


「これを水に溶かし、注射で打ち込むそうだ」

「これが、ですか――」

「実はね……僕の親戚の子の一人もね、悲しいことに中毒者だった。そんな彼の持ち物の中にこれが一つだけ残されていた。きっと中毒症状が出た時に注射しようと思っていたのだろうね」


 それが回収されて、霧谷の手に渡った?

 しかし――不可解な話である。


「現状、この情報はかなり統制されているんだ。けれど被害者がこの学園にもいるから、教師間には情報が行き渡っているんだ」

「ずっと気になっていたんですけど、教師間で緘口令が敷かれるレベルの機密事項を一介の学生に教えていいんですか?」


 流石に一学生として部外秘の情報を聞く事には抵抗があった。いくら霧谷が容認しようとも、喜んで聞くことは出来ない。

 彼が無茶をしているのなら、むしろそれを止めないといけないだろう。


「ああ、構わないよ。君に話したことは絶対に露見しないようにする。

というのもね、他の先生が重い腰を未だに上げる様子がないようでね……だけどこれは、差し迫った問題なんだ。根拠のない与太話と処理すべきではないんだ」


 彼のこの行為は凡そ褒められた行為ではないだろう。露見すれば、彼の今の立場だって危うい。懲戒免職……まではいかなくとも、勧告は入るだろうし、この学園に在留することは難しくなる。

決して賢明とは言えない行動なのだ。が、奏音はそれをいつの間にか支持しようという意識になりつつあった。彼の行動に正義はない、規律に反した段階で如何なる偉業を為し、解決に貢献したとて彼が公に称賛されることはない。だけど、そんな行為だから称賛できる――きっと彼の行動で喜ぶ人がいるんだから。


 予想外の答えに、少し言葉を詰まらせる。


「……わかりました。私は先生を信じてますから」


余程の面倒ごとなのだろう――胸中で大きなため息を漏らした。

霧谷に限って他者を嵌めるなんて真似はしないだろうし、日頃の感謝をこういった形で返せるのなら……と内なる自分に言い聞かせていたのだ。実に彼女らしい、迷いのない言葉だった。


「有難う、篠崎さんならそう言ってくれると思っていたよ」

「もっと詳しい情報を聞いていいですか? 頒布する時の手口とか、そういう」

「そうだね。手口としては、エナジードリンクの派生形として触れ込み、頒布するのが主流らしい。例えば試験勉強時やどうしても集中したい時とかには求められることが多いんだ」

「成程……試験勉強時……」


 確かにクラスの友達も、よく市販されている栄養ドリンクや珈琲を発起する際に集中して飲み干すという人はいる。彼女としては、度を越さなければそれでいいというのが持論だ。

 精神の高揚を促進する程度ならば悪化しても発症するのは精々極度の興奮による酔いのようなものだろう。仮にそういったエナジードリンクの連続投与により体に起こる悪影響といえば、ありえるのは意識の喪失くらいだ。少なくとも……中毒の結果発狂なんてことにはならないはず。

よってその薬物が通常のエナジードリンクの範疇を超えているのは明白だ。そしていくらでも容易に学生を誘惑できる甘言を作れることも可能であろう。


「注意喚起は可能だけど、一生徒の自習環境にまで僕が口だすことはできないんだ。みんなが放課後に何をしてるかさえも把握しきれないのだから」

「だから……私に?」

「その通りだ。誰よりもクラスの為に尽くしている君に、この話を持ち掛けるのは非常に心苦しい。だけど、聴いてほしいんだ」


 クラス、いや、学園内でこの薬が蔓延している――霧谷はそう語る。


「そんな……」

「信じられないし、信じたくない話だろう。だけど、その温床は既に着々と育っているんだ」

「それがわかっているのなら……警察……先生は、それを止めたいと?」

「ああ」


 しかし、どうしてだろう――と思案する。

 確かに教師として、生徒を守る存在として未知の薬物の蔓延に歯止めをかけたいという思いは彼女にも理解ができる。それは彼の生徒に対する熱い思いがあるからこそ生じるものだし、それが欺瞞でも偽善でもないことを知っている。

だけども、少しその平常時の行動の節々から伺える“教師としての責任”を超過している気がしてならないのだ。


と、奏音が脳裏で疑問を展開していると、彼はその過度な責任を抱く理由をゆっくりと語り始めた。


「実はね、僕の友人……幼馴染とも呼べる存在がいたんだ。僕なんかよりずっと仕事ができて、同じ仕事を志す者として、本当に誇りだったよ」

「先生も……その人に負けないくらいの先生ですよ」

「ありがとう、だけど当時の僕は理解できていなかったようだよ」


 少し深呼吸をして、彼は続ける。


「彼は彼なりに、天才は天才なりの苦悩があったことを。プレッシャーに今にも潰されそうになっている彼の気持ちを僕は知ることができなかった」


 よくある話。受験期、いや、思春期を迎えた人ならば起こりうるものだろう。


「彼はそんな中、プレッシャーに応えるために向精神薬、所謂麻薬というものに手を出してね」


 彼はそれ以上を説明しなかった。

 きっとその友達は緩やかに破滅していったのだろう。


「だからこそ、僕は彼のようになるのを止めたいんだ。彼には未来があった、僕よりも優れた教師になれたんだ。そんな才能のある人の未来を守りたいんだ」

「先生……」

「だから、協力してほしい。かなり危ないことだろうし、身の危険を感じたらすぐに手を引いてくれても構わない……」

「私、やります。私にできることがあるかはわかりませんが、私なんかが誰かを救えるというのなら……私の力が人を笑顔にできるなら、迷わず使いたいんです」


 そう答えると、少し視線を落としていた彼の表情が明るく変わった。


「……ありがとう」


今にも涙ぐみそうな、くしゃくしゃな顔を浮かべた霧谷は奏音と目を合わせた。


「もうっ、しゃきっとしてください! 先生がへこたれてたら、生徒たちに示しがつきませんよ!」

「ははっ、篠崎さんに説教されていては、教師として顔が立たないね」


 そのとき、部屋の扉が叩かれ、入室許可を霧谷が送ると、部屋に咲来が入ってきた。


「咲来君?」

「遅れてしまって申し訳ないです、霧谷先生」

「いいや、構わないよ。丁度篠崎さんにも説明し終えたところだ」

「先生?」

「ああ、伝え忘れていたね。咲来君も手伝ってくれているんだ。これからは彼と一緒に行動してもらうことになる」

(えっ!? 待って、え、ええ!? ダメダメ、急に頭が混乱してきた。

 私が……?

 ええい、このままではだめよ、深呼吸して、気持ちを切り替えよう)


 俗にいうパニック状態である。

 生真面目全開だった彼女の前に、それをいい意味で阻害する存在が現れたのだから――奏音にとっては大惨事である。





「えっと……」

「篠崎さん、大丈夫? 少し顔色が悪いようだけど……」

「無理もない、事実を話したあとなんだから」

「え、あの……大丈夫です、はい」


 取り乱してしまった、と奏音は後悔した。冷静さを欠いては肝心要な本質を見逃してしまう。

 これは冗談で済ませない問題なのだ、自分たちの行動で運命が激変する人だって存在する以上、一時の感情の機微で靡いている暇なんて、ないんだ、と続けた。


「ともかく、この時間の集まりはこれでおしまいだ。何よりも、君たちの本分は勉強だ。それに、この集まりは誰にも知られるわけにはいかないからね」


 その言葉を最後に、奏音たちは解散することになる。続きは放課後、だけど。

 少し距離を置いて隣を歩く彼に対し、かける言葉が彼女には見当たらなかった。無難に挨拶をするべきだった、そうあれば、きっと今だって会話が弾んでいただろうに。後悔するようなことでもないが、思えば私と彼は成績上という脆くはあるが近しい場所にあるというのに、接する機会はなかった。天音越しで会話しかしたことがない。こうやって対面……というか肩を並べる機会がなかった。

 と、次々と後悔が浮かぶばかりで具体的な有効策を作り出せなかった。


「じゃ、私はここで」


 だけど結局一歩を踏み出すこともなく、時間切れ……素っ気なく解散することとなる。

 機会があれば……あれば、話せる……かもしれない。


 兎にも角にも、空腹が割と深刻的になってきた。休み時間は残り十分と少し、急がないと。奏音は急いで食堂へ向かおうと思った。





「みつけた」


 右側から声がかかる。


「倉島さん」

「喜んでいる、再会を。だけど……」


 ぐるるるる、と倉島愛華の腹が鳴る音は確かに聞こえた。


「おなかがすいてるのね」


 彼女の手にはビニール袋。よく観察すると、とても腹が膨れるとは思えないアンパンが唯一つ。


「まさか倉島さん、これだけなの?」


 すると彼女はこくりと頷く。ふむ、これは……。


「一緒に食事」

「え?」


 彼女は彼女の袖をくい、と引いて屋上へと誘導する。


「対話、希望」



 そして彼女は瞳の奥を、じっくりと見つめてきたのだった。


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