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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「カノンは真面目な学級委員長 後編」

「奏音おはよう~」


 背後から声がかかる。声色でその人物が誰かを奏音は見抜くことができた。


「おはよう、天音、今日も眠そうね。昨日もチャット?」


 月島天音だ。


 苗字と照らし合わせたかのような金糸雀色をしたアップヘアーが特徴で、黒のゴムと後ろ髪による実に綺麗な団子が彼女を彼女たらしめる要素となっている。私もこれほどの技術はなく、本当に憧れるというものだ。いつだって笑顔を保ち、それでいて開かれた大きな目――彼女こそ大和撫子に相応しいとまで思う。美的意識の乏しい奏音にとってのいい先生である。

 奏音の学園では男女問わずに認める美麗さを有する彼女はモデルではなく、ただの一般人である。だというのに、中学に入学した時点で学園のアイドルとなっていたのだから驚きが隠せない。また気前のいい姉御肌なのもあって意外と同性にモテる。同性に放課後告白される姿を奏音は親友として何度も目撃している、という不思議な出来事もある。

 とはいっても彼女はあくまで普通に異性との恋愛を望んでいる。だけど男運が壊滅的に悪い。

 吹かず飛ばずのバンドマンや夢見るあまり収入がない劇団員だとか……年上を好む彼女の性格なのも相まって毎度のごとくかなりの確率で痴情が縺れる。

 それに対して彼女に告白する女性は結構な割合で常識人であったり、運動神経抜群であったり、頭脳明晰であったり……彼女ほどではないがかなりの人望者であったりするから普通に女性と付き合った方がいいと奏音は内々で思い始めている。


「そ、そんなことないよ? 受験勉強してたし!」


 黄色の髪の毛を揺らす彼女は少し伏し目がちになる。


「貴女、内部進学じゃなかったの?」

「く、鞍替えだよ、あはは」

(ふぅん?)


 奏音はにたりと笑って、少し意地悪気に呟く。


「だったら宿題は見せる必要はなさそうね」

「え“っ!?」


 彼女は途端に顔色を変える。


「だって、受験勉強の片手間に宿題はできたでしょう? これで私も肩の荷が――」

「ごめんなさい」


 天音の転身は余りにも早かった。


「もうっ、変なウソつかないでよ」「感謝であります~!!」


 現金なものね、と奏音は天音の都合のよさに少しの嫌気は確かに刺したけれど、どこか頼られるというのが堪らないよさもあるものだから、つい手を差し伸べてしまうのだった。


「でもさ、天音」

「ん? どったの?」

「今の時代にチャット? 珍しいわね」


 もう二十一世紀が始まって十年目に差し掛かる。確かに世紀が変わる前後でそのようなインターネットの革新的な文化が一部で隆盛を誇っていたことは奏音にも理解があった。だけど、動画配信や各個人の活動が大々的にネットを賑わすようになった現代で未だに掲示板発達以前のチャットが流行るものなのだろうか? とはたと思ってしまったわけだ。


「面白い話を聞けるんだよ」

「面白い、ね」


 なんとも漠然としている。特段問い詰めるべき話でもないから構わないけれども。


「そうなの、とっても元気になってね――」


 すると、後ろから私に声をかける人がいた。


「おはよう、篠崎さん、天音さん」

「やほー、蓮人」


 天音が先んじて返答する。


「あ、えっと、うん、おはよう、咲来君」


 咲来蓮人、私と同じクラスの男子だ。

 草原を彷彿させる新緑色のショートヘアーで外に向かって跳ねているのが彼の地毛だというから驚きだ。天音と並ぶとさらに彼の甘いマスクが際立ち、完成された美男美女コンビとなっていう。幼馴染という関係性もあって、現実との乖離がより一層加速してしまっている組み合わせだ。


「どうしたの? 篠崎さん、少し様子が変だけど」

「そ、そんなことないよ、咲来君、今日はゆっくりなんだね」


 彼は、家が少し遠方だというのに普段は割柏早めに登校するのだが、今日に限って言うと予鈴が鳴る十五分前と、かなり悠長な足取りだ。


「少し寝坊してね」

「へぇ、蓮人も寝坊なんてするんだ」


 咲来蓮人は優等生である。剣道を修めており、そして同時に学力に関しても申し分がない。私としては不本意だが、第三者からしたら奏音と咲来蓮人の成績はいい“賭け事”のテーマになるらしく、定期考査前は大変に一部が賑わうという。

 無論、奏音も役職柄看過することはできずに目を光らせているけれど、知らぬ間に結構な規模に拡大してしまっているようだ。


「何々? 蓮人は実は次の定期考査で打倒を狙っているから勉強していたとか?」

「やめてよ天音、恥ずかしいし、篠崎さんに失礼だよ」


 前回は運よく僅差で奏音が合計成績で彼を下したものだから、奏音と咲来蓮人を無視した数多の第三者が、勝手に彼が打倒篠崎奏音に邁進しているという根も葉もない噂が日に日に拡大していっている。

 当然彼にそのような女々しい性質はないことは知っている、健全な魂は健全な肉体に宿る、それを地で示す彼は勝った負けたで騒ぐことはそうない。

 次は勝てたらいい――それくらいのゆるりとしたある種達観したものの考え方が、涼しい白髪と整った顔立ち、常に微笑みを絶やさない様子と相まって、より彼を理知的に仕上げている。そんなことだから、女性に限らず男性のファンもかなり多いそうだ。といった情報を幼馴染らしい天音から多量に教授してもらったわけだ。だが天音はそのファンの構成にはどうやら含まれないようだ。幼馴染といえば恋愛一つにしても、かなりの割合で好敵手になると相場が決まっているとばかりに思っていたけれど、現実における関係性は寓話に存在するような単純なものではないようだ。

 腐れ縁、そう称する天音を見るに、満更でもないように思えるが……無暗に友達を疑うべきではない、人と人の繋がりは信頼関係によって醸成されると私は強く信じている。


「はは、負けっぱなしっていうのも考えようだね。次は後れを取らないよ」

「あ、あはは」


 奏音は実に弱々しい愛想笑いしか返せなかった。


「さ、行こうよ」天音は少し小走りで正門を抜けて、校舎へ急ぐ。


 正門を通過してもまだ百メートル弱の整備された通路がある。脇には花壇が間隔を維持しつつ広がっている。この時期は秋の花が咲き揃い、その色合いが通路の薄茶と灰色のモザイク模様とマッチしている。


「行こう、篠崎さん」「ええ」


 遅刻の心配は、ここまでこれば万が一にでもないが、やはり五分前、いいえ、十分前行動は徹底すべきだ。授業の準備もあるだろうし、手早く荷物を自席に置こう――奏音は持ち前の少しいきすぎた生真面目さを有事であろうが発揮し続けた。





 少し天音と咲来に遅れる形で学内へ入る。男子生徒は快活に廊下を駆け巡り、生徒指導の教諭が朝から耳に残る怒声をこれでもかとあげている。対し、女子生徒は柱の間の僅かな空間や、空いたスペースに開設されているカフェエリアにて日々の噂話や色恋沙汰に花を咲かせている。が、奏音が知る限りのここ最近の話題の中心は専ら、


「A組のあの子が失踪したらしいよ」

「ええっ、嘘!? 昨日はあんなに――」


 そう、行方不明事件だ。

 最近は、この学園に限った話ではなくこの地域一帯の中高にて無差別的に発生している奇妙な事件……それに関連する噂がある。無差別的に、という表現は誇張ではなく、まさにこの事態を言い表すのに最適なものだった。

 行方不明、或いはそれにて端を発する精神錯乱状態に陥る学生にこれといった相関関係が存在していないのだ。つながりを示す線が、一切伸びていない、そうとも言える。この街で観測されている事態を紐解くと、被害者の無作為さが浮き彫りになるのだ。

 まるで意図的に各個人の属性が均等に振り分けられるかのような挙動に、捜査は膠着状態に陥っており、事件が発覚したのは一年も近く前だというのに未だ解決の糸口が見いだせていない。そういうある種の謎は、噂を育てる温床にはもってこいだし、これ以上の土壌はないだろう。


(みんなオカルト好きだね……根を詰めすぎるのはよくないけど、そればっかりになってしまうのもよくないわね……)


 気晴らしにはなるのだろうけれど、確実に被害者が存在する話。あまり大声で談話の充てにするのは些か不謹慎ではないか。


(いや、こういうものの考えが皆に硬いっていわれる原因なのかしら……)


 奏音は別に規律だけを重んじたいから委員長になったわけではない。


(でも……気になるのは事実。ほんとこの好奇心どうにかしたいなぁ……)

「きゃっ!?」


 曲がり角、ついぞ放心して物思いに耽っていたからか、出合頭で教師と衝突してしまう。


「ご、ごめなさい!」


 すぐに起き上がり、頭を下げて、同時に拡散したプリント類を急ぎ拾い上げる。


「って、霧谷先生?」

「ああ、篠崎さんか、おはよう」


 彼は奏音のクラスの担任だ。

 眉の下あたりまで無造作に伸びた前髪や、寝癖にも捉えかねられないぼさぼさの毛髪が奇しくも彼の頼りがいのなさを体現しているようで。確かに彼は教員になって早くも五年近いというのに、結構の割合で凡ミスを繰り返しては高齢の教員に叱責を受ける場面をよく見る。

 というのも委員長の役職として霧谷の手伝いという名の雑用を熟すことが多いので、そういう光景をまま目にする。確かに時折ため息が出そうになることもあるが、そんな生徒に近しい距離感が信頼を集めているのもまた事実だ。


 堅物のような教師よりかは断然いいのは奏音だって賛同できる。


「ごめんなさい、少しよそ見をしてしまって……」

「どうしたんだい? 根を詰めすぎているのなら時には休みを取るのも大切だよ?」


 霧谷は、教師として以上に一人の対等な人間として生徒たちを見る。彼のその審美眼、洞察力に関しては学内の教師で横に並ぶ人はいない。


「いいえ、大丈夫です。私は元気ですから」

「そうかい? それならいいんだけど」

「あっ、これ授業の資料ですか? 運ぶの手伝いますよ」

「いいのかい? 助かるよ」


 霧谷が束ねていた資料の半分を手に取り、ともに歩き始める。


「件の行方不明の話、まだ学生間でも抜け切ることができてないようですね」


 奏音は先まで内心で考えていた思いを簡単に吐露する。


「人の不幸はなんとやら……とまでいうと大袈裟かもしれないけれど、ストレスを溜め込みやすい時期というのは人は根拠がまるでない噂に熱中するものだよ」

「いけませんよ、先生。誰かが幸せになるのならまだしも、事実として被害者がいる以上あまり大っぴらに話すものではないと思いますが……」


 彼女がそういうと、不思議にも霧谷は笑う。


「そこ、だよ。篠崎さんは被害者から真正面に向き合って、物事を捉える力がある。噂を楽しめる学生は隣に寄り添ってものを考えるんだ」

(つまり私の視野が狭いとでも言いたい?)


 軽く不服を申し立てそうになるのを奏音をきゅっと抑えて、会話を続ける。


「……不可解な話です。噂だけは跋扈するというのに、解決の手がかりさえも見つからないだなんて」

「後日発見された学生たちは、総じて錯乱していて話が聞けないようだ。小康状態にはなったとはいえ、それでもやはり事件の前後を思い出そうとすると混乱してしまうようだね」

「やけに詳しいんですね」

「ついに隣のクラスにも被害者が出ているからね。僕のクラスがまだ一人もそうなっていないのは、ある意味で幸いなのかもしれないね」

「不謹慎ですよ」


 霧谷との付き合いは、彼女がこの中学に入学してからになるのでかなり込み入った事情まで教えてくれる。責任問題として如何なるものかとも思うが……。


「すまない、言葉のあやだよ。だけど実際問題、僕には自分のクラスの生徒たちで精いっぱいだよ」

「それは理解できますが……」


 教師としての立場と霧谷個人としての限界が板挟みになっているようで、一言で彼を否定することができないでいた。




「それにね、少しばかり看過できない話もあるんだ」


「と、いいますと?」


(ブルー・)(スカイ)という薬物が、被害生徒から検出されたんだ」




 霧谷の表情は何処か、普段の柔和さは消え去って焦燥に駆られている風に思えてならなかった。

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