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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「カノンは真面目な学級委員長 前編」

お待たせしました、第二章です。

奏音が異世界に至るまでの”敗北”と”愛”を描いた物語です。


なお、過去譚は第三者視点になります。

 未だに夢のよう。


 信じられない話だ。私としても語っていて、滑稽に思えてくる。

 だけど否定はできないようだ。

 憤怒にしても、逃避に感けるにしても、何をしても呪縛のような苦痛が鎖状のおもりとなって私の骨肉に絡みついては離れようとしない。


 私が語れるのは、精々そのような面白みもなければ救いも、大どんでん返しもない呪縛の物語――それは嫉妬が憎悪を孕み、膨れ上がった思春期真っ盛りの少年少女の活劇とでもいえば、聞こえがいいかもしれないわね。



 しかし、既に終局を迎えた物語が悲劇だけだとは私は決して思っていない。

 雁字搦めに私に纏わりついたある種の不幸は間違いなく私にとっての悲劇であるのだが、それを優に帳消しする幸福があった。情愛があった。 

 思春期が始まって、複雑でいて何処か性的倒錯した異様の愛を理解した。第三者が評すれば明らかに歪な関係性だったけれど、私はそれを純然な愛だと断言できる。

 私が現代での戦いを終えて、異世界に至る直前までの私の愛の物語。

 敢えてこれからの話を形容しようとするならば、これ以上に適した文言はないだろう。


………………

…………

……


 秋という季節は本当に瞬きをする間に過ぎていく。受験期を控えた年度にもなると嫌に一年の経過が早かった。一晩前までは新顔たちで余所余所しいものだったが――文化祭並びに体育祭を経た後は自然と距離感が縮まっていった。思春期男女の集合は願わなくても鬱憤が溜まるもので……きっと何かのきっかけで爆発してしまうかもしれない、だけどそれだけは水面下で防げていたのだった


 この度、舞台の中心となる少女の名は篠崎奏音。

 学校の規律に則った腰までしか伸びていない黒髪に、丁度額が隠れる程度の前髪。眉も整える程度で、街行く女性の人のような洒落っ気はそうなかった。

 中学三年生……と言われてもまるで実感がなく、中学最高学年なのに身長が小学校低学年時の儘という肉体的なことから実感のなさも確かに生じている。だけどそれ以上に大人の人や学校の先生は、総じて今だからできることを探せ、今だからこそ輝くべきだと言葉を並べるけれど……漫然としかそれを掴めていなかった。


 だけどそんな答えのない疑問を如何に深く考えようとも、自然に時間は過ぎていくという訳で今日も今日とて朝早く、時間通りに起きて、顔を洗って、髪の毛を整えて、荷物を確認――と彼女の準備に抜かりはない。


「よしっ」


 宿題も問題なく終了している。

 母と一緒に朝食の支度をする。彼女の父は昨日も夜遅くまでの仕事だった。


「奏音も学校があるでしょう? 無理しなくていいわよ」

「いいのいいの、こういうのって、結構いい気晴らしになるんだから」


 学校は受験期を控えているということで、授業の速度も密度も一年生や二年生の時の比ではない。新たに学習することが終わったらしく、今はただ只管に、復習の毎日。そして、六限目までみっちりと学び終えた後は、塾で夜遅くまで詰め込み授業。

 奏音にとってはいい気晴らしだったのである。


「お父さん、昨日も残業?」

「そうよ」


 室内に箱詰め状態で何時間も集中を強いられるのは、体が鈍る原因に他ならない。中学生としての最後の盛夏は風が吹き抜けるような速度で過ぎ去り、部活に捧げていた時間(といっても演劇部で多少体を柔軟し、駆け込む程度だったけれど)は引退の時期をとうに迎えてしまって、受験勉強に専念しなければならなくなる。

 そうなると空き時間に家事手伝いでもして、体を動かしていたい。きっと、これはいつも汗水流して働いてくれている父母へのせめてもの孝行になる、そう信じているから余計にいてもたってもいられなくなっていたわけだ。


「お父さんみたいになりたいから……いろいろな経験を積まないと」


 父は、テレビや街角を眺めると必ずと言ってもいいほど目に入る、言わば誰もが知る大企業に勤めている。奏音としても、それはとても誇らしいことだけど、一流であるがために家族の時間を取りにくくあった。

 いつも終電間際の時間帯に帰宅し、そして眠るようにベッドに沈んでしまう。確かに誰にでも自慢できると奏音は自負しているが、少し寂しいと思い馳せることもある。だけどまだ、知識も社会経験も不足している私では到底父の力になることはできない。

 だからこそ、こういう日々の家事を手伝うという風にしている、という経緯がある。


 父のおかげでこのような豪勢で瀟洒な分譲のマンションの一角に住まわせてもらえているのだから、これくらいのことはやって当然だろう。


「そうね……奏音ならきっとお父さんよりも偉くなれるわ」


 母は、そうやって白く柔い掌で奏音の頬を撫でた。


「お母さん、くすぐったいよ」

「でもね、奏音。無茶をしては駄目よ。貴女にとってはとてもとても大事な時期よ、奏音の人生のこれからを占う、一世一代のね」

「もう、大袈裟だよ?」

「いいえ、大袈裟なんかでは決してないわ」


 母の献身的な面倒に、父の交流には乏しいが金銭面からの援助もあって私は世間的に評判のいい(奏音本人は最近知った)中学校に通わせてもらっている。その甲斐もあって不自由のない生活をおくることができている。一応エスカレーター式で高校も付属しているが、今まで更なる躍進を見せ、政界を牛耳る人間であったり、経済界を牽引する人材になったりする者の多くはこの中学を出て、更なる上の学校を目指す。

 父と母は、其処を目指すように常日頃から私を教育してきたし、私としてもそのレールに何ら不満はなかった。父や母のような立派な人間になるための一歩というのなら、私はどんな努力だって惜しまないし、努力が実るのを体感してはとてもいい気分になれたのだから。


「奏音はね、特別な子なのよ」

「そんなこと、ないよ?」

「いいえ、誰よりも特別よ。お父さんにも、お母さんにも叶えられなかった夢を叶えられる、他の子にはない才能を持つのだから」

「ありがとっ」

 私は少し目を離していた鍋に視線を落とす。いい感じに出来上がってきた。

「お父さんを起こしに行かないと」


 父を起こすのも、奏音の重大な役目。

 寝室へと大きな物音を立てずに進み、勢いよくカーテンを開ける。すると、朝焼けの日差しは万遍なく部屋に降り注ぎ、父の眠るベッドにも照射される。すると、少しの唸り声をあげて父は目を覚ます。


「朝だよ」

「ああ、もう朝か……」


 釈然としない言葉を並べる父は、少し朝に弱い。

 寝惚け眼を少し擦って、備え付けの洗面台で顔を洗って――寝間着から外行きのシャツとスーツを揃え、秋口の朝夜特有の肌寒さを耐え忍ぶための亜麻色に折り込まれた外套を纏う。世界の情勢を簡潔に取り揃える朝刊をその手に取って、食卓の席へ足を運ぶ。


「いい香りだね、奏音。今日もお前が?」

「うん、元気が出る料理にしたよ」

「偉いな、調子はどうだ?」

「いつも通りかな、とりあえず週末の模試で大忙しだよ」

「ふむ、学級委員長と自身の学業を並行させるのは大変だろうが、頑張るんだぞ。奏音、お前は私の希望だ」

「もうっ、いっつもそればっかりね。冷める前に食べちゃって」


 そんな期待と、ほんの少しの日々の喧騒に駆られるのが奏音の全てだった。





 朝食内で軽い談話を負えて少しすると、それぞれが登校・通学時間を迎える。

 奏音も特別な私立の学園に所属しているのもあって、中学校初年度の段階から電車通学を余儀なくされている。しかしそれを理解した上で進学を希望している故、不満はない。三十分ほどの間電車に揺られることとなるが、生徒によっては一時間以上かかっているとも聞くので、その点では奏音は恵まれている部類なのだ。それに彼女は仮に不平に思っても、そう言葉に出さない。それ程に彼女は生真面目が過ぎるのだ。

 それに、模範たる生徒で或って然るべきなのでそこで弱音を吐いて遅刻するわけにはいかない――そんな障壁、物の数に入れてはならない。


 父よりも早く家を出た奏音は、軽快な足取りで駅へと向かう。

 駅に差し掛かる交差点の前で信号を待つ。

 マンモス校ではないため、わりと学園と隣接しているこの街角でも同じ制服で飾っている同学年の生徒を見ることはない。だから、交差点の対岸に同様の冬服をまとった女子生徒が見受けられた時は、ほんの少し、驚いた。

 そうこう考えていると信号が青に変わる。少し遅れ気味に奏音も歩き出すが、その女学生はどうしてか――駅の逆をいき、自分とすれ違うように歩いてきた。

 マゼンタのその髪色が他の通行人とは一線を画する存在感を放っている。非常に端正な顔立ちというのに、髪の毛は全く手を付けていないか――酷い癖毛となって絡み合い、腰元まで伸びている。そしてシアンの瞳は水晶のように煌々と光を放ち、汚れを知らない。

 ぼーっとしており、何を考えているか……まるでわからない。一目見て猫背であるとわかる。ただ悠然と歩いているだけだというのに、彼女からは異質な気配が放たれており、その少女は奏音とは比べ物にならないくらいに可憐な美少女だった。

 彼女なりに考えがある筈なのに、私はついぞ進行方向を逆にいく彼女に声をかけてしまった。


「どこに行くの?」

「……?」

「貴女――倉島さん、よね?」


 倉島愛華。

 いつかのタイミングで転校してきて、いつの間にか学園の一部のように馴染んでいた。だけど不思議なことに――誰もそれが正確にいつの話なのかは覚えていなかった。学級委員長として、同級生の様子には眼を配っていた筈なのに、それでも或る日まで観測に至らなかった、不思議な存在。


「駅は……あっちだよ?」


 指をさす。

 それを受けて倉島はくるりと振り返って広がる駅を確認した後に一度だけこくりと頷いて、くるりと振り返ったかと思えば……とててて、と本当に擬音を立てるような足取りで、駅の方へと向かっていった。


「な、なんだったの?」


 単純に道に迷ったのだろうか?

 何れにせよ――ただでさえ不可思議な彼女の謎が、唐突により一層強まったある朝の一幕だった。

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