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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第一章「篠崎奏音は空想だけで生活したい」
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エピローグ「カノンと奏音の取り巻く世界 後編」

 経過した時間は延べにして三時間近くに及んだ。


 尚も作業は続く。求められるは、繊細で精緻な指の繰りと集中力である。

 黄色の宝玉の光の管の結びつきを解除する際に、他の三色の干渉を阻害せぬように、そして迅速に白の宝玉へと移植する。都度、魔力(アビロイド)を微量に注入・吸引の所作を同時に実行し、本来は相いれない黄色と白色の宝玉に相関を作る。


 私としても、久方ぶりの精密作業というのもあって、柄にもなく気分が乗る反面、慎重さにより一層拍車がかかっているようだった。

 額や首筋の汗腺からは冷えたものが流れ、唯その場に鎮座し、指を数か所行き来させるだけだというだけなのに――市井を全力で駆け巡ったかのような疲弊に襲われる。が、僅かにでも気を抜こうものなら、直ちに白と黄色、並びに既に結びつきが成立している赤、青、緑の宝玉と不整合を起こし、立ちどころに指輪が本来の機能を喪失してしまう。


 仮に破壊は免れたとて、本来内在する威力が軽減されてしまうようでは意味がない。最低でも現状維持、可能な限り性能向上に臨みたい。

 それでいて、かの黄色の宝玉に秘めたる呪詛はかなり強烈な仕様をしているもので、管を移植する時、指先が数刻でも触れただけで此方の身に干渉を繰り返してくる。

 余程念の籠った呪詛であるのか、呪詛そのものが私の作業に妨害をかけているようだ。先に指頭で掴んだ時よりも多くの魔力(アビロイド)を吸引しているようで、私の体内から幾分か吸われているのがわかる。

 ふむ、気を抜けば集中が途切れて頭痛が起こる。その時点で換装は失敗に終わる。

 それをかの黄色の宝玉は誘引させているというのか? 

 宝玉風情が、随分と行使者相手に大きく出たものだ。呪詛にとっても、宝玉にとっても危機であるという今でさえも支配の機会を伺うというのか? 

 その発達した黄色の宝玉の持つ意識には素直に称賛を送りたい、利用法によっては十二分に力を発揮するだろう。が、私は斯様な不確定要素を多く孕む存在とは相性がよくない。

 明確に利用価値があるか、ないかという至極単純な思考で事足りる事象の方が、しっくりとくる。


「……こんなところかしらね」


 赤、青、緑から黄色へと幾重にも伸びては結ばれていた光の管は全てその接続を失い、遊ばせていた管は寸分違わずに白色の宝玉の、対応する位置へと変換された。居場所を失い、机の上に転がっていた黄色の宝玉を私は指で掴み上げ、迷わずにそれを破壊した。粉々に砕けた宝玉は独りでに粒子となり、地面に落ちた。


 自らの卓にて珈琲を飲んでは、付き合いきれないと自分の仕事に従事していたエンヌ先生は目を丸くしている。


「まさか……本当に無事に終わるだなんて……」


 ここにきて初めて周囲の様子を観察すると、複数の防護の〈術式エイジ〉が展開されていることを示す円環が部屋中に張り巡らされている。

 まさか私が失敗して、甚大な被害を齎すと本当に思っていたというのかしら? 

 そうならば心外ね、私は元の世界では電子工作は得意だったのだから、これくらい造作もない。些かエンヌ先生は私を信用しきっていない節がある、何処かまだ危なっかしさを私の中に見出しているのかもしれない。

 まぁ、盲信されるとそれはそれで面倒だけど、何もかもを猜疑的にみられるのもどうか……今後解消させていくしかないか。


 他者がどういった感情を私に抱いているかなんてことはいい。


 私は作業を終え、換装された指輪を右の人差し指につける。そして、魔力(アビロイド)を指輪に集中させると、各色がそれぞれに煌めいた。無事宝玉が作用した紛れもない証左だ。

 そして、最後の動作確認は当然白の宝玉だ。


「何をするつもりなの?」

「これを隠すのよ」


 私が取り出したのは魔導書である。


 魔導書は初見の術式を使用する際や、既知の〈術式エイジ〉の精度をより高める際には威力を発揮する道具だ。

 が、如何せん嵩張るのだ。先の戦闘時も空中に浮遊させ、常に追従するように設置していたが、正直言うと邪魔で仕方がない。加えて、あれでは自分の手の内を相手に晒しているに等しい。絡繰りは私にもわからないが、あの魔導書とやらが私の術師としての技術を実現させているのだから。あのような露出した場所に放置しておいては、何れ盗難されかねない。  

 既に習得した〈術式えいじ〉であれば最悪魔導書がなくとも対応ができるが、戦力は大幅に減少してしまうだろう。

 それに、魔導書に狙いを定めて、且つ私から強奪できるほどの相手は当然私を完封できる程の力の持ち主だろうし、そうなると、後手に回ってしまう。

 私としては強奪させることも、それで相手を優位に立たせることは間違っても起きないようにできるだろうけれど、無警戒は愚者のすることだ。


「指輪が私のメインの武器であると、相手に錯覚させるの」


 それぞれの属性に分類された宝玉の力、そして三位一体の必殺技に憑依術、それらだけでも十分に相手を騙るに足る威力を持つ。


「私以外の八聖王がどういう力を持っているか不明な以上、可能な限り私の手の内も隠す必要があるわ」


 八聖王同士が殺し合う定めというのなら、無暗に情報を開示するのは悪手だ。


 さて、これにて本当に今回の騒動が終結に至った。





 数日も経過すると、視力はほぼほぼ完治した。

 派手な戦闘で浪費した魔力(アビロイド)も回復しきり、本調子……とまではいかなくとも、戦闘前の水準に体を戻すことができた。ここからの日常は、以前に予定を立てた通りだ。授業を卒なくこなし、エンヌ先生の指導を仰ぎ、来るべき日に備える。


 エーデルワイスも彼女なりに色々と準備を進めているようだが、多くは聞かなかった。

 無論、その算段の中には私を滅ぼす手段に関するそれも含まれているだろうが、構わない。

 策を弄し私を殺めるに至れるというのなら、それは間違いなく私の油断による敗北であるし、何一つ文句のつけようのない彼女の勝利だ。

 それを込みにしての“協力関係”というわけだ。下手な貸し借りが一切にないシンプルでいて、これ以上にない関係性だ。


「今日は終わりよ」


 とはいえ、エンヌ先生には多大なる謝辞を述べねばならない。

 私の、言うなればかなり横暴に近い取引にも応じてくれて、そして契約を反故にしないでいてくれる。

「また来週ね、っと、カノン」

「何かしら」

「貴女、今週末は――」

「ええ、特に予定がないから」


 今回得た教訓は、実戦経験の乏しさだ。

 いかに知識と才覚があれど、それ以上に現場で死線を潜り抜けた人間の方が数段上手になるし、苦戦を強いられる。それでは肝心な殺し合いになった時に圧倒的な不利となる。だから、私は続ける。少なくとも八聖王が表れるまでは、暇つぶしに巨悪を討つ。勿論私の周囲の人が巻き込まれないように頻度は絞るが。

 暇を持て余すとも思えた。が、エーデルワイスへ護身術を叩きこむなどやることは意外に多くて、結果的に頻度を絞ったことが功を為した。


「本当に貴女は解せないわ――〈術式エイジ〉習得への意欲もそうだけど、生き方とか、そのレベルから」


 解せない、か。


「何故に多くの人間たちの中で寄りにもよって私が八聖王に準ずる存在に選定されたか、それにはきっと意味がある――私はそう思う。その意味を見出せないまま、役割に従事するのは御免よ」


 無論八聖王と殺し合う羽目になっても、負ける気などは毛頭ない。負けないためにすべてを利用する。友情なんて言う枷を無根拠に信用しきり、行動をやめた木偶共に成り下がる気なんてない、私は私にできることをやり続けるとも。


「尋常なまでの超然主義ね、貴女の生き方は」

「至上の誉め言葉よ」


 情に流されて、主義主張を変えるなどもってのほかだ。


「そんな貴女が、アニスの仇をとったのは、一時の気の迷い?」


 ほう、そのようなことを聞いてくるとは、少し意外だった。


「……アニスだから、という問題ではない。蘇生の〈術式エイジ〉があったとしても、きっと彼女を蘇生させることを私はしないわ。彼女はあれが運命だった、彼女は運命に従っただけなのよ」


 盗賊の勢力図に変化が生じ、それにより事を欠いて苛立っていた構成員の一人が偶々正しい行動をしていると信じていたアニスと出会ってしまい、彼女を誘拐。アニスは助けられることなく強姦され、凌辱の果てに事果てた。そういう運命の“流れ”だったのだ。


「アニスに関して私がいえることは何もないわ。だけど、名前も覚えていない盗賊、あいつらは違う。あいつらはこともあろうか私の日常を乱した、アニスとは交友関係でも何でもないけれどアニスを殺害するという間接的な形で私の進む道を今後阻害するかもしれない脅威となったのよ。だから脅威が芽吹く前に叩いた、それだけの話よ」

「そう……」


 エンヌは一度だけくすりと笑った。


「何よ?」

「アニス、きっと喜んでいるわよ」

「…………ふん」


 聞かなかったことにしておこうではないか。私は優しいから。


「……カノン、貴女に教えてほしいことがあるの」

「何かしら、嗚呼、元の世界のこと? 私が知る限りでなら構わないわよ」

「そう、ね。元の世界……なのは確かなのだけれど、少し違う」


 ふむ、好奇心が絡むというのに妙に勿体ぶるものだ。


「私が知りたいのは元の世界の貴女の生き様よ」

「どういうつもりかしら」

「いろいろ聞いたわ、元の世界の技術水準、労働や宗教について。最初こそは貴女のような生き方が元の世界では普遍的な、殺伐としていた世界だとばかり思っていた。だけど、違うわね。失礼を承知で言うけれど、元の世界という存在の枠組みでのみ考えても、貴女という人格は……その……」


 ここまで言っておいて、突然遠慮が生じたか?


「私は知りたい、貴女の過去を。如何なる経緯でこのような超然主義的な人格が、それも第二期成長期を迎えて間もない貴女に備わったのかを。これは個人的な過去の話だから、貴女としても話したくないのは――」

「いいわよ」

「えっ……?」


 ふん、自分から聞き出しておいて驚いているようだ。


「どうせ終わったこと、今更元の世界に戻ってやり直そうとも思っていないから話くらいでいいのなら教えるわ。ただ……」


 酷く退屈する話よ。

 そういうと、エンヌ先生は拍子抜けた表情をしたが、すぐに引き締めて一度うなずいた。


「それでもいいというのなら、幾らでも教えてあげるわ。私の過去とやらを」


 長く永い物語。

 まるで千夜一夜物語を紐解くかのような意気込みで、くだらなくも懐かしい身の上話を紡ぎ始めようではないか。


これにて第一話は完結です。

第二話の投稿は七月の一日からを予定しています。


間はキャラクターの情報をまとめた記事を投稿しようと考えております。

今後ともよろしくお願いします。

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