第49話「空虚な魔の瞳」
実質決着のようなものです。
この後は……ほんの少しの余談と、終幕です。お楽しみに。
「…………」
少しだけ離れた場所、といっても十分にセルヴィアの位置が人並みの視力で補足できる森林部だが。
私の真剣勝負に横槍を指す不届き者で思い当たる人数はそう多くない。加えて浮遊する私の首根っこを無理やり引っ張るなんて荒業をする相手なんて、エンヌ・ハイゼンベルグ以外にいない。
大変な憤りを抱いた私は、怒声を最後まで喉元に留めておくべきか悩んだが、余りにも野暮な介入の仕方だったため遂に師に苦言を呈してしまう。
「私は協力者を求めはしたけれど、誰も保護者になってと言ったつもりはないのだけど……エンヌ先生」
「馬鹿な真似はやめなさい」
悪びれる様子もないとは、恐れ入った。
「何が真面目で何が馬鹿かを厳密に定義した上で注意して」
彼女が手出しをしなくとも回避はできたとも、そうでないのに身を軌道上に晒したりしない。全く、今から面白かったというのに
「貴方、喧嘩を売っている相手のことをわかっているの?」
何を言い出すかと思えば。
「セルヴィアは確かに賊の長として燻っているけれど……元は宮廷付きの術師だったの、年代が違うから対峙したことこそはなかったけれど」
ふむ、やはり見た目が年齢と直結するわけではないか。
「貴方でも手に余ると?」
時代が違うという言いぶり的に、エンヌよりも先輩なのだろうか。
「……楽には倒せない」
そうエンヌは不承不承ながらも答えた。
ふむ、やはりレア敵だったか。
「それに、幾ら市街地から離れた森林部とはいえ、彼の〈術式〉の射程には市街地も含まれているのよ」
ふむ、欲求を充足させるためには悪魔に魂をも売る程の狂った側面を持つというのに、通常時はあくまで国家に与する立場を貫きたいというのか。
「言い分はわかったわ」
「撤退しなさい、きっと私が退路を切り開くから――」
「一分で決着をつける」
その私の言に色を失ったか、彼女はそれ以上の言葉を紡ぐことはないようだ。
「今日くらいは役人としての貴女の顔を立てる、と言っているの。それに、どっちにしろ私の〈術式〉を試すのにはあいつをある程度まで叩かなければならないのだし」
呆然としていた彼女だが、私の発した文章の後半部分を聞き取った途端、その表情を強張らせた。
「あれだけはやめておきなさい」
私は彼女の言葉が継続するのを待った。
「あれはあくまで理論的に演算が合致しただけで実践するにはあまりにも――」
「格好の相手がいるじゃないの」
空中には悠然と空に滞在するセルヴィア。意図的に何もしていないようだ。
その気になれば、それでこそ森林全土を焼き払う強行に出てもそう不思議はない。あの指輪に内在する力を開放すれば造作なく完了させることができる。
「彼に、試す気なの?」
「答えがわかりきっている質問をしないで」
私は立ち上がる。
牽制として彼の脳天直下に雷撃を落とす。彼は青の力でそれを難なく防ぐ。
「エンヌ先生、私は自分が宣言した通りに一分で終わらせる。だけど、そうね――貴女は貴女の役目を果たしてもらうわ」
それは一つ、街の防衛だ。
「じっくりといたぶるつもりだったから街も意識ができたけれど、短期決着を狙うのなら、防衛しながらでは少し骨が折れる」
「……それは本心かしら、謙遜かしら」
鼻で彼女の問いを嘲笑う。
「いってくるわ、首尾よくいくことを願っているわ」
再び彼と同じ立ち位置に戻る。
「逃げたかと思ったが」
「闖入者よ、まったく、困った協力者を持ったものよ」
瞬間、三又のか細い雷撃が彼の腹部、胸部、そして喉を貫通しきった。青の式神が防護に入るよりも迅速だった。
「貴方の〈三位魂戟〉は確かに恐ろしいわね、正面切って相まみえるには余りにも分が悪すぎる、だけどね」
貫通した雷の線が振動を開始し、旋回した。その軌道は、彼の体躯を三分割に割いた。
「そのお陰で各個の宝玉が相互に作用していた時にはなかった慢心が生まれた」
黄色の宝玉が煌めきだすが、間髪入れずに黒化した業火が彼の細切れとなり散開した頭部と下半身を点火する。灰燼になり、風に運ばれるのは、その部位のみ。意図的に指輪が装着された腕のある胸部のみを残した。
指輪は残存しているからこそ、滞りなく修復が進行する。
「そんな今の貴方で、私を滅ぼせるかしら?」
回復直後に剣で彼奴の全身を縦に両断する。
「いいものね、無痛症というのは……煩くなくてすむ」
いちいち悶絶されては頭が痛くなる。
「だけど、悪いわね。制限時間があと一分くらいしかないから――終わりにしましょう」
「終わりだと? お前には勝機は――」
「まだないわね。だけど、負けることは万が一にもない」
ここで回復に時間を要する真似もできたろう、そうなれば私は自動的に撤退 (するつもりはないが)して、エンヌ先生の顔を再度立てないとならなくなる。それにまぁ、無辜の民にまで手をかけるつもりはない。
だが、彼は存外ロマンチストのようだ。
先とは見違える速度でその身を結合せしめたではないか。
その矢先に、私は剣戟を刺突中心に変化し、カトラスを手繰るよう、彼の胴部に均等な穴を濫造していく。当然、先に急所を潰したうえで、だ。
「比喩でも何でもないということを示そうかしら? 一万回ほど殺せば、そっちに勝機は一切にないことを理解できるでしょう」
高速化を経た幾百もの刺突に区切りを打つと、瞬時にカトラスを槌のようなものに変化させ、そのままがら空きの彼の腹部に打突を食らわせる。すると、勢いを乗せたまま彼は地上まで墜落。ある程度の高度だったのもあり、森林に地響きが伝う。
「追撃を予期して、〈三位魂戟〉を照射することなんて、とうに読んでいるわよ」
それを涼しく回避した私は、両手に円環を纏わせ、
「燃えなさい」
彼の落下した森林全域に強大な絨毯爆撃を披露した。
最早その光景は術師同士の対立に非ず――弱種種族を掃討する蹂躙そのものだ。彼の状態がどうとか、悲鳴がどうとか――考えることさえも忘れる程に派手な十秒にもわたる追撃だった。
それを止めると、ゆっくりと彼は回復を進めながら浮上してきたではないか。
「貴様……矢張り」
「〈心握〉」
彼の言葉の最中に私はその場で動こうとしなかった彼の心臓を、握りつぶした。
すると面白いことに、彼はまた地上に落下した。
そして再び彼の帰投を心待ちにした。
(こんな馬鹿みたいなペースでやれば、魔力切れなんてあっという間ね)
だからこその一分間という制約なのだけど。
彼は復帰する、そして言葉を続ける。
「成長をしている」
「どういうことかしら?」
「俺とお前が対峙したときは、そのような速度も、魔力も――」
「そうか」
私が事前に購入しておいたネックレスによる急造の弓矢程の細さの針が、彼の頭部を貫通したのを始まりに、その金属が融解しだし、彼の全身を駆け巡り始める。
「だいたいわかったわ」
これは水銀だ。
先は守銭奴だったため、敢えて気遣って金を用いてやったが、特に金銭に無頓着ならば此方の方が安くつくし、単純に毒にもなるから最適だろう。
そして、彼の予想は簡単だ――私が予想以上の速度で戦闘慣れしていっている事実に動揺が隠せないだろう。その慣れ具合が、最初は一苦労だった相手を凌駕する程なのだから。しかし、驚かれても仕方あるまい、私は私だ。それだけは徹頭徹尾変わることはない。
(残り二十秒か、いい感じね)
少し彼の反撃を私は待った。すると彼は予想通り、〈三位魂戟〉を今日一番の最大火力で放ってきた。
私はそれに先だって、球体を投擲する。
そして数舜後には――一度巨大な衝撃波を拡散させながら衝突し、大規模な鍔迫り合いが発生する。そこから生じる暴風が木々を乱暴に揺らし、その烈風は市井の民にも感じ取られるほどのものだったそうだ。
「勝利の法則は決まった……なんてね」
ふと、元の世界の娯楽に思いを馳せながら、私は虚空から先の一条の雷撃を召喚し、それを小規模な“ブラックホール”を通過する形で波動の中心部に射出した。当然、コーティングはしているさ、それが威力の減衰した波動の中心部を穿つ勢いで特攻し、彼の胸部を一思いに通過した。
心臓を的確に破壊したが、尚も〈三位魂戟〉の猛攻は私の“ブラックホール”と鬩ぎあっているではないか。
「ふぅん、それでも攻撃はやまないか、流石ね」
素直な賞賛を述べた。
そして私は、尚も強大化する〈三位魂戟〉の波動の側面を滑空し始める。
〈天速〉による滑らかな移動の最中、橙の火花と快音があてもなく天上に打ち上げられる。それは私の貴重な制服の摩することによって遊ばせている夥しい程の熱量と、相反する向きの力が相互に強烈な抵抗の様を見せることにより生ずる音だ。搦め手など一切にない、ただ速度を乗せた拳による一打を彼の頭部に打ち込んだ。刹那、彼の頭部は西瓜割りの要領で破裂し、いとも容易く首から分断された。流石に演算を実行するメインエンジンでもある大脳が首根っこ諸共分離してしまったからか、波動砲は消失してしまった。
「残り十秒、上出来ね」
彼の服の布を掴んで拘束したまま、首より上の修復を待つ。
そして頭部が感知すると同時に、再びぶん殴る。そして彼の頭は破裂し、再生を待って――という無限ループのようなやり取りを残りの十秒で四度は実行できた。
修復速度は通常時よりか素早かった。ふむ、やはり指輪の、黄色の宝玉は独立した機構のようね。それもそうか、術師の演算に寄生しなければ発動しないというのなら、今のような即死級の致命傷を受けた時に使うことができない。それでは無用の長物だろうね。
指輪を根本的に再起不能になるまでに破壊するか、彼奴の細胞を一つ残さずに消滅しきるのがきっと常套的な手段なんだろうが、最早そんなことどうでもいい。
「……なぜ完全に、滅ぼすことを、しない?」
へぇ、修復が一番遅いのは結合部、今でいうと声帯の辺りというわけか。
「だって、その必要はないもの――ということで、時間切れ。さよなら」
私は例の〈術式〉を発動する。
エンヌの魔眼の派生形にして、究極系。
時刻はちょうど一分――予定通りだ。
「な――」
彼は見たのは、変質した私の瞳だ。
平常時の漆黒でもなければ、エンヌ先生から模倣した琥珀色でもない。
空虚なそれは、完全な“透明色”そのものだった。
私の眼球は――発動と同時に全てを反射する鏡面のように、彼の容姿全てを……掌握した。




