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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第一章「篠崎奏音は空想だけで生活したい」
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第48話「ブラックホール・カノン」

 無限に等しい自動回復機構を有するというのに、彼は実に腑に落ちない行動をとるではないか。


 曰く、指輪の宝玉に於ける秘奥義と謳う程の大技だそうだが、その全貌を私は推し量ることは最後の最後までできずにいた。結局、その実を結ばなかった長考の期間が彼奴に奇しくも演算処理の時間を幾何か譲与してしまっていたようだ。

 赤青緑の三体の式神は彼の周りに円弧を描きながら緩やかに旋回を持続する。すると、それぞれの個体を型付けていた輪郭が陽炎の揺らめき、三原色の区分けが曖昧となっていく。私は、というとその光景を(あだ)(おろそ)かにするでもなく、とはいえ過度に怖気(おぞけ)を振るうでもなく、淡々と目の前に展開される新感覚を堪能しつつ、解析作業を進めていた。


(てっきり、三体を気化させた連携攻撃か、或いは配合ないし調和させて新種の、厄介な攻撃を放つばかりと思っていたけれど、これは驚いた)


 式神そのもので円環を為す、というわけか。


 魔導書で簡略化こそはしているが、〈術式エイジ〉の土台は円環を作ることに始まる。無論、簡略化する前の、初見の〈術式エイジ〉となると私だって円環を作らなければならないものだ。いや、実際は高次な演算を為しているらしいが……実感はない。それがエンヌ先生にとっては度肝を抜かれる事例であるそうだが、できるものは致し方がないだろう。

 兎も角、目の前の現象には驚かされる。


(無意識のうちに二次元領域でのみ考えていた、というわけか)


 詰まるところ、彼が行っているのは円環を三次元で描写すること、造語にはなるが、球環とでも便宜的に言おうか、要するに、処理を拡張しているのだ。

 円環の数が増せば増すほど、演算の煩雑さは増すが、単純に完了後の〈術式エイジ〉に大きな変化がみられる。円環を二つで作り出した炎と円環一つで作った普遍的な炎ではその火力に差があるというわけだ。

 もっとも、演算を煩雑にしてまで炎の火力を強化する必要はなく、それなら並列で強化の〈術式エイジ〉を付与した方が余程効率的だ。まぁ、直列と並列によって如何に電流を流すか、といった風な実に基礎的な電磁気学の話と似通っていると認識してもらって構わない。

 それに、認めよう。

 私の想像力は円環を文字通り二次平面上の円としてのみでしかイメージできていなかった。それを三次元に拡張できる、その事実を知るだけでも無抵抗で観察した甲斐というものがあったというもの。

 最初は粘性の高い液体が緩やかに胎動するかのような奇怪な挙動を見せていたが、時間経過でその粘性は次第に失われていき、次いでその色彩を欠落させ、最終的には黒色の三本の紐が、あたかも球面の外周を描くかのように寸分たがわずに球の環を構成する。


(指輪の機構……だけじゃないわね、純粋に彼の肉体からも多量の魔力(アビロイド)が供給されているわね)

 瞳を凝らすと、通常以上に漏れ出ている魔力(アビロイド)が一粒も逃れることなく指輪の、三つの煌星に注入されていく。


(やっぱほしいわね、あの指輪)


 久しぶりに物欲が沸いた気がする。

 直後、自由気ままな紐の独立した移動は停止した。

 三本の紐は、球面を縦から三分割するかのように、断面が平行になる箇所で完全に活動を終了させた。中央の、丁度球を半分に切り分ける線上に、彼は立つ。

 そして人差し指と中指をくっつけ、私目掛けて指さしたかと思うと、その行動に呼応して、彼の前面にある紐が極彩色の輝きを放ちだす。


「〈魔力(アビロイド・)収束場(アトラクタ・フィールド)〉」


 ここにきて私は準備しだす。それは、大気中に分散している魔力(アビロイド)を任意の座標にのみ集約させるもの。専らは直近で使う攻撃系の〈術式エイジ〉の火力を徹底的に底上げするものだが、私はそれを壁の強度にのみ消費する。

 それと同時に、極彩色の紐はその存在を曖昧にしていき、それは空間を歪曲させる程のエネルギー場を形成する。

 その歪度は、重力の変化によって生ずるものだった。


(重力偏差が起こるほどの火力、か)


 彼の威勢は大法螺ではないようだ。演算時間が十数秒かかるのは痛手だが、成程、完了さえすればその遅れを即座に挽回する程になるというわけだ。


「待たせたようだな」

「いいえ、見物し甲斐があったわ」


 先だった防護壁の展開は控えるべきだ。防護壁に応じた威力調整を為されてしまうと、完全に競り負けてしまうからだ。だからこそ、攻撃が放たれたと同時に此方も展開する。


「久しいものだ、これを使う相手がまたも現れるとは」

「初めてじゃなかったんだ、意外ね」


 とはいえ、希少性の高い〈術式エイジ〉には変わりない。


「行くぞ、〈三位魂戟(ドライ・メイルストローム)〉」


 それは全てを呑み込む光芒の線だ。一直線に、場を呑み込みうる圧倒的な火力。

 地に触れただけで、それは巻き込まれ光芒の一部と化し、肥大化する。


(大がかりな作業に出た割には、案外ごり押しなのね)


 少し、彼の性質とは異なるやり方なのに驚いた。


「〈最上絶――」


 私だけが高速化した。現在彼は高速化した世界に入りえない。


「っ――」


 だが、光芒だけは動きを一切に抑えることはなく、私に対し前進を続けた。

 目を凝らす、と、全ての魔力(アビロイド)の粒子が、余剰し隠れていた粒子が部屋の破壊と共に漏れ出し、透かさず虹色の波動の中に吸収されていく。

 成程、指輪から生じるということは、即ち三種の特性を多分に引き継いでいる可能性が高いということだ。なれば……高速化に肉薄する速度とて再現できるだろうし、生半可な反撃など無効化されるのではあるまいか。


「〈天速(ハイ・フライ)〉!」


 私は天目掛けて飛んだ。結果、集約した魔力(アビロイド)の総量を速度の上昇に費やしてしまったが、咄嗟のその反応は吉と出た。やや斜め上に射出されたその膨大な波動は、地下室の壁などものともいわず呑み込み、果ては地面を超え、天を摩する勢力を保って森林の一部を消失しきって、何もない大空の果てまで伸びた。

 咄嗟に目を凝らし、魔力(アビロイド)を観測する癖をつけておいてよかった。

 それがなかったら、何も察することができずに防護壁を展開し、私はその波動の一部になってしまっていた。数十秒、森林にかかわらず全域に大地震をもたらし続け、それは停止した。

 上空数十メートルまでの急上昇で珍しく息を切らした私をゆっくりと追うように、彼は追従してきた。


「避けきれては……いないようだな」

「そうね」


 右足の靴の一部が擦り減っている。

 ……少し厚底を選んでよかったわ。もっとも、この靴は買い換えないと。


(差し詰めエネルギー凝縮砲、その供給源は第三者の魔力(アビロイド)から半永久的に得ることができる、といったところかしら)


 他者の魔力(アビロイド)を捕食するという付随的な性質が非常に厄介ね。無警戒で防護の〈術式エイジ〉を展開しようものなら即座にぺろりと平らげられてしまう。いや、たぶん殆どの、それこそ優秀な術師こそこの初見殺しを回避できずに敗北しているだろうし。


(流石に二度も同じ轍を踏まないけれど、じり貧ね)


 下手に光線で対抗しようにも結局は彼奴の肥やしとなるだけ。

 ふむ、なら光線発動時に丸腰になった体を破壊するのが常套手段か。

 すると、再び奴は放射準備を完了させており、迷わずに真正面から照射する。

 私は体を空中で回転させ、接触間際でそれを回避する。じっ、と制服の一部が焦げるが、問題ない。


(流石に二度目で、来る方向がわかっている技に後れは取らない)


 別に、緊急回避の結果、斯様な擦過ぎりぎりになったわけではない。単に、連射を見越したもので……下手に大袈裟な回避を行えば、それを推定した偏差射撃をされるのがオチだ。

 加味する点は彼の〈術式エイジ〉の連射性だ。

(第二波の装填完了までの時間は数秒にも満たない、そこから(おもんみ)るに……ほぼほぼ連射可能と見て問題ないだろう。第一波の発動には時間がかかるようだけど、既にシステムは完了している。それに相手方の残存体力の枯渇まで粘るのは得策ではない)


「〈砕氷槍(アイシクル・スピア)〉」それを波動の軌道に沿わせるように投擲する。


 当然、馬鹿正直に投擲しようものなら虹色の波動の餌になるのは必定だ。だからこそ私は細工を凝らす。それ即ち――、


「ほう、〈反魔力(アンチ・アビロイド)〉か」


 そう大層な話ではない、単に魔力(アビロイド)を放出しながら起動する〈砕氷(アイシクル・)(スピア)〉の表面上に通常は相手の魔力(アビロイド)を吸収する〈術式エイジ〉を雑にだが塗装したようなものだ。マホトラのようなものだ。

 一発目は、調整だ。

 表面を滑走する特製の氷の槍の表層の〈術式エイジ〉と波動が大気の全てから吸収せんとする双方向の力が鬩ぎ合いだすが、即興の低位な〈術式エイジ〉と一世一代の大規模術式の斥力比べとなると流石に打ち負けるというもの。

 彼の寸前まで迫るころには、当初一メートル程はあった氷の槍も、片手で掌握できるほどの小さいナイフのような代物にまで崩壊してしまっている。加えて、最高速度からは遠い緩やかなものとなってしまっている。そうなると掌握に難くなく、彼は悠々と攻撃を解除し、片手でそれを掴む。


(豆鉄砲程度では彼の胴には届かない、か)


 二発目を調節する。

 しかし、今度は脆弱な氷の槍ではない。

 私が片手でお椀を作り、そこに浮上させたのは透明な球体だった。その球体が存在する箇所のみが蜃気楼が張ったかのように幻影に揺らめいていた。

 そして敢えて私は、彼の狙い易い正面に位置し、構えた。


「血迷った……わけではあるまいな、いいだろう」


 彼とて私の生成した球体に勘付いていないわけはなかろう。察しがついているからこそ、彼は自分もその戯れに乗り、第三波を展開する。



「恐れ入ったわ、セルヴィア、円環を三次元空間に投影して術式を拡張する――そのような次元を飛躍した発想、私には思いもつかないわ。だけど、逆も然りよ」


 私は、その第三波が激しく放出されると同時に、その球体を波動の軌道の最中に放り投げる。そして、それが接触した瞬間、莫大な回転がその周囲で巻き起こり、波動を相殺し得る程の場が瞬く間に生じた。


「航空技術を蔑ろにしている以上、ブラックホールを知らなくても無理はないわね」


 国家が宇宙産業に精力を注いでいない限り、私以上に宇宙に関する知識を有する人間が現れることはないだろう――それまでは私の独断場だ。

 最も、私が再現したのはレプリカもいいところ、結局はブラックホールなんかではなく、そこから着想を得た贋物といえようか。

 原理としては簡単で、まず外枠に魔力(アビロイド)による薄膜による球を形成。そのうえで、内部に先の槍のコーティングと同一な〈術式を込めた。無論、先よりも高濃度だが。それらの偽装を終えた球体が彼の光線と接触すると、当然魔力(アビロイド)を捕食する力が作用し、立ちどころにその薄膜は光線の一部と化す。その直後、薄膜で抑圧されていた高濃度の吸収反応が実行されるというわけだ。


 ブラックホールという形容は些か調子に乗りすぎている感は否めないが、真っ先に想像の由来としたのがそれだったのだから仕方あるまい。彼奴の光線を完全に無効、というわけにはいかないが、長時間もの期間を相殺しきるほどの威力を発揮した。

 ある段階で、吸収反応を示していた〈術式エイジ〉の核的な場所に罅が入る。


「限界、か」


 許容量を超えたのがすぐにわかった。

 そうなれば突破も近い、緊急回避を――。


「っ!?」


 突然、謎の手が私の首根っこを掴んで引っ張るものだから変な声をあげてしまったと同時に光線が、私がついぞさっきまでいた場所を轟という音を立てて通過していった。


 つまりどういうことか。

 私は突然の闖入者に拉致されてしまったのだ。


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