第47話「超回復の男 後編」
ようやく一息つけるか、少し長めの息を吐き、首の骨を鳴らした。
幕閉めにしては呆気がなくて食傷気味だ。
こう、最中は結構面白めに事を運んでいたというのに、最後で盛大に着地失敗してしまったようだ。
(だけど、これが術師同士の殺し合い、か)
座学よか数倍ためになった気がする。命の奪い合いだからこそ的確な選択の訓練になった。この感覚を定期的に積みたいものだが……そう簡単にできることではなさそうね。エンヌ先生に頼むか……断りそうだけど。
唯一の余念は……折角開発した独自の〈術式〉の本髄を試せなかったところにある。結局アイルズに片鱗のもっともっと片鱗を数秒間だけ垣間見せただけ終いは何とも味気ない。そう日々の生活で乱発すべき〈術式〉ではないからこそ、こういう機会を大事にしたかったのだけど。
(はぁ……しかし解せないわね。こいつが本当にアニスの凌辱を是としたのかしら)
確かに、ディルベルトの衰退傾向は彼らにとってもまたとない好機なのだろうけれど、あの無痛症の男が一時の快楽を欲したかと言われれば疑問だ。アニスを誘拐するだけで、ディルベルトに罪を着せるには十分な気もするが。
もしや側近が勝手に動いたか?
命じたのは拉致に関してだけで、その後の三流貴族への売買を斡旋したのは別人ではないか。その線が戦いを終えた後、急激に真実味を帯びてきた。もしや直前で金製のオブジェクトにしてやったあの小物だったのでは? だとすれば、本当に彼には悪いことをしたかもしれない。いや、この組織の人間は処分すると断定された事実だったが、こう、彼に汚泥を塗りたくった状態で殺すか、誇りに殉じさせたかでは後味というか……。
いや、やめよう、この振り返りは無益だ。
(おっと)
忘れていた、指輪を獲得しよう、そう思い立って血の海に沈む彼の亡骸に歩み寄ると、気づく。黄の宝玉が目苦しく発光していた。いや、黄色というよりかは琥珀だ、光度の上昇で色そのものが変質を起こしている。
「抜かったか――」
二対の〈砕氷槍〉を天に構える。きちんと死亡確認をしておくべきだった。
「いや、違う!」
私は迷わずその二対を彼奴の右腕を切断する勢いで突き刺す。
だが、既に止血は終了しており、深く刻まれた首元の切創と胸部の刺突痕は塞がりきっていた。何故に私は通常の人間であれば間違いなく死に至らしめられる頭部を潰すに徹さず、敢えて右腕の破壊に専念したか――。
「変色している?」
彼の指輪を根源に、黒い線が彼の掌一帯に展開されていた。このような現象は私が彼を確かに殺めた時にはなかった。故に発症はつい直前だ。
「俺も――焼きが回ったか」
男はそう、口をきいた。すると、すっと起き上がり、口元の汚れた血を袖で拭き取った。
「白無地の服は着るもんじゃないな、深紅に染まってしまった」
「私が相対していた存在は不死なる者、だったか」
「いいや、カノン、君の見立てはちと大袈裟だ」
自身の血液で酷く濡れた手で、額が血に染まることを顧みずに左目に掛かった前髪を後方の髪に巻き込ませる。
「俺は確かにお前の速度と作戦に追いつけず、心臓を潰され、頸動脈も切断された。その時点で俺の意識は完全に途絶えていた」
「だけど指輪が命脈を保たせたわけか。とんだ奇跡の指輪もあったものね」
「奇跡?」
彼は、その言葉を反芻すると自分で露出された額に手を押し当てて、言葉を返す。
「嗚呼、これが笑いたくなる、ということなんだろうな――奇跡と来たか」
「強ち自信があったのだけど、その様子から見るに私の見立ては間違いのようね。奇跡と対極に位置する性質の方が最適かしらね」
差し詰め、これは呪縛か。
その物々しい黒の線が最たる証拠だ。
「貴方、その指輪を最後に外したのはいつかしら?」
「聡いな、外したことがないんだ、実はな」
完全に指輪に体内を蝕まれているわけか。
「何分、黄の宝玉は独占欲が過剰なものでね、袂を分かつことを未だに承諾してくれない」
「だけどそのお陰で無限の再生力が手に入った、か」
「そういうことだ、それでどうする? 俺の細胞を一つ残さず消してみるか?」
「それも悪くないけれど、しないわ」
今度こそは絶好の機会だ、私の術式を今こそ実験する、最高の。
その下準備の為に、彼には今一度眠ってもらいましょうか。
「そうか――なら続けさせてもらおうか」
彼は、何を思ったか赤、青に緑を同時に人型形態にし、現界させた。
「そんなこと」
私は瞬間で創造した氷の剣で彼奴の頭部を刎ねた。
「宣言することでもない」
すると愉快に彼の頭は地面を転がり、血をまき散らしながら踊る。
そして残された胴部に黒色の炎を注ぎ、灰燼と化す。だけどそれでも、黄色は難なく発動する。
「そもそも……」
修復された彼の全身を完全に氷結させ、氷塊のオブジェクトを築く。そしてそれを簡単に蹴り抜いて、彼奴の身体を粉々にする。
「指輪に依存している時点で、論外よ」
細胞を一つ残らず消失させる。
それは別に難度の高い話ではない。既に修復速度は把握しているのだから、それを上回る程の火力で捻じ伏せれば、その時点で決着がつく。
しかし、其処にどのような娯楽があるというのだろうか?
馬鹿正直に、正攻法で奴に引導を渡すことに、何処に報復の意図があるだろうか?
私が彼奴に与えたいのは徹底的な恐怖であって、安らかな死では決してない。恐怖を根付かせることで、私の魔眼は完成する、
なれば、如何に彼奴に恐怖を根付かせるか。
単純だ。
殺し続ければいい。
彼の修復を待つ。
体の欠損具合で修復の方法も多種多様で、今は分離したからだが自然と近寄り合い、接着を開始するという――細胞同士の結合を彷彿とさせる復帰の仕方を見せた。そして、それらの結合により体の大部分が戻りだした段階で彼の意識も回復し、ゆっくりと立ち上がれるようになった。
彼もそれなりに考えたか、次は完全に修復を待つわけではなく、最低限の修復が完了した段階で突撃をしかけてきた。奴の身には身体の修復が継続中であることを意味する黄色の燐光と青白い放電が続いている。
私はというと、軽く欠伸気味に対応する。
先に作った氷の剣を少し改造させる――具体的には、刃の幅を限りなく薄くし、打突部位を少し長くしたというわけだ。その改造剣で、未だ修復中で延焼したままの奴の頸椎を貫通するように刺突した。
すると今のような突撃は続行不能となり、彼は刃を貫通させたまま地面に倒れる。も、刃がつっかえになってしまい、同じ仰向けでも首より上が地面に接触しないという、ある種芸術性の高い、奇妙な倒れ方を見せた。
「修復中は脳機能まで死んでしまうのかしら――攻撃のレベルが落ちすぎているわよ」
私は意図的にその剣を手放し、セルヴィアの完全復帰を待つ。彼のその黄色の宝玉の機構は、如何に異物を排除するか――それも十分な見ものだった。
するとどうか、首元を残し――そこ以外が先に綺麗な胴部へと変貌した
しかしお手製の刃が頸椎を貫通しているため、身体は固定されて身動きが取れない。故に宝玉が考えた方法は先に首元以外を修復するということだった。
首以外を完全に治しきった段階で、黄色の宝玉は一時的に活動を停止し、交代するように赤の宝玉が体内を循環し、残る刃を破壊しきったのだ。
成程、首以外を治した時点でセルヴィアの意識は回復しているから……自動回復を切っても問題ないという訳だ。
即死する傷を負っても、宝玉が勝手にそれを治す。
ある意味彼は死ねない身体なのではないか?
だからこそ、時折通常では考えられないような捨て身を披露するわけだ。
「驚いた」
漸くセルヴィアが口を開く。
「お前はすごいよ――物の数秒で実戦で生き残る術を学び、成長している」
「それはどうも」
「そんなお前との戦いは悪くはなかった、だから当方も久方ぶりに試してみたくなった。それで制御が儘ならず跡形もなく死のうとも恨んでくれるなよ」
ふぅん、まだ隠し玉があったか、面白い、難度が高い方が攻略し甲斐があるというもの。
先までの瞬殺からの回復のやり取りを繰り返すこともできたが、私は、中途で水を差すのではなく、一度は彼の実験とやらに一役買ってやろうではないか――そんな深い慈しみの感情が芽生えた。




