第45話「奴隷使いと式神使い」
物語も佳境です、どんどん行きましょう!
”赤”の攻撃で致命傷が与えられず、手応えの少なさ彼の方でも感じているようで、深追いをせず実体に戻り、即座に攻撃を切り替えるが、今に限っては赤と切り替わって宝玉が煌めく様子はない。
と、悠長に構える暇はない。
彼はの手には〈術式〉の発動を意味する円環が彼の掌に既に完成している。
私は躊躇なく服従の魔眼を対抗して発動する。
確実に私の方が出遅れた、その時点で相手の繰り出す〈術式〉の構造を知らない私は無効化できる可能性は薄い。そうなれば、精神に干渉して演算を根本的に突き崩す。
如何なる形でもいい、単に邪魔さえできれば――私が“命令”に込めた情報は一つ、跪け、だ。
同じ瞬間に、私の全身が地面に無理やり圧縮されるかの力がかかった。〈術式〉の発動と、魔眼の妨害はほぼ同時刻だった。彼は、〈術式〉によって重力を操作した。
キィィィン、と力と力が切迫する音が部屋中に反響する。
同時に、私の眼球を後方に無理やり押し込むような妙な斥力が伝う。これは紛れもなく、相手が私の服従の魔眼に抵抗しているのだ。全力を注いでいる訳ではあるまいが、決して手抜きではない。だが、今までであれば確実にそれだけで制圧できたものだ。矢張りこの男、興味深い。
「面白いわ」
双方を制圧するのに必死で、比較的隙が多い胴部全体めがけて私は〈砕氷槍〉を象徴する純白の恒星を複数生成し、彼に放つ。流星のように軌道を描きながら寸分違わない最短距離で彼を穿たんと接近する。
対し彼は焦燥する素振りを一時も見せず、自身の指の青色の宝玉に光を宿らせる。
すると、またも自律型の粘性体が彼の周囲を高速で回転し、恒星を防ぎきる。
(先の攻撃のダメージが蓄積しているかとも思ったけれど、違うようね)
高火力を定期的に叩き込んで消耗を誘う作戦は避けるべきか。
むしろ高速化した攻撃を連続して、彼奴の防護網を脱した方が有効打になりやすいか?
私は魔眼の精度をより一層高める。彼の体も床に沈みつつあるが、同時に私も反発を受けている。
不動の膠着が数十秒続いた段階で、双方が照らし合わせるように干渉を停止した。それらに横行になんら意味を見出せないと知っているからだ。
彼はというと、無傷に近かった。結果として私が少し魔力を消費しただけだろうか?
だが、その程度で私は驚かないとも、どっちにしろ、彼奴の指輪の宝玉の色は少なくとも二色残存している。その時点で彼の方が有利だ。ここで鍔迫り合いに時間を浪費しない。宙で自由気ままに旋回している魔導書がはためく。
間髪を容れず、私は術式――〈幻覚植生〉を発動する。接頭語は属性、今のところで言う“幻覚”という感じ。それで接尾語はその詳細。
いや、別にこれは公用的な名称ではない。
今回生じた幻覚は、植物の根だ。意思を持ったと評していい、それが彼を拘束すべく右手を結んだ。ぎっちりと縛られた彼は、何度か抵抗を試みるがその分斥力が生じ、彼の動きを完全に停止する。
気づけば部屋中が大森林と変異したようなものだ。
私の本意は別に拘束なんていうものではない。青の宝玉の防御の性質を見抜くのにある。
私は植生を展開すると同時に業火を根に注ぎ、大森林が途轍もない火事に見舞われる。
彼は当然、”青”を発動する。
「関係ないわ、燃えなさい」
”青”が彼の身を守ろうとするが、構わずに炎上し続ける。
「成程……その歳にしては随分の素質だ」
彼の指輪が深紅に煌めく。
(気化して回避する気か?)
私はいつでも防御ができる態勢に移行する。
が、違った。どういう原理か、彼の腕から分離するように赤色の粒子が励起し、直後には赤色半透明の腕が構成され、炎を纏う植物の根を難なく切断した。その衝撃で幻覚は崩壊――枯れ落ちるように根は干乾び、その力を失う。
(赤の力を身に宿した?)
「〈過電流〉」
考察しつつも牽制で放電を至近距離で放つ。
多少なりと私の身にも漏電として伝うが、この際は度外視だ。彼に僅かでも傷を負わせる絶好の機会だ。が、
「遅いな」今度は緑色の宝玉を煌めかせ、
気づけば彼は私の背後に控えているではないか。
彼は励起した赤の腕を私に対し落とすが、私は直前で氷塊をその手にまとわせ、無傷で受ける。
「私の背面で粋がらないで」
次いでその氷塊から分離させ、比較的極細な純白の槍をゼロ距離で射出する。
が、次の瞬間には緑の発光とともに彼の全体像が不確かにぼやけ出したかと思えば、次の瞬間には今一度、最初の立ち位置に戻っていた。
「的確な判断力、〈術式〉の転換の速度から、どれほど高速化しても劣ることのない精度まで、例外なくお前の方が俺よりも上手だろうが――経験の差までは埋めきれていないようだな」
「そうね、私はまだこの世界に生れ落ちて一か月にも満たないから経験で貴方に劣るでしょうね」
彼は経験だけで初めて私を圧倒せしめた。彼が今回の騒動の中心人物でなければ是非エンヌ先生との立ち合いを見てみたかった。きっと模倣……ではなくて学習できただろうに。
だがどうして、こう誰もが無駄口を叩きたがる?
緑の宝玉による回避が済んだ直後に、即座に赤に切り替えるか、或いは最後の黄色を発動していれば……私に思考の隙を与えずに済んだというのに。代謝調整が転じた技術、身体補強……その中でも思考高速化の〈術式〉を発動する猶予を与えてしまったではないか?
私は走る、私の様を見た彼は上顎をほんの少し上に傾け、迷わずに緑色の宝玉を煌めかせた。
(二度も目の当たりにさせられたらいやでもその緑の能力を理解できる)
緑は”高速化”である可能性が高い。
それもまた身体依存な限度のある高速化ではない。瞬間移動にも似た速度を実現できるというなんともチートじみた力だ。
だけど、対応できないわけではない。
私は彼の速度に肉薄する程に身体を、強化した。
刹那、殺風景な部屋をほんの僅かながらに配置されていたオブジェクトが、私たちの衝突によって落下を開始した。が、その落下速度は空中のある地点を通過した段階で、限りなく”零”だった。
別に、重力加速度が減衰したわけでも、自転の(といっても地球かわからないけど)周期が停滞したわけでもない。当然、時間停止でもない――単に、私たちが加速した。
机から落ち始めた物が床に落下し終えるまでの一秒にも満たない瞬間を、私と彼は拡張したのだ。
(彼の指輪の仕組みは黄色を除いてだいたいわかった)
赤色は攻撃力を底上げする術式が組み込まれており、青色は防御を要としている。そして緑色は高速化。それも、私のような身体補強などの類ではなく、共通して粘性の、それこそスライムのような生物を模した存在が、それを可能にしている。
(そして根の幻覚を破壊したのは、紛れもなく赤色の“手”だった)
そこから想定できる宝玉に組み込まれている機構の正体は――。
「人型の式神ね」
彼の左拳による突きを、私は寸前で躱す。初めて青色を発動したときは用途として壁役だったから、あのような異質な形状を見せたが――元は赤色の時に微かに垣間見れたような形をしているのだろう。
「そして貴方はそれを任意に憑依させることもできるし、先のように別の個体として侍らせることだってできる……何処か間違いがあるかしら?」
式神、それは元の世界固有の名詞だった筈。だがニュアンスはきっと通じているはずだ。実際彼は言葉の意味が理解できずにいる様子はない。
「そう思ってもらって構わない」
高速化した世界で拮抗を続けるが、やや、彼の方は余裕がある。このまま無暗に激突していてはいつか競り負ける。
そうならぬよう、私は円環を作り出す。が、
「無駄だ。高速化したのはあくまで身体的な側面のみ。演算速度が向上することはない」
「でしょうね、だから少し早めに発動させた」
彼は悟ったか、私の胸部をけりぬいた。
私は軽く舌打ちをし、口腔に溜まった血液を吐き捨てる。やはり、体格差は、体の耐久値の差に直結する。私の一撃と、彼の一撃では重みがまるで違うというわけだ。
空中で数回転する私に彼は休まずに高速の儘追撃をかけようとするが、彼の脚部はその高速世界に追従することはなかった。
「ほう――」彼の脚部はいつの間にか氷結していた。
「この世界に地雷という概念はあるのかしらね」
私が用意したのは簡単な力だ。
従来の時間感覚であれば一秒にも満たない短時間で発動できる。だけど、高速化した世界であれば別になる。如何に思考を高速化させようとも発動時間まで追従させることはできないのだから…………このような前もった、それこそ地雷のように準備をしないとならない
〈術式〉としては程度の低いものだ、すぐにでも解除できよう。が、彼はご丁寧に説明してくれた。高速化するのはあくまで身体的な側面のみなのか――彼はだっするよりも前に緑の宝玉の能力を一時的に停止した。
その瞬間を私は待っていた。
「〈天速〉」
彼よりも若干素早く高速化した世界から離脱した私は、即座に異なる〈術式〉を発動。落下中だった物が地面に落ち切ったと同時に無防備な彼を巻き添えに特攻した。
彼の首を左手で固定しながら壁に限界の力で叩きつけ、そのまま指輪が装着されている右腕の関節部に、
「〈砕氷槍〉」
杭を打ち込むかの如き一突きを彼に見舞わせる。
彼の肩部に突き立った一条の槍は、そこから同心円状に彼の周囲の皮膚に凍傷を起こし始める。壊死は瞬く間に進み、彼自身右手の操作が十分に利かなくなる。加えて、音速にも肉薄する〈天速〉を以て彼の体躯に体当たった。結果、壁が優にひびが入るほどの衝撃が彼の背面に負荷をかけ、背骨を始めとする骨格に甚大な被害が及んでいた。
「成程、異世界人か…………ならばその齢での実力も裏付けられる」
驚いた、まだ流暢に口を利く余裕があるか。いいや、違う。
「戯れは程々にしておきなさい――治癒する術があるのにそれを率先して使わないなんて、貴方はドMか何かなの?」
私は暗に、黄色の宝玉を使用することを促す。少し考えればわかる話だ。各色によって判別しやすい性質を分類している。赤で攻撃、青で防御、緑で高速化――であるならば、バランスを意識すると残る色は消去法的に“回復”くらいだろう。
彼は尚も表情を崩さない。恐ろしいまでにだ。苦痛に悶絶する様を示すこともなければ、私を嘲笑する様子もない。
「違うわね、確かにダメージは通っているけれど、そこに痛痒が齎されない」
物語上でしか伝聞されることがなかったものだから、実在するとは露とも思っていなかった。
「無痛症――それが生来の物か、投薬などによる後天性の物かはわからないけれど」
だから彼は痛みに仰け反ることもないというわけか。
その私の言を聞き終えた男は、私の考察を褒め称えるかのように黄色に宝玉を発動させた。其処から人型の何かも、粘性の物質が出でる訳でもなく、ただ特殊な武装が出現するかのような挙動を見せたと思えば、即座に彼の体内に還元される。
すると、凍傷を始めとする彼の全身を破壊しつくしていた病理、傷痕を消去しきった。
「便利なものね」
私は今一度、追撃として飛び上がり、槍の柄を蹴ることで深手を負わせた上で後方に撤退する。
(無痛症だけでかなり強いのに、超回復まで…………実質無敵ね)
「そろそろやめましょうか――馬鹿みたいな配慮は」
互いに腹の探り合いだけで時間を消費し続けるのは本意ではない。
「式神を使いなさい――そうでなければ私に貴方の刃は届かない」
回復能力なぞ知ったことではない。私に魔力が残存する限りは何度だって致命傷を与えればいいだけの話。
「相分かった」
男は素直に応じた。
すると、指輪は先にない性能を発揮する。これこそが、かの指輪の真価だと言われれば、合点がいく。
ふわり、と赤色の粒子が確かに目視可能な域にまで濃度を増大させていく。最早驚嘆に値しない、直前の赤色の瘴気体が力の根源だと仮定すれば全てに説明がつく。
(あの指輪は欲しいわね)
エンヌ先生の影響ではないが、解析したいという一種の知識欲が擽られる。彼奴が励起させた赤の粒子は瞬く間に人型に成形され、完成した。ふむ、形状は転たデッサン人形のそれだ。外見的特徴はほぼ皆無で、唯一混じり気のない三原色だけが識別する記号になっている。
それだけではない。彼は赤の宝玉を煌めかせながら、並行して緑をも起動した。
「貴方の名前を聞いておこうかしら」
他意はない。単なる遊戯の一環だ。
「セルヴィアだ――名前を聞こうか、娘」
「カノン・シノザキよ」
セルヴィアか、せいぜい私を楽しませてほしいものだ。




