第44話「異世界初の強敵?」
随分と回り道をくらわされたが、漸く目的の地へと到着した。
アジトのボスを請け負うくらいだから絢爛でいて瀟洒な空間を頭の何処かで連想させていたが、存外倹約家なのかもしれない。豹変し今や見る影もないが、アイルズも確かに有象無象の粗暴な者とは一線を画する気迫というか、気質的な物がひしひしと外見から滲み出るような形で伺えた。
実際、そんな機能美のみを追求したような簡素な部屋にただ一人で長なる者が待機していたわけだが、その表情に淀みも憤怒も、焦燥も感じられない。無表情なのだ。確かに先までの雑魚達とは一切雰囲気を異に感じられるが、裏を返せば何もないのだ。威圧も、気迫も凄みも……何も。
少しでも視線を逸らせば即座に見失いかねない程の影の希薄さとも言えようか。
それは〈術式〉による偽装ではないことはわかる――其処には魔力が胎動する兆候はない。その者の天性の技というべきか……。それにしても生物であれば必ずと言ってもある筈の微かな所作さえもその容姿から見出すことができない。
彼も自身の状況を理解していないとは言えないだろう、背水の陣……とまではいかなくても劣勢であるという自覚は少なからずある筈だ。それが理解できない程に能天気なのか或いはそれでもなお打破できる可能性があるか。
だがまぁ、権謀術数渦巻く世界に身を置き、実際にディルベルトに脅威を及ぼす程の力がある組織の長として君臨できるくらいなのだから後者なのだろう。飾りの代表でもない限りは、だが。
(む……よく見ると、少し人間とは性質が違う?)
浅黒い肌、少しだけ尖った左右の耳に琥珀色の瞳には何処となく見覚えがあった。あの外見的特徴はエンヌと非常に酷似している。となると……ダークエルフと人間のハーフか? 本来は薬学に特化した種族がエルフだが、その中でも術師としての適性が極めて高い個体を一括りにダークエルフと分類する。
が、異種族との子を為すと、その適性が人間種の持つ素質と配合され遺伝するか、双方の可能性を相殺しあい、半端な個体が生まれてしまうという悲しいことだって十分にありうる。エンヌは前者の中でもかなり特異な存在だといえるが、目の前の男はどうか。何かしらの未知なる技があると警戒すべきね。
「何か言いたいことはあるかしら」
温情を与える余地は万が一にもない。
彼の運命は死という必定を迎える。それは不動たる事実だ。
だからこの問答は最早蛇足に過ぎない。
ただ……弁明の余地なく終わらせるのは気が引ける……という私の人道的配慮だ。
「特にない」
「ふぅん、同胞を無残に殺されたことに対する怒りをぶつけてくれても構わないのよ?」
「特にないといった」
ふむ、気を揉める様子もないとは、彼の感情の欠落がいよいよ心配になってくる。
深く腰掛けた椅子から立ち上がった男は、静かな動作を維持しつつ、私の前に対峙した。
(私のような魔導書は持っていない。それに、かなり質素な装備ね)
品質こそは上等さが伺えるが、対物理に於ける効果は圧倒的に低そうだ。
刃毀れし、酸化した刀剣でも容易に傷が作れる程の……白地な寝巻としてしかその本分を発揮できそうにない。また、下半身は黒色のスウェットに似通った衣服だ。細身な脚部に密着するように馴染んでおり、こと動き易さに於いてはそれなりの真価を発揮しそうではあるが、依然として戦闘に不向きなのは変わらない。
その極めつけは彼が想像以上の時を共にしたらしき、着崩された外衣の丈は何とも彼の体格とは不釣り合いで、膝裏下まで釣鐘型に伸びたそれはマントに近く、とてもこれから生殺与奪の権利を握る戦闘に赴く姿のような真剣さは微塵も見受けられない。
油断を誘っているのか? 今迄に相対した存在とはこの時点で圧倒的に異なる。
(後手に回るべきではないわね)
意図された無表情で、私を術中に陥れる可能性が明確に否定できない限りの先手は良手とは言えないが、下手に膠着状態を作り出し、みすみすと準備期間を相手に与えるのも看過できない。双方のリスクを天秤に乗せ、ほんの僅かに想定の範疇で処理できる確率が高いのが前者であった。
当然だが、冷静さを欠いて無策に近距離戦を仕掛けるなんてことはしない。
「〈砕氷槍〉」
私の頭上で直径にして三メートル程度の氷塊が生成される。が、生成が完了した直後にその氷塊全体に根深い罅割れが生じ、〈術式〉名通り、私の頭部と同じほどの大きさに砕け、散開する。それが一瞬間で方向を転換し、その方向のすべての線が交わる一点を、男に向けた。
(最初から加減抜きで行く)
彼は尚も眉一つ動かさずに自身に向けられた無数の弾丸を見据えていた。
そして彼は右手に握り拳を作り、それを前方に押し出す。人差し指の箇所には四色の宝石が精彩を放ちながら順列されている指輪が装着されていた。上下左右に赤、青、黄色に緑色が配列されているが、今はその青の面が煌めいた。そしてそれを男は上段から直下へと薙いだ。すると、半透明状の青色の粘性の高い固溶体のようなものが発生し、皮膜のように彼と私を阻害する障壁となる。それが展開される直前に、私は構えた弾丸を最高速で全弾射出する。出し惜しみはない、妙技を見せる以前に連撃を打ち込む。
だが、僅かに〈術式〉の相手方の発動速度が上手だったからか、その手に掌握した感触の交じりに少し違和感を抱いた。あの青の流動体が全弾を往なす、或いは相殺しきったというのか? 見かけ以上の硬度の高さだ。加えて、反応速度も並々ならぬ次元だ。
やはり、手加減の余地は一切になさそうだ。
が、私は憶する様子もなく寧ろ不敵な笑みを零した。嗚呼、死線を超える戦いを、この世界に転移して一か月、漸く体験できるというのだ。衝撃はあれど、どうして拒絶しようか?
「〈烈風〉」
固体化した物理攻撃は恐らく青の壁とやらに阻害されかねない。青の壁の展開を上回る速度の攻撃を連続するという手段もなくはないが、速度を優先した結果火力が不十分になるのでは彼奴に致命傷を与えるに至らない。
「からの……」
炎を同時に注ぎ、大爆発を起こさせた。
あの青の力、ひいては指輪の性質が不明な今は、可視化できる局地的な〈術式〉よりも、広域に繰り広がる〈術式〉のほうが有効だと踏んだ私は、部屋中に軽度な台風程度の暴風を起こす。特別な対策を講じなければ、真面に直立するだけで精一杯だ。
追加の炎の攻撃は単純な火力の向上だ。
風圧のみでは威力が低く決定打に劣る。故に、低次でも安定した火力が実現できる。
この程度で相手が沈むとは到底思えないが――。
発動した術師、つまり私を烈火の台風の目にし、そこから左巻きに高速旋回する風は、外部の者を一掃する風力を優に作り出す。が、彼は膝を折る様子は端とも感じられず、再度腕を突き出す。すると、青く煌めいていた宝玉が光輝の出力を停止させ、交代で赤のそれを瞬かせた。すると、彼の全身は消えた。
「転移――」即座に〈烈風〉を消去し、視界をクリアにする。
其処には煙のように部屋中を素早く移動する赤色の瘴気が確認できた。刮目せずとも理解が及ぶ。彼奴が変異した――指輪による加護か。
「っ……!」
彼の瘴気が私に目掛け一直線で通過せんと迫る。咄嗟に私は両腕を交差し、〈硬化〉を腕一帯に鋼鉄並みの強度を再現する。が、赤の瘴気が接触した瞬間に腕全体に熱気が奔る。鋼鉄部との接触箇所が、鉄を熔解する程の高温により赤色に染め上がり、火花が周囲に散らばる。
成程、〈術式〉によって生じる痛覚を初めて知った。
そして前言を撤回する。彼は間違いなく、エンヌ先生と同様の天賦の才を持つ術師だ。
指輪の加護のみではない、土台に彼の術師としての素質がなければここまでの威力は発揮できないだろう。
だけど……どうだろう?
手札もわからない現段階で私の方が圧倒的に不利だというにも関わらず――不思議と笑みが止まらなくなっていた。
予想外の好敵手と対面し、興奮を隠せなくなっているのだろう。
こういう未知の敵との遭遇こそ……異世界の醍醐味ではないか?




