第43話「カノン、守銭奴に施しを与える」
手早く残りの二体を焼却し終えて、仕切りなおす。
順当にいけば次の相手は犬っころだけど。頭こそは三つ有るという凡そ私の勝手知った犬種にはない特徴を有しているが、よくよく見ると愛着がわいてくる。凛々しい顔立ちは野犬特有の格好良さから起因しており、きっと気高い種族なのだろうと私の思わせる程だ。
「よっと」
ケルベロスらの突進を跳躍で躱し、どう対処するかを熟考する。
手始めに、手のひらサイズの〈砕氷槍〉を生成し、彼の背に落とす。が、ケルベロスの肌はかなりの硬質らしく、傷一つ付けられないか。番犬としてっほしいくらいだけど、エーデルワイスが拗ねてしまいそうだ。致し方あるまい、放逐してあげようではないか。
ところで、これほどの獰猛だが理知が豊富そうな種族が如何なる理由であのような小物の配下に付いたというのだ? 差し詰め幼少期からの繋がりか、或いは無理やり服従させているのだろう。後者だとすると、何かかしかの痕跡がある筈だ。
意識を集中させる。すると、腹部に少しケルベロスが通常時から放つのとは違う様相を見せる魔力の流れを感じた。成る程、服従の烙印は外敵には降参時くらいにしか滅多に見せない腹部に有るというわけか。ならば話が速い。
私はケルベロス目掛けて駆け、彼奴が私の雁首を狙わんと低空の跳躍を見せた瞬間に、私は地面を滑る形で回避――彼奴の無防備な腹部の面の真下を通過する。通過する最中に、代謝速度を調節――限界まで自身の反応速度を素早くさせる。それ即ち、世界の動きが激しく鈍重になったことに等しく、じっくりと烙印を観察することができた。
腹部には無理やり移植されたかのような朱色の結晶が確認できた。最初はケルベロス固有の部位かとも考えたが、結合面の皮膚が青黒く変色しているのを見る辺り、無理やりな移植により肌が化膿を起こしているのだろう。ならば簡単だ、切除してやればいい。滑走中に地面の石を素材に簡素なナイフを生成、即座にその結晶を切除してやることにした。
背面は確かにかなりの硬度だが、腹面は大抵柔いものだ――その狙いで腹部に切り込みをいれてみると、案外すんなりと刃は通った。
私が代謝速度改変を解除すると、巨大な獣は嘘偽りない悲鳴を上げながら横に倒れる。
「どうかしら――」
この作戦が吉と出るか、凶と出るか……。
のそり、と起き上がったケルベロスは私をじっと一瞥した。
私はそっと、自分の掌を彼の獣の頭の方向に差し出す。当初こそはその掌を、私を吟味せんとする鋭い眼光が感じられたが、次第にそれは薄まり、とうとう私に頭を差し出してやった。私にしては丁寧にその中央の頭を撫でたと思う。一度たりとも拒絶する様子は見せず、無理な服従の術式は解かれたのだろう。また、私が解除したのが偶然にも個体の長なる存在だったのか、他のケルベロスは一切攻撃してくる気配を見せない。
実に可愛らしいなで、彼の背に乗りこの辺りを一っ走りしたい気持ちになった。しかし、
(これ以上服従させるのは、彼のプライドを傷つけかねないわね)
これ以上は申し訳ない。
「もう救いようのない阿呆に捕まらないようにね」
私がそう告げると、左右の顔が一度だけ呼応するように吠え、三匹共にこの場から姿を消し、元の故郷目指して颯爽と野原を駆けて行った。
「そんな……馬鹿な……!」
幹部と思しき小物が狼狽する様は何とも滑稽だった。頼みの綱だったモンスターは既に解散或いは殲滅済みだ(スライムは先の間に実は回収してある)。残すはたった数余人の人間種のみ。全く、過信していた手札が失われただけでこの焦燥振りか。
「くそ! いくぞ! お前ら!」
残る人間種は自棄気味に駆けだし、最早剣技とは言えない素人丸出しの攻撃を仕掛けてきた。私が片手をふっと薙ぎ払うと、前衛に潜んでいた剣士らは吹き飛んで呆気なく打ちのめされてしまっている。
「いいわ、相手してあげる」
残る後衛の射手や術師を速攻で殺しては面白みがない――故に最初の三十秒だけは防戦に徹してやろうではないか。
私から攻撃してこないのに気づいたか、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる。
手始めに、射手が何度にも分けて射撃を仕掛けてくる。
通常に回避しようものなら、軌道を逸らした第二射、第三射に追い込まれるという訳か。流石に焦燥しようとも無策で特攻しようとは考えないか。
私はその場から一歩も動かず、淡々と鏃が刺さるだろう箇所を硬化させ、弾く。次いで波状の炎を攻撃が私の身を焦がさんと迫る。
「熱いのは苦手よ」
私は息を吸い込み、炎の端にそっと手で触れる。途端、業火の全域が完全に凍結した。それを軽く指で叩くと、氷塊に華麗な罅が通り、雪にも満たない結晶が陰惨な周囲を飾る。
(やはり氷の〈術式〉は見栄えがあっていいわね)
それ以外が使えないわけではないが、私はこれが非常に使い勝手よく感じる。これからも多用するだろうから、もっと洗練させておこう。
(お?)
氷の結晶の間を縫うように雷光が劈く音を立てて迫る。
ふむ、なかなかの威力の攻撃ではないか。
「〈砕氷の防神〉にしましょう」
基本は〈砕氷槍〉の派生形だ。砕氷、と冠するように最初に生成した巨大な氷塊を自壊させ、それを適度な形状に成形し、任意の方角へ射出する。そのプロセスを防護に流用するだけの話だ。
崩した氷塊を自身の腕部に纏わせることで、便宜的な防壁を為す。結局のところその強度は術師に依存するから猶の事都合がいい。右腕全域を氷で包括し、その包んだ腕で電撃を抑える。
ぎぎぎぎぎぎっ、と電撃が氷塊の壁を削る音を立てる。当然随時補給しているために結局は魔力の底力勝負になる。流石に体躯をその場に維持することはできないので、後退を余儀なくさせられるが、そんなの窮地にも入らない。
残り十秒――ここで打ち止めかとも思えたが、相手方の術師もなかなかに達者な芸当を持っているようで。
「おや?」
先の炎や電撃に巻き込まれた床や壁の残骸が途端に浮遊し始めた。
「個々を操作している? 違うわね」
全身に重みが圧し掛かった。ふむ……もしかして。
(重力の中心を私に設定した?)
成程、そうすれば変に物体を操作しなくても済む話だ。魔力量に限りがある術氏なりの工夫か……面白いわね。
(閉鎖された空間、且つ防戦主体の戦い方では避けるのも一苦労か)
ふむ、粋なことを考えるではないか。
「〈氷雪彗星〉」
そう唱え、円環を両手に付随させるとそこから生じたのは虚空で秒間何百もの回転を為し、球体を描く。そこから永続的に氷塊を生成する。
それを、両手を広げるように掲げ、
「起動」
放つ。
直後、私の手元から氷結の、私の腕の太さ程の砲撃が放出される。
その射線の先の石材の塊を悉く氷結させて、崩していく。
都度塊は再生成され、私を打たんと射出されだす。
これが総力戦というわけか?
真面に相手どろうとも思ったが、数秒というのはあっという間なわけで……当初に決めた三十秒などとうに過ぎてしまった。時間の延長も可能ではあるが……心情を曲げるのは絶対に嫌だから……犠牲になってもらおう。
思い立ったが吉日だ。
私は一度跳躍、空中で数回転をした後、接近した男の凸の辺りに指を置くように動き、弾いた。
「やっ――」極限まで力を高めたデコピンは頭部を球技のそれのように弾け飛ばせるのも容易かった。いや、こう思えば身体強化は便利なものだ、腑抜けた相手ならば確実に不意を突ける。いい傾向だわ。
その段階で私を重力の中心と化す力は途絶える。
私の回転は止まるどころか加速を見せ、尚も空中で氷結の槍を自身の体力を糧に生成した私はそれを一直線に投擲した。それが前後に並んでいた二人の盗賊の胸部を刺突した状態で壁に串刺しになる。
「あと二人」
「や、やめ、来るなぁ!」
ふむ、恐怖で慄いて後退りさえもできないか。これはアイルズの持ち技を模倣してみる絶好の機会かもしれない。
「〈心握〉」
「やめっ……うっ――」
泣き喚いていたはずの彼は、次の瞬間には呼吸音すらもあげなくなり、その場にバタリと倒れこんだ。そして彼は二度と起き上がることはなかった。
ふむ、静止した人間相手には効果抜群ね。
「あとは貴方だけだけど……貴方はこの組織のボスなのかしら?」
「い、いや! ち、違う! お、俺は金で雇われただけだ!」
「なんだ、守銭奴なだけか」
幹部だと思ったのに。
「そ、そうだ……じゃなくて、その通りです! ボスならこの奥にいます、だから、だからどうか良しなに!」
「そ、お金がそんなに欲しいの?」
「え、ええ! そらまぁ!」
「わかったわ、手を出しなさい」
彼はきょとんとした顔を浮かべるも、しっかりとその両の掌を椀にし、受け取る態勢を見せた。
体の未だ瘡蓋になっていない多くの傷口を見るに、それなりの戦闘経験はあるのだろう。だというのにこの無様な命乞いは……正直興醒めだ。
私は地面にたたきつける様に彼の掌の椀の上に金貨を何枚も落とすが、込めたのは金貨さえも融解させる熱量と、操作の〈術式〉。それは言うまでもなく彼の掌を焼いたが、私の本意は其処にはない。
私の操作により、粘性の液体となった金は、彼の至る所の傷口から無理やり浸食を開始する。
「がががあっ!?!」
傷口は当然甚大な炎症を齎し、血液さえも噴出さない。が、融解した金属は着々と血管を逆流するように体を循環していく。
その結果双眸から、口腔から、鼻孔から――余すことなく行き場を失った血液が溢れ出だす。
「金に溺れた貴方にとって、金そのものになることら至福とは思わない?」
「あがっ……がっ……かふっ……」
彼は絶頂するように身体を何度も捩らせ、血液を周囲に飛沫させる程の大袈裟な痙攣を何度も繰り返しす。痙攣が回数をます都度出血量を増加させていく。
流石に酷か、と慈しんだ私は熱量を消去してやった。
すると、体内の血液を循環し、遂には心臓に辿り着いたと同時に、凝固した。その頃には、彼の全身は痙攣に満たないほどの微振動を幾度か繰り返している。
だけど、どうにかして命を繋げようと必死なのか呼吸する術を喪失しつつある中で微かに開いた気孔から、こふっ、こふっという掠れた呼吸により如何にか外気から酸素を得ようとする。が、既に脳機能を維持するのに最低限必要な酸素量は下回っており、失血に加え重度の酸欠を併発させている彼が生き残る術は万が一にもなくなっていた。
「溺愛する金貨と一体化できるだなんて、お金好きからすればこれ以上の僥倖はないんじゃないかしら?」
が、血溜まりの中に伏臥位の状態で倒れた彼はその後、
動く気配を見せなかった。
「幸せ者ね、絶頂の中で果てられるなんて」
だが、彼が幸せになってくれて私も鼻が高い。
「私からの餞別よ」
そう告げると、またも金貨を多量に取り出しては融解させ、今度は彼の背面に注いでやると、それが薄膜を張るように彼の全身を這い巡り、一つの金製の像が仕上がる。急造とはいえ、金属の拡がりに目立った斑がなくてよかった。
さぁ、慈善事業はもうお終いだ。
とっととボスとやらに挨拶をしに行こうではないか。




