第40話「カノンの大無双トラウマの治し方」
タイトルを微変更しました。
そして40話です! 4000PVも近く、これからも頑張っていきます。
律義に一時間も待ってあげた。
ディルベルト曰く、盗賊間にも流儀があるそうだ。
私は優しい、この程度の真心で済むのなら率先して許容してやろう……。
いや、虚勢だ。
何故にこれから殲滅する相手の準備期間を進んで提供しなければならないのだ。まるで納得がいかない。確かに一時間前はとち狂って流れに身を任せたが、冷静に考えれば攻める勧告だけで十分ではないか――私は何時から迷える子羊を導く聖女になったのだ? 全くの柄ではないじゃないか!
本当に最悪の事態に発展した。
私はアイルズ含めた元ディルベルト連合の一員に総出で貴族を調べる様に命じた、でなければ人払いができないからだというのに。何故全員が出払っていない?
アイルズ曰く、我が主を一人にさせるわけにはいけないという気遣いだが、今日は一人にさせてくれ、いやほんと。行き過ぎた配慮も癪に障るだけね。
間違っても私が救世の女神に転化する未来はない。万が一にも私は堕天した悪魔が関の山だ。
だが、流石に特定した塒の襲撃にまで同行されるのは辛抱ならない。
従者として御身を、命を賭して護衛するのが一度忠誠を誓ったアイルズらの譲れない流儀であるし、矜持なのだが、此方がそれを素直に尊重する筋合いはない。
流儀なぞ矜持なぞで心は充足されない。
自身が“こう有れ”という理念に則った行動が大成してこそ心身は多幸感に満たされるのだ。型に填まった行動の強制によりあたかも得られた多幸感は所詮仮初の模造品、その場を乗り越えるだけの鎮痛剤に過ぎない。心の空虚が生む苦しみを一時的に紛らわせるにはこれとない逸品になるだろう。
だが、私が我が儘を通すにも馬鹿正直に問答を繰り返したうえで大義名分を得て外出しようなどとは思わない。円満に解決した風に見える結果にはなるが、それはありえない。きっとアイルズであれば隠密技術に長けた人間を内々に遣わすだろう――私も同じ立場ならば、その線を真っ先に考える。だから、彼らには私が決着をつけるまで、十二分に自分たちの役割を全うしてもらおう。
私は暇潰しに魔導書を読み耽る態度を待機時間が三十分を経過した頃から突然開始したのは、全ては今から開始する偽装を誤魔化すためのミスリードだった。実際、アイルズやその周囲の金魚の糞達は、やれ勤勉だの、やれ才女だの祭り上げるから、不快ではあるがその効果は十分に発揮されているのはわかった。
何分、知識は“修行”で得たが、初めて行使するため必然的に魔導書を開かなければいかない。だが、既にもう開いている――あとは惜しみなく発動するだけだ。
それは、〈虚像〉と〈代替〉だ。
前者は文字通りの効果で、定義した対象……今の場合私の全身、それを立体映像として投影する〈術式〉だ。しかし、これだけでは私の質量がないから看破されかねない。だから、後者の〈術式〉で私が腰かけている椅子の質量を虚像に推移させた。
案外、足元が椅子の角をすり抜けていても気づかないものだ。それに今、彼らは不快だが私にお熱だ――そう気づくまい。一番リスクが高かったのは発動時だが、アイルズを始め、一同は訝しむ様子さえも見せないから、作戦は成功だろう。
事前に色々と用意した玩具を詰めた背嚢を背負い、さぁ、出発だ。
目的地に到着すると、ご苦労なこと選りすぐりの戦士だろうか、鉄の甲冑を全身に装備し、よく砥がれた剣や高価そうな宝石を備えた杖を構え、私の到着を待つ一行があった。
門番のつもりだろうか。
雇われか、そもそもの敵団体の精鋭かは知ったところではないが……無差別は私の心が痛む――選択肢を与えてやろう。
「通してもらえないかしら」
男たちはその言葉で己が武器を持つ手の握力を強くした。
ふむ、見るや否やオルセンのように呵々大笑に付すとかいうことがない辺り、舐め腐っているということだけはなさそうだ。しかし……悲しき哉、命令とはいえ流石に同情する。
「帰る家があるでしょう? 私は人格者で文化人、命を案じ、命令よりも自分の命を選択する人は逃がすつもりよ」
そう、今の状況では誰よりも臆病であることが正解だ。
「但しここで撤退しないなら、その限りではないわ」
最後通牒は済ませた。これ以上の節介は懸けるまいて。
すると、
「だまれぇぇぇ!!!」
戦闘の1人が裂帛の気合で単身、突撃してきた。
「残念ね、ほんと」
その男は私の体躯を両断すべく、剣を叩き落した。が、それを片手で受け止める。
「貴様ぁ、代謝を……防御力に……!」
「正解」彼は選択する職業を間違えたようだ。
私は甲冑の関節部の隙間に掌を差し込み、〈術式〉を放つ。
瞬間、甲冑の内部から業火が漏れ出した。甲冑はその構造上、多少の剣戟や火炎放射であれば防ぎうるだろうが……内部からの猛烈な爆発を同時に封じ込める“蓋”になっているのだ。
瞬間、怨嗟の声を上げる間さえもなく、先陣を切った勇猛果敢な男の甲冑だけが地面に落下した。
「次」
彼がもし研究者の道を選んでいたならば……もしかしたかもしれないわね。
着こんでいるのがほぼほぼ酷似した着色の装いであるため、各個人の識別ができない。どうせ殺すから、関係ないと断じてしまえばそうなのだが……記憶に留めておく価値のある人間もいるかもしれないというのに、残念だ。
と、内心で問答していると、次の刺客が付近に迫る。
「一方的なのは悪いわね」
突進する男の武装の形状は槍に近い。戦略としては強ち正解である、私が初陣を切った男を始末した〈術式〉は超近距離な性質……と思うのが普通だ。なればこそ、中距離から小回りの利く槍兵を主体にした陣営を前面に押し出した方が優位に運べると考えるのは決して間違いではない。
だが、残念なところ、実際はこの〈術式〉は近距離限定でもなんでもない。発動領域を零距離にて定義しただけだ。本来は中遠距離に爆裂を齎すもので、彼らの執った戦術は全くの悪手である。もっというと、この〈術式〉は高位なものでも何でもない。炎を単に放つだけだから、筋のいい術師であれば思春期を迎える前に余裕で習得できる程だ。
要は、その威力を鎧が崩れない限界まで上昇させただけだ。当然ながら私だって巻き添えをくらってもおかしくない。
が、そのための鎧装備だったのだ。それが壁となり、私が直火焼きになる結果は免れた。
だが、私は素直に彼らに敬意を表する。未知に憶病にならずに挑む様はなかなかどうして憧憬の念を抱いてしまう。自身で再現しようとは露とも思わない、が。というわけで、私は“終”を彼ら自身に委ねようと考えた。
私は槍の鍵爪以下を躱し、手近な柄を鷲掴みにし、がっちりと固定する。
「貴方にとっての生理的嫌悪を催す生物は何かしら――蛇? それとも昆虫かしら?」
「何を……」
「答えは貴方の中に直接聞くから大丈夫よ」
魔眼を起動した。別にこれはアイルズに用いた物ではない。エンヌ先生の模倣術の低規模版と思ってもらって構わない。
簡単な服従の魔眼で、彼は素直に自身が苦手な生物を答えてくれた。
「ふぅん、百足が嫌いなんだ」
直後、彼の関節部から百足が一匹姿を現した。
「!?」
男は動揺する、自身の不調に……まだ勘付けていない。
「貴方の恐怖症克服に一役買ってあげるわ」
直後、彼の全身の気孔と呼べる穴全ての個所から“百足”が這い出た。当然、肌の気孔の方が口は小さく、皮膚を無理に突き破る要領で、自由を求めて彼の屈強な体躯を内部から食い千切り、出でる。
「あっ…………やめ、やめろぉぉぉ!?」
「そう逸らないで、貴方の身には何も起こっていないのだから」
そう、何も起こっていない。それが真理だ。
〈術式〉の万能さは私が身を以て体験したとも。科学の体系に順応していた身からすると、日々驚かされるばかりだ。が、根本にある概念だけは改変しようがない、生物の無からの創造もその一つだ。小間使いとして人形にあたかも命を付与したかのように立ち振る舞わせることはできるが、それは命ではない。
彼が囚われているのは幻覚に過ぎない。
〈術式〉による、仮想な現実でしかないのだ。
よって、私と百足に心的外傷を持つ彼以外の第三者には、彼が私との立ち合いの最中に突如慟哭し、恐慌に陥った奇怪な様にしか見えないのだ。
「ま、生半可な幻覚ではないから痛みは伴うけれど、これを乗り越えたらむしろ百足を愛おしく思うようになれるわ」
嗚呼、なんと慈悲深いことか!
心的外傷のケアは荒治療に限る。反動は大きいが、順応すればかつての外傷さえも快感に変わる。もし、それが耐えられなかった場合は?
「ぁっ……」
彼は地面に伏し、微動だにしなくなった。
精神的な衝撃に耐久しうる許容値を超え、意識障害が進行する。いうなれば、ショック死だ。だが、治療中に死なれても正直困る……私の手心が行き場を失うではないか。
だが、これにめげず私の遊戯……じゃなくて救命活動は続けてやろう。




