第38話「かわいそうなお兄さん」
今日から本筋&反撃スタートです!
あの突然の襲撃から三日。ディルベルトはあの時の襲撃により更なる地力低下を招いていた。
あのディルベルトを統べる男がまだ年端もいかない術師に完敗を期した。
アイルズのその事実はディルベルト内のみならず、周囲のディルベルトに対立する組織並びに同盟関係にあった泡沫団体にも光陰の如く駆け巡った。
人的被害こそは、アジト内にいた複数人という全体としてみたら軽微なものだったが、アイルズの失明という事実は代えがたい大事件だった。その結果、これ以上アイルズという男をディルベルトの頂点に立たしておくかどうかという議題のもとでディルベルトを始めとする彼らディルベルト擁する盗賊連合のみならず、それら連合に属さない勢力も含めた喧々囂々な事態にへと僅か二日余りで発展してしまった。
ある者は虎視眈々と支配権の奪取を目論み、ある者は彼に更なる忠誠を誓うと宣ってはしきりに点数を稼ごうとしていた。盗賊の界隈でこのような欺詐と策謀が渦巻く混沌を見せるのは、盗賊連合の原型を整えて以降はあり得ないことだった。それはほかならぬアイルズが紛争し、盗賊同士が互いに利害が合致しあうよう締約を取り決めたという貢献があったからだ。それほどの影響力のある男が一時的とはいえ、失脚をみせたというのだ――今まで燻っていた野心家達にとっては勢力図を大幅に書き換えられるまたとない好機となるのも容易に分かる。
当然だが出る杭は打たれる、矢面に立って蜂起を起こすなんて暗愚な行動を露骨に見せる組織はない。
体裁だけでも“連合”立て直しに尽力しているのだ。が、その実では着々と次期政権での優位な立場を獲得するための計画が各々で進んでいっている。
このままでは遠からず盗賊連合の中で内乱が起こり、それだけで市井の治安は最悪な状態に発展するだろう。それだけでなく、元は貧民街の民を救済するという名目で結成された団体であるというのに、貧民街の人間を救済することができなくなる。またそのような不安定な低迷が継続されるとディルベルトを陥れようとする輩に対する処遇及び何れ向けられる国家からの刺客に対処する刃さえも手に入れられずに潰えてしまう可能性が高まる。
それを重く受け取った幹部陣は、直ちに“連合”に所属する団体の長を呼び出し、今後の方針を早急に定める会を設けたが……もとより協調なんて考えが毛頭にない、自分本位な奴らがあるまる者だから議会は紛糾した。
“連合”の継続を支持するのは単に己らの隠れ蓑にできるからであって、そこに残り続けたのは可能な限り全てを利用しようと画策する願望があるからでしかないのだ。だからこそ、このような“連合”の危機に陥っても尚、己が利権を守るために、そして次なる“連合”を率いる権力を得るために跋扈する。その時点で、冷静に会議が展開されるはずもなく。
荒れ狂う怒号、罵り合いにアイルズは嫌な汗を流した。いや、目が見えていないからある意味僥倖なのかもしれない。嫌な光景を受け取る方法は、聴覚以外にないのだから。
言葉を介した見苦しい横行は数時間にも渡り、議論は平行線に突入していた。
その時のことだった。
地下本部の全体が揺れた。
それにより、先ほどまで威勢よく騒ぎ立てていた一同が静寂に支配された。
何も知らない者達が大袈裟に騒ぎ立てるが、唯一、それが何かを知る男がいた、それはほかならぬアイルズだ。
彼は知っている、そのような、大地を揺らす程の気配を放てる程の魔力を誇る術師でいて且つこの場所に因縁がある相手は一人しかいないことを。
そして、屋根を突き破る形で一人の少女が飛来し、着地した、
成る程、〈天速〉とは実に便利だ。
行き方を理解している場所へ、それも急行の場合は実に最適である。
「三日ぶり……かしらね」
それにしても、夜遅くに会議とは御多忙なことだ。
元の世界でも父はそういえば、いつだって終電ぎりぎりの帰宅だったのをやんわりと思い出した。
「でも不用心ね、組織全体を揺るがす仇敵がいつ襲撃してくるかわからない、という状況で雁首揃える? 普通」
私がもしディルベルト並びに複合団体の殲滅を決意してしまえば、この場の総員を殺害すればそれだけで終了してしまう様だ。
「もう少し、危機管理をしっかりしたほうが良いんじゃないかしら? アイルズ」
「……これはこれは、身をもって味わされましたよ」
明らかな嫌悪を浮かべている。流石に恐怖が根っこに蔓延っているか、目が見えなくても私の気配がわかるようだ。が、心外ね。私は終始平和的なやり取りしかしていないというのに。
「ふぅん、その眼鏡も、いいんじゃない?」
アイルズは、直射日光を避けるためか、今回はサングラスのような遮光性の高い眼鏡をかけている。
「今日は何か御用で? もしや、我々が集まっているのを見越して?」
「いいえ、偶然よ、他意はないわ」
すると、次第に周囲が騒がしくなってきたではないか。
「代表者以外は黙ってなさい……〈睡魔の波〉」
魔導書が開くと、アイルズを除く総員が一斉に眠りに落ちた。
これは、〈睡魔〉の上位互換の技だ。エンヌ先生は幾つかの補強術式を並列発動させることで、合算後の魔力消費を節約しようと試みにしていたが、私はそういう細かい計算は苦手だ。一気にできるなら、迷わずにそうする。今回に至っては、通貨が大量にある。私は惜しまずに、ディルベルトの施設の椅子や机を消費しきった。
地面に体を打ち付けてもすぐに目を覚まさない辺り〈術式〉は問題なく発動していることがわかる。
「話を本題に戻しましょう、あの時は闖入者が入ったから聞き損なったことを、改めて訊ねにきたの」
「……アニスさんを拉致し、凌辱の果てに殺害した団体について、でしたね」
「もうそこまで知っているのね」
流石当時の栄華は見る影がないが、以前は数ある対立組織を退けつつ、力を誇示していた組織連合だけはある。情報の伝播が速いことね。此方が幾何かの時間を要したのが馬鹿みたいだ。
「話が速いわ、教えてもらえるかしら」
「……それはできない」
即答ではなかった。逡巡に逡巡を重ねたようだ。
恐らく、私が“修行”に勤しむ間も延々と自問自答を重ねていたのだろう。眼が違う、意を決しての解答であることがわかる。
「最初から無理に聞き出すのは品がないだろうし、理由くらいは聞いてあげるわ」
彼もその場凌ぎの嘘として渋っているわけではないだろう。それを簡単に無碍にするのは私としても心苦しい。
「君の行為の真意は考えたが……解に達することができなかった。何かの狙いがあって、私たちディルベルトを襲撃したか……到底理解が及ばない。だけど、私が言うのもなんだが、いいと思う。そもそも私たちは抗争と略奪で生計を立てている。今までは私たちが“奪う側”だったけれど、それが時流の果てに“奪われる側”に反転した、それだけなのだから」
へぇ、初めて対話が成立しそうな相手に出会えた。
「その呵責は君にはない。故に私は君を紛糾する権利は当然私にもないさ。複数年の築山を崩す羽目になってしまったのは惜しいけれど、それが私の天命だというのなら甘んじる意志だってある。だけど」
彼は静かに付け加える。
「他の人間は必ずしもそうとは言えない」
両の掌を重ね、顎を支える姿勢となった彼は危惧している予想をすべて吐き出す。
「君に全てを企てた組織名を教えることはできる。名を知れば、君は間違いなくその組織を潰しに行くだろうし、潰すこと自体は容易くないという確信もある」
「イタチごっこになるということかしら」
「その通り。そしてそれを繰り返せば繰り返す程、熾烈な争いになるだろうし、泥沼になる。そうなれば、アニスさんだけの犠牲では済まなくなる。所詮、彼らは下調べもなく凶行に及ぶような奴らだ。そんな浅慮な行動が生む未来を、君なら容易に想像できるだろう」
え、彼、私のことをかなり過大評価していない? えっと……別に心理戦をしているわけじゃないんだから……君ならわかるとかいう曖昧なの、本当の心からやめてほしい。
(……だけど、錯乱して無差別なテロをし始めるかもしれないわね)
そうなると……国家も未然に阻止ができないし、和平を結ぶという選択肢もないだろうから全面的な掃討戦に発展する。そうなれば、私達の近辺が騒がしくなるのは間違いないわね。
「貴方の意見はわかったわ。そしてそれが急場凌ぎの見苦しい命乞いじゃないこともよくわかった。だけど、私の意見が覆されるわけではない」
その言葉に心底驚いた様子を見せた。少し放置すれば、失望に変わりかねないから先に補足する。
「貴方の推察は至極最も、否定しようのない完成度だから自信を持っていいわ。そうね、私がただ普通に仕返しをしたなら、きっとそうなるでしょうね。血で血を洗う一大戦争、それはそれで退屈はしないけれど面倒事も増える。私は平和主義者で博愛主義者だからそんなことはしないわ」
「ではどうやって……」
「仕返しはする、だけど二度と反撃をしないようにする方法を選べばいい、単純な話よ」
まだ彼は的を射てないようで、困惑が表情に現れる。
「彼らを“反撃しようなぞと思考する隙さえも与えない程、完膚なき儘に壊す”。そうすればいいだけの話よ」
自然と語気が強くなってしまっていたか、少し、アイルズは気圧されているようだ。
「どうする、つもりですか?」
「ある程度嬲り終えた後で――私が開発した〈術式〉を使うわ」
そう、如何なる文書にも存在していない未知の、私のみが理解し、行使できる術式〈《エイジ》〉。それを二日もの“修行”の果てに得たものだ。
「それ以外にもいろいろな“武器”は用意した。だけど、これ以上のものはない」
「いったいどんな……」
「試してあげるわ」
百聞は一見に如かず――実際に体験した方がこういうのはしっくりとくるものよ。




