番外編「ポンコツ元奴隷、英雄になる その5」
遅れてすみません!
そしてようやく完結編となります。
「ぎゃあああああ!」
教祖さんの叫びで、私ははっと意識を取り戻しました。
私はその身を略奪されたとばかり思っていましたが――その身は依然私の意識の中に存在し続けていました。恐る恐るその目を見開くと、彼の指輪を備えていた腕が付け根から斬り落とされているではありませんか――。
その断面からは夥しい血液を放出しながら彼はその場から後ずさり、転倒しかけています。
ですが、不思議なことに……その断面はあっという間に凍結し、止血されてしまいました。
「この氷の〈術式〉は……」
「エーデルワイス」
私が振り返ると、出入り口にカノンさんが立っていました。
「え、えへへ……最後のところで油断してしまいました」
「よくやったわ」
「え……?」
「貴方は私の言いつけ通り、自分の力で解決しようとして、そして解決せしめた」
「ですが、最後で油断して……」
彼女は其処を叱責することはありませんでした。
「それ以前にお前は自分の力で彼を追い詰めた――その時点で及第点よ」
「えへへ、それは、よかったです」
「お前らはっ、何を!」
気だるげにカノンさんは無言で手を振ると、一瞬間だけ円環を生じさせました。すると教祖さんは口が動かせなくなっていました。
「黙ってなさい」
カノンは教祖さんに会話を遮る余地を与えませんでした。
「任意に器を奪う秘術を有するツール……小物の術師にしては考えたじゃない。エーデルワイス、私も流石に鬼ではないから安心なさい。この秘術はそう予知できるものではないのだから」
カノンさんは倒れる教祖さんを一瞥もせずに、さっさと居心地の悪いこの場所から私を連れて歩き出しました。
で、私はカノンさんにおんぶされながら、野外まで退避しました。
そしてそのまま背に身を預けて、街まで戻っています。ユウトさんは既にエンヌさんの元へ送り届けているようなので、安心しました。
「教祖さんはどうするのですか?」
「放っておきなさい」
カノンさんは指輪を、教祖さんの腕ごと灰に変えてしまいました。
「指輪は既に灰、裏本部の環境は既にボロボロ。加えて貴女が放火した表側の本部は信者の健闘空しく全焼してしまったわ」
「わぁ……」
「まずエンヌを引き込むのが不可能となったから計画は本格的に破綻。加えて信者の集う環境も壊滅。それ以上に教祖があの様では教団内部で自壊するのも時間の問題よ……貴女が気に留めることでもないわ」
そしてカノンさんは持ち寄った薬草を私に手渡しました。
「これ、エンヌに預かった薬。応急処置にはなるし、今からエンヌが治療するそうだから火傷の痕は残らないわ。安心なさい」
「あの、質問いいですか?」
「いいわよ」
「私が放火した結果、関係のない亜人さんは誰か、怪我をしましたか?」
「さぁね。知らないわ」
「そうですよね……放火した癖に、そんな心配――」
「うじうじと後悔することはいけ好かないけれど、行為自体は嫌いではないわ」
予想外でした。
放火とかいう非人道的な作戦を決行した私は窘められるとばかりに思っていましたが。
「放火、か」
「カノンさん?」
「いいえ、何でもないわ。少し……昔の話を思い出しただけ」
今、私はカノンさんの表情を見ることはできません。一体どのような顔をしているのでしょうか?
「カノンさん、もしかして記憶が?」
「…………ええ、修業が完了した時点でね」
なんと、それは喜ばしいことではありませんか!
お祭りですね。
「もう一つ、お願いしていいですか?」
「……好きになさい」
「また、すぐにじゃなくていいですから、いつか――カノンさんの元の世界での過去について、聴かせてもらえませんか?」
「構わないわ……といっても、明るい話なんてないわよ」
「それでもかまいません、私はカノンさんの……はな、しを――」
あれ?
どうしてでしょう……急に眠気が。
「疲れているのなら、ひと眠りしなさい」
「え、へへ……」
そうですね、カノンさんのお言葉に甘えることにしましょう。
これで、ユウトさんを救えたのですから――。
その後のお話です。
エンヌ先生の口添えもあって、教団の活動が明るみに出るのは時間の問題でした。そもそもエンヌ先生の発言力が高いのもありますが、新書の存在が教団の暗躍を裏付ける重大な根拠となりました。その結果、国家転覆の可能性が大いにあると偉い人は判断したようです。
多少に厄介ごとをしでかす程度では国も見向きをしませんが、さすがにこのレベルは放置されないようですね。
新教祖を担ぎ上げて何やら再興を考えているようですが、その芽も近いうちに潰されるそうなので、少し安心しました。これでユウトさんも脅威に晒されることはないでしょうし、ゆっくりと過ごせることでしょう。私も頑張った甲斐がありました。
「なぁ」
「なんですか?」
一晩が経過し、問題も滞りなく解消したため晴れ晴れとした表情でユウトさんの家へ戻りました。
といっても、かなり派手に荒らされてしまいましたため、大掃除から始まります。私としては彼がここで生活を続けるとばかりに思っていましたから清掃に躍起になっていましたが、その必要はなかったよいうです。
「落ち着いたらさ、少しこの街を離れようと思うんだ」
「そうなんですか? ですが元手は?」
「今まで通り稼ぐさ」
「でも盗みはダメですよ?」
「それはしないさ…………雑用程度なら、亜人でもさせてもらえるだろうから」
「そうですか…………」
聞くところ、西の方角に進めば亜人でもわりかし友好的に出迎えてくれる場所があるそうです。
「無理しなくてもいいのですよ? 私たちを頼ってくださっても」
そういうも、ユウトさんはその申し出を拒否しました。
「俺さ、強くなりたいんだ」
「?」
「今回は俺は何もできなかった。正しいと思って、良かれと思ってやったことだけどいろんな人に迷惑をかけてしまった。それじゃ、ダメなんだ」
「ユウトさん」
「だから待っててよ、いつかお前を助けるくらいに強くなって帰ってくるから」
「…………」
自分で言ったはずなのに、ユウトさんはどんどんとその頬を赤らめていきました。
「な、なんとか言えやい!」
「おっと、ごめんなさい……あまりにも意外だったから、つい」
「なんだよ、結構いい事言った自信があるのに」
「うふふ……そうですね。本当に困った時は、ユウトさんに頼ることとしましょう」
少年の内に芽生えた夢は非常に儚いものです。
これからの人生で苦しいこともあるでしょう、時に信念さえも折れてしまうほどの悲しみが襲う日だって、きっときます。それでも私は彼の行く末を信じてみることにしました。
そしてほんの少しだけ、彼の”恩返し”を心待ちにしてみようとも思いました。
「ささ、かたづけてしまいましょう! 今日は美味しいご飯を用意してますから!」
「で、彼は馭者の荷台に潜んでこの街を出たわけね」
色々と準備に時間がかかりましたが、約二週間も経過した頃には彼は有言実行し、この街を経ちました。
この国では依然亜人への風当たりが強く、出国にも煩雑な手続きが要求されます。最初は私の時のように登録票を偽造してもらう提案をしましたが、彼はそれを拒否してきました。
私の力を頼らない、とのことです。
頼もしい申し出ですが、ほんのちょっとだけさみしいです。
「随分と早い出立ね、あまりここに通われると面倒だけれど」
「でもカノンさん、助けてくれたじゃありませんか」
「それは現状での及第点を超えたからよ」
「では、私がそれよりも前に普通に負けていたら見捨てましたか?」
「当然」
なるほど。
でも私は思うんです。カノンさんはきっと助けてくれると。
なぜなら、カノンさんは私に文句をいっぱい言いながらも見捨てることはありませんでしたから。奴隷から解放してくれた時もそうですし、私が失敗して怖い人たちに囲まれた時も助けてくれました。それに、いつだって私の安全を考えていてくれました、それこそディルベルトの方々が近辺を調査していた時も。
私はそんなカノンさんの本質を知っています。ちょっと素直じゃない所も含めてです。
何でしょうね、この胸の奥の刺激は。
「ところでエーデルワイス」
「はい?」
「二週間ほど不便をかけさせたお礼のつもりだけど、膝枕なんかでいいの?」
実はカノンさん、諸般の都合で二週もの間視力を失っていました。
視力が明瞭になったのは数日前で、カノンさんは私に一つだけ好きなことをしてあげるという遠回しな感謝の弁を述べてくれました。だから、私はお言葉に甘えさせていただいたわけです。
「なんでよりにもよって膝枕なのよ」
「なんででしょう? なんか落ち着くんです。ずっと昔にも誰かにやってもらったような」
「あっそ、あと貴女。私が到着したときママとかふざけたこと言っていなかった?」
「…………」
「エーデルワイス?」
「カノンさんの聞き間違えではありませんか? って、痛い、痛いです! 頬をつねらないでくださいよー!」
これはカノンの従順な元奴隷エーデルワイスの余暇の、取り留めのない出来事だ。
きっと腕のある術師であればものの数分で解決できた問題だろう。しかし、エーデルワイスにとっては少し荷が重い事件だ。窮地に一度は陥りましたが、彼女はそれを乗り越えた。それは僅かながらに”誰かを助けたい”という無意識な信条が芽生えるきっかけとなった一幕なのだった。
そして、もう一つ。
正義の心が芽生える以上に、カノンに対する並々ならぬ感情が形成される重要な休日となったわけだが、そんな特殊な感情が発生したこともそれが淡々と拡大していっていることを知るのは、ずっとずっと先の話である。
なぜカノンが視力を失ったかの話は明日以降になります。
お楽しみいただけたら幸いです。




